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姫の花道  作者: 有沢真尋
第一章

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5/10

胸がざわつく

「自分についてわかっているようで何よりだ。俺の剣の腕に関しては、姫の関知するところではない。目にする機会があれば、そのときに判断すれば良い」


 セリスの挑発に対し、ラムウィンドスはこれ以上ないほどそっけなく答える。

 成り行きを見守るように口をつぐんでいたゼファードが、そこで「ラムウィンドス」と彼の名を呼んだ。


「姫が挙げたことは、私だって禁じられていることばかりだ。姫に対し『ひとりではぐれても生きていけるように』技術を身に着けておくべきだなんて、難癖もいいところだよ」


 意地悪はやめなさいと、たしなめる口ぶりで付け足す。しかしラムウィンドスは、自分の考えを曲げるつもりはないらしく謝罪めいたことは一切口にしなかった。


「警備面から言えば、姫は離宮から動かないのが一番安全だったのです。この先は常に命の危険があります。自分で出来ることが多いに越したことはありません。手数の多寡は応用の発想にも関わってきます」


 ゼファードは「それこそ無理な相談だよ」と、唇に苦笑めいた笑みを浮かべた。


「お前の魂胆はわかるよ。危機感を煽り、姫が自分から『やりたい』と言うように仕向けようとしているんだろう? だが、何に対しても好奇心を持って自分でやってみようとすれば、かえって危ない目に遇うこともあるだろう。ひとに任せることは任せ、自分の身の安全を第一に考える。私は、姫はそうあるべきだと考える。これ以上この件は議論しないよ」


 ばっさりと、ゼファードから会話を打ち切る。

 離宮暮らしの間、自分から喧嘩をすることもなければ、他人の口論を目の当たりにすることもほとんどなかったセリスは、緊迫した空気にはらはらしながら聞いていることしかできなかった。


(ラムウィンドスは、ゼファード兄様に対して意見できる立場なのですね。よほどわたしの護衛を命じられたことが不満のようですけど……断ることはできなかったのでしょうか。できなかったからこそ、苛立っている?)


 セリスに対し、離宮から動くなというのは「無為に一生を過ごせ」ということだ。それだけ聞くと反発したくもなるが、どうも彼の真意は別にあるらしいと会話から察した。

 彼はセリスに対して「外の世界に出てくるとなった以上、先を見越してなんでもできたほうがいい」と暗に仄めかしているようでもある。

 一方のゼファードは「やる必要もないことまでやらなくていい」という考えのようだ。

 どちらの言い分も、セリスには一理あるように思えた。


 自分の立場であれば、おそらくゼファードの意見に従ったほうが良いのだろうと頭ではわかっていた。気持ちの上でも、ぶっきらぼうで冷たいラムウィンドスとは「仲良くしたくない」のである。

 けれど、ラムウィンドスの超然とした横顔を見上げたとき、胸がざわつくのを感じた。


 たとえ彼の態度や言い方がどれほど気に入らないとしても、セリスは「やらなくていい」とは言われたくないのだ。「できないのであれば、できるようになれ」という言葉こそが必要であり、希望だった。


「ゼファード兄様。わたしは馬に乗れるようになりたいです。ラムウィンドスに教えていただきますので、ゼファード兄様のお手をわずらわせることはありません」


 セリスとしては、精一杯考えてそう言った。

 目が合ったゼファードは、緑の瞳に困ったような色を浮かべつつも笑って頷いた。


「姫がそう考えるなら、私からこれ以上言うのはやめておくよ。私自身は、姫と私の立場は対等だと考えている。……王族としての血の濃さや正統性を考えれば、姫のほうが上であるという見方もできるだろう。その関係性を無視して、姫に対して指図することはできない」


 先に視線を外したのはゼファードのほうであった。


(「姫のほうが上」というのは、母親が違うという事情に関係しているのでしょうか)


 これまで、レルワニはセリスが質問をしても答える気のないことは決して教えてくれなかった。

 こうなると、セリスの暮らす環境においては噂話が耳に入ることや、誰かの不注意で知るべきではない事情を知ったり何かを覗き見てしまったりということはほぼ無かったので、知らないことはまったく知るすべがない。

