魔法使いと青年の過去
「まったく、体調崩してるときに限って面倒ごとってのはやってくるもんだな」
黒服を追い返し、海ちゃんの助けを借りて再び床に戻った俺は、思わずそうぼやいてしまった。
あの人ことも嫌いなわけではないんだけど、ちょっと苦手ではある。
「ごめんなさい、お兄さん。私がドア開けちゃったから……」
「いや、海ちゃんのせいじゃないよ。お客さん来たら対応するのは当然だし」
いかんいかん、体が弱ると愚痴もつい漏れてしまう。
小さい子にまで余計な気を遣わせちゃ駄目だろ、俺。
…………。
海ちゃん、何故じっとこちらを見つめているんだろう。
「お兄さん、ちょっと聞きづらいんだけど、いいかな?」
「どうしたんだい? 遠慮なんて珍しいな」
視線でどうぞ、と促すが、それでも海ちゃんはなかなか言葉を続けない
こちらを気遣うようにちらちらと目線を合わせたり外したりしながら、もじもじと手をそろえた膝の上ですりあわせている。
「えーっとね、さっきの黒服さん、由良真之介さんだっけ?」
おいおい、なんで海ちゃんがあいつの名前知ってるんだ?
特に名乗ってた感じはなかったけど……。
「これ、もらったの」
不思議顔をする俺に、海ちゃんはおずおずと一枚の紙片を差し出してきた。
げ、名刺。
風間病院 院長補佐 由良 真之介
ばっちり肩書きまで記されている。これはもう駄目か。完全にばれたな。
「あー、うん…………風間病院ってのは俺の親父がやってる病院で、由良さんは院長付きの秘書みたいなもん。兼、俺の教育係だった人だよ」
隠してたわけじゃない……ってことはないよなあ。意図的にそのことは話してなかったし。
やっぱりこういうことは言いづらいというか、恥ずかしいというか。
「ま、よくある話だよ。うちは代々医者の家系で、俺はその跡取り。一応医大は出てるけど、親父の跡を継ぐのが嫌で飛び出した馬鹿息子ってわけさ」
むう、なんだか教師の前で自分のやった悪いことを白状してる小学生の気分だ。いや、べつに悪さしたわけじゃないんだが、過去の所行を白状するっていうのは何となく居心地が悪い。
「まあ、由良さんが俺のことを心配してくれてるってのも分かる。こうして俺の足取りを追ってわざわざ出向いてきてるぐらいにはね。昔からすごい人だとは思ってたけど、まさか探偵の真似事までできるとは思わなかったよ」
苦笑いでごまかしながら、一応由良さんのフォローも入れておく。重ねて言うが、俺は別に由良さんのことを嫌っているわけではない。むしろ好きな部類であり、人間として尊敬もしている。
ただ、少し苦手なだけだ。
「お兄さんはさ」
ぽつりと、こぼすように海ちゃんが言葉を漏らした。
「お兄さんは、どうしてお医者さんになるのがいやなの?」
「うーん、なんでかな。嫌なのは、医者になる事じゃないのかもしれない」
この思いは、ずっと前から胸の中にあった。
そう、俺は別に医者としての生き方が嫌なわけではないのだ。
「ある日突然、こう考えてしまったんだよ。『俺は医者にならされる』って。そう思ってからは、なんかもう駄目だった。やりたいことがあるんだ! って家を飛び出して、バイトを掛け持ちしながら何とかかんとかのその日暮らしだ」
「お兄さんのやりたかったことって、何?」
「……そう言われると苦しいな。やりたい事なんて、ほんとは無かったんだよ。ただの口実だった。親父の敷いたレールの上を歩きたくなかったってのが、俺のやりたかったことなのかもしれない」
「もしかして、病院に行きたがらなかったのもそれが理由?」
さくりと。
海ちゃんの言葉が俺の心に切り込んできた。
医者になることを拒否した俺が、できるなら医者の手にかかりたくないと、そう考えていたことまで見透かされてしまうなんて。
「……ああ、君の言う通りだ」
もはや隠し通す気力もなく、俺はうなずいた。体調の悪さも相まって、おそらく今の俺は相当に情けない顔をしているはずだ。
「お兄さんは、馬鹿だね」
「……返す言葉もないが、容赦ないな」
セリフだけならなかなかに辛辣なものがあったが、海ちゃんの声はどこまでも優しかった。
まるで、俺の全てを許してくれるかのように。
「そんなお兄さんに、コレ、契約書。幸せになるお手伝い、させてもらえないかな?」




