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真実の時間

「でも、山県さんが卑怯者だってことは変わりありませんよね」


 静観した場の雰囲気に良くも悪くも水を差すような言葉を口にしたのは宗谷だった。


「どういうこと?」


 近江が問いかけると、宗谷は堪えることなくコナタに視線を移す。


「山県さん。貴方の両親はかつてヴイスに所属していましたよね」

「ええ」

「しかも、解析班だった。米澤鋼磨と米澤美幸」

「それって、解析班殺人事件の被害者か?」

「ええ。十年前に貴方の両親は殺されている。ウォーネットの被害者遺族の狂気を向けられてね」


 解析班発足時、そのほとんどのメンバーは天才である蘇雲六三を除いたウォーネットの製作チームメンバーが多く参加していた。故に被害者遺族からすれば自分たちの家族を奪った張本人と言っても過言ではない。


 理屈ではわかっていても感情では納得いかなかった。大切な家族が囚われている牢獄を作った人間たちがどうして何の罰もなく生きていて、あろうことか助ける役目を担っているのか。


 結果、解析班の仕事場を突き止め、彼らを殺したのである。そして、運悪く殺されてしまったのがコナタの両親だった。


「貴方方の両親は解析班発足時に参加した。つまり、解析班になってヴイスの技術を盗もうとしたのよ」

「宗谷さんだったかな? もうその話は良い」


 宗谷の演説を止めたのは仁志だった。彼は鋭く重い声色で彼女を制止しようとする。


「いいえ。止めません。どんなに悪人だろうとその作ったものを盗まれるのは理不尽だ。そして、VR料理は私たちのものだ!」


 しかし、宗谷は聞かずに力強くコナタを指さす。


「死にはしましたが盗むのは成功したんでしょうね。何たってその息子が後を継いでくれたのだから。貴方がた米澤家に恥と言うものはないのですか⁉」


 その場にいた全員は勝負どころの話ではなくなった。

 コナタがどうしてVR料理を開発できたのか皆が納得してしまったからだ。10代の子どもがプロさえも凡愚のように見える技術を作れるはずがない。


 全ては蘇雲のおかげ。そう考えるだけで筋が通った。


「そんなわけない!!」


 この場にいるコナタと近江などを除いて。


「何故ですか?」

「山県君はそんな人じゃないから」

「理由になってませんよ。それに本人がいるんです。直接聞きましょう」


 宗谷は近江を受け流し、コナタだけを睨みつける。ほぼ全員に千吉良を向けられている状態で、


「……フッ」


 コナタは呆れ果ててしまった。


「何が可笑しいんです?」

「宗谷さん。一つ聞きますけど、私の父や母がヴイスに所属する前はどこにいたかご存じですか?」

「いいえ。関係あるんですか?」

「大ありだ。もう黙れ!」


 宗谷の糾弾が我慢ならず、仁志は声を荒げるだけではなく拳を強く握り、殴りそうな勢いだった。彼女も想定外だったらしく、怖がって後ろに下がってしまう。

 可哀そうだと思ったコナタは仁志を制止した。


「パワハラになりますよ。仁志さん」

「しかし……」

「もとはと言えば私のせいでこんな面倒くさいことになってしまったんです。せっかくの機会です。二度と誤解をしないように経緯を話そうではありませんか」


 コナタの両親はヴイスの解析班に所属していた。それで宗谷は何となく推測してしまったのだろう。しかし、それはあくまでコナタがVR料理を使える理由だけを紐解く答えになるだけで、全ての謎を解き明かすものにはならない。


 故に間違いなのだ。


「私の父や母は東都大学のVR部門で研究を行っていました。VR空間で味覚を再現できる研究をね」


――


「父さん、母さん。ステーキの再現はこれでいいのかな」

「ああ、ばっちりだ」

「それにしても、すごいわね。もう、プログラミングは全部できて、VR料理のことなら私たちよりもできるかもしれないんだから」


 両親と一緒にアレルギーのテレビを見た後、コナタはプログラミングを覚えようと頑張った。


 そして、一言で表すのなら覚醒した。


 プログラミングというものは元々両親がその仕事に関わっていることから才能自体はあってもおかしくはない。しかし、コナタの才能は異常だった。基礎的なプログラミングはすぐに出来てしまい、VR料理がわかるようになる。


 いつの間にかVR料理に関しては両親と同じくらいの理解と技術を持つようになったのだ。


 両親も最初は驚いたが、次第にコナタが向けるVR料理の情熱を理解し認めていた。VR料理を作り出すにはコナタの発想力が必要不可欠であり、総合的な能力では勝る両親がそれを補助し実現する。


 言わば、VR料理は米澤家の合作であった。


 そんな時、研究室のチャイムが鳴った。


「はい」


 父が扉を開けて客を迎え入れる。コナタも誰が来たのか母に尋ねようと思ったが母自身もわからないのか顔を顰めている。


 教授職であれば大体訪れた時間帯から来客する人間がわかる。しかし、その人物は予想外の人間だった。


 彼は父と話をして部屋の中に入った。父も彼の言っていることが理解しきれず困惑しているようだ。


「どうも、米澤さん。私は蘇雲六三。貴方方の技術の協力をしてもらいたくてここに来ました」


 蘇雲六三。

 数々のヒットゲームを出した巨匠であり、コナタですらその名前を知っていた。家族からすれば蘇雲は有名人なのだが、唐突に来られても困る。


「あの、蘇雲さん。予め、そのような話をしていましたか。大変申し訳ないが記憶にないんですよ」

「そうに決まっていますよ。今日初めて話したんですから」


 過程をすっ飛ばすというのはこのことを言うのだろうと幼少のコナタはこの時思う。両親はそれなりの人間が強力を請うことがあるが、会う約束などを決めて話すものだった。


 社会人として失格なのだが、


「わあ、蘇雲さんだ」


 その時のコナタは蘇雲に会えたことが嬉しかった。ジャンルを問わずに様々なゲームを作り成功してきた男だ。コナタにとってはテレビに出てくるヒーローのような存在であったのである。