 自分が何を知らないのかもわかっていない。


 一方で、侍女のマイヤを始めとした数人に離宮勤務になる前の生活を聞いたり、図書室に取り残されたように並んでいた先住人の私物らしき何冊かの本を読んだりしたことから、自分なりに得た情報もある。


 切れ切れの情報をつなぎ合わせてみたところ、離宮はセリスのために新たに建てられた建物ではなく、以前は別の誰かが住んでいたらしいと考えられた。

 現在の離宮勤務の者はセリスの代になってから集められたということで、前の住人については誰もたしかなことは知らなかった。年若いマイヤたちと話してたどりついた結論は「セリスの母」が住んでいたのであろうということであった。もちろん、憶測の域を出ない。


 侍女たちが離宮に来る前に耳にした噂話として教えてくれたのは、セリスの母は先王の末の妹らしいということである。父である現王とは叔母と甥の関係であり、高貴な女性ではあるものの子を成すには近すぎる関係であったとのこと。それゆえに、セリスの出産前後から離宮に隠れるように暮らしていたのではという話であった。

 セリスは王家の血が濃いのである。


 その意味で、予言や預言よりも現実的な事象を重視する者にとっても、セリスは「妻にすれば王位に正統性を与える」存在なのだという。この先王位簒奪を目論む者がいれば、旧王家派閥を取り込むためにセリスを妻とすることは必須になるのだと。


 一方、ゼファードに関してはレルワニからも説明があったが、母は正妃で国内の有力貴族の娘である。身元が確かな政略結婚で出自にもなんら問題はない。

 しかしもともとイクストゥーラには国王が生きているうちに後継者に譲位する習慣はなく、長子相続の原則もなければ嫡出子か庶子の区別もないため「王の子」は同列の扱いになるという。二人以上の王による共同統治制もないことから、王が生前に後継者を決めていなければ、その死の瞬間から骨肉の争いが幕を開ける。

 この先、ゼファードとセリスは対立関係になる可能性があるのだ。


(仮にもしそうなったとしても、隔離されて世間知らずであることを余儀なくされたまま年齢を重ねたわたしが、ゼファード兄様の地位を脅かすことなどありえないと思うのですが。わたしにできるのは「選ぶこと」だけ)


 いつの間にか張り詰めていた空気に緊張しつつも、セリスは自分の思いを言葉にする。


「ゼファード兄様。わたしはゼファード兄様に反発する意図はないのです。対立もしたくありません。心の底から、仲良くなりたいと願っています」


 ゼファードはセリスの切羽詰まった声に気づいた様子で、ふわっと柔らかい表情となり笑い声を立てた。


「気を遣わせたみたいで悪かったね。怒ったわけじゃない。私も姫とは仲良くしたいと思っている。いまの『仲良く』は求婚ではなく、兄妹としての意味だ」


 意識せぬまま「仲良く」という言葉を使ってしまったことを指摘されて、セリスは内心ひやっとしたものを感じた。とはいえ、ゼファードがこだわらないのであれば蒸し返す必要もない。


「はい! 兄妹としてよろしくお願いします!」


 にこりと唇に上品な笑みを浮かべたゼファードは、ラムウィンドスに視線を流す。


「姫は汚れを知らず、ずいぶんと素直な育ちをしているらしい。悪い虫がつかないように、これから特段の注意が必要なようだ。やはり護衛はラムウィンドスが適任だな」


 まったく興味がなさそうな顔で横を向いていたラムウィンドスは、独り言であると受け止めたのか返事をしなかった。

 ゼファードはその態度を咎めること無く笑った。


「お前はこの世界において数少ない『絶対に姫に選ばれようとしない男』だ。安全で助かるよ」


 言われたラムウィンドスは軽く肩をすくめたものの、意味深な言葉に対して明確に応えることなく「行きましょう」と言ってさっさと中庭への階段を下りて行った。

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