大人の人
保冷ボックスを抱えて店を出た。
向かいのマンションはよく知っている。
白い外壁に、セキュリティを維持しながら光を取り込む為か細いすりガラスがまるで星でも降っているように、いくつも嵌め込まれていた。
洒落た外観で、いつも素敵だなと思いながら脇を通り花登屋に通っていた。
正面玄関の脇に設置された、ボタンを押す。
301。
ボタンの脇にはマイクとカメラのレンズがあり、じっとこちらを見ているようだ。
向こうには姿が見えるようだから、私はどんな顔をすればいいかよく分からなくなる。
「はーい」
インターホン越しに、甘い女性の声が聞こえた。
「花登屋です。仕出しのお届けに参りました」
こちらの声には反応せず、正面の自動扉が静かに開かれ、明るいロビーが現れた。
静かな空間で、外の世界とは完全に遮断されている。
まるで、別世界に来たようだ。
真っ直ぐ進み、エレベーター乗りこむ。
音もたてないでエレベーターは登って行き、静かに3階にとまった。
部屋番号を間違えないように。
玄関扉の脇に貼られた、金属プレートに彫られた部屋番号を何度も確認する。
よし。
インターホンを押した。
部屋の扉を開けてくれたその人は、身体のラインが際立つワンピースを着て、手入れの行き届いた髪をかきあげながら現れた。
美しい人だった。
深紅の薔薇の香りがする。
彼女の身につけている香りなのか、雰囲気から感じた香りなのか、よく分からない。
けれど、酔いそうなほどの強くて高貴な香り。
大学のキラキラした彼女たちさえ、追いつけない。
長尾さんはこちらをじっと見ていた。
いつもはケントが来るから、見慣れない私に不信感を抱いたのだろうか。
私は慌てて保冷ボックスを差し出した。
「花登屋です。こちらが仕出しです。宜しくお願い致します」
長尾さんは保冷ボックスを受け取りながら言った。
「あの子ははお休み?」
ケントのことだ。
「はい。今日はお休みで、代わりに参りました」
「そうなの」
長尾さんは手入れの行き届いた指で私が差し出したペンを握り、受取書にサインをした。
爪には花の模様が描かれていた。
私が指先に見とれていると、部屋の奥から誰かが現れた。
その人は、せっかの人だった。