「すごい。サイン頂戴」

「いいですとも。お二人のお子さんですか?」

「ええ」


 何時の間にか話を聞くような雰囲気となり、両親も変に追い出すことが出来ない。観念した母が蘇雲に何の用か問いかけてくる。


「それで蘇雲さん。今日はどうして私たちの所に?」

「実は私、新しいゲームを作っておりましてもうすぐ発売するんですよ」

「存じあげています。確かウォーネットでしたよね」

「光栄です。それで米澤さん方のVR料理を出させてほしいのです」


 突然の提案に顔を見合わせる両親。対してコナタは満面の笑みで、


「やった。父さんと母さんと僕は蘇雲さんと一緒にゲーム作れるんだ」


 憧れの人とゲームを作ることに喜んでいた。しかし、蘇雲はコナタがVR料理を作れるとは気づかない。申し訳なさそうな顔をして、コナタとはできないことを話した。


「すまないね。父さんや母さんとは作れるけど、君とは作れないんだ。もう少し大きくなったらね」

「ええ。僕だってVR料理作れるもん」


コナタは悔しくて、蘇雲に自分のVR料理を食べてもらおうとヘッドギアを渡す。


「はい、これ」

「何かな?」

「僕が作った料理を食べさせてあげます」

「そうかそうか。それじゃ、お願いしようかな」


 蘇雲はヘッドギアを受け取りVR空間へコナタと一緒に移動する。そして、コナタは彼に寿司を出した。


「食べてみてください。味松ってお店の所なんだ」

「それじゃ、いただきます」


 蘇雲は口に入れると、目を見開き美味しそうに完食した。


「うん。美味しい」

「でしょ。これで僕も参加できるよね」

「そうだね。なら作り方を教えてくれないかな?」


 蘇雲はコナタにVR料理の作り方について聞いてきた。無論、彼自身はコナタが答えてくれると思っていない。説明できないことを理由に一緒に仕事はできないと断るつもりだったのだ。


「わかった。ええっと、まずはVR空間の操作盤からデータGを開いてRO106を選択、それから――」


 しかし、コナタは真に受けて蘇雲に説明を始める。既にVR料理に関しては理解していたコナタは何の迷いもなく蘇雲へとVR料理について教えた。


 それから蘇雲はコナタが本当にVR料理を作れることを知り、コナタに大真面目な質問をいくつか行う。


「一ついいかな。ええっと、君の名前は」

「コナタ。米澤固屶だよ」

「そうか。コナタ君、さっき言ったBENZEN996COK264を繋げたい理由は何だい。味の再現だけならその操作は不要に見えるが」

「二つの味を合わせた時エラーが起きないようにするためだよ。だって水と砂糖を合わせて砂糖水にならないと違和感があるでしょ」

「……なるほど」


 蘇雲とコナタの話は数時間に渡り、結果的に両親がヘッドギアを無理やり外すことで幕は閉じた。


「コナタ、これ以上蘇雲さんを付き合わせないの」

「ええ」

「申し訳ありませんでした。蘇雲さん」

「いえいえ。大変参考になりました」


 申し訳なさそうにする両親に対し、やや蘇雲は興奮気味だった。そして、彼は再び両親に提案する。


「そんなことよりも是非ともウォーネットにVR料理実装の協力を。私から上には何としても許可を取って見せます。私には3人の力が必要なのです」


 コナタから話を聞いた蘇雲は既にVR料理が自分の想像していたものよりもはるか彼方に進んでいることを知った。それをウォーネットに入れたいと狂気すら感じる目つきで両親やコナタに訴えている。


「……申し訳ありませんが、VR料理で協力することはできません」

「何故です?」

「話が急すぎます。このようなことは年単位話し合って決めることだ」

「しかし――」

「ではどうでしょう。次作では協力の相談を受け付けると。今回はお引き取り下さい」


 大人の対応をされて、蘇雲は見るからに意気消沈したような姿になった。両親やコナタもそれを見て同情したくなるが、協力することはできない。コナタは両親の言いつけは守らなければいけないし、コナタの両親もそんな簡単に協力できるほど社会的地位は身軽ではなかったのだ。


「わかりました。……残念です」


 そう言って、蘇雲は項垂れて帰っていった。


 しかし、3か月後。ウォーネットが販売され、あることが発覚する。

 何と、コナタたちのVR料理を蘇雲は無断で実装していたのだ。そして、大学のネットワークをハッキングし、VR料理のデータを全て消去した。


 全く規格の違うゲームに当てはめることが出来たのは流石蘇雲と言えるだろう。しかし、彼がこの短期間で実装できた理由は他にある。

 それはコナタが彼にVR料理の作り方を教えたということだった。それだけではなく、両親の全てを彼は奪ったのだった。

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