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後手必勝の幻則(げんそく)

誰に言われるまでもなく、その部屋にいる全員がST2でVR世界へと入った。


 グルメ・ヘルスで作成したものが飲食店の個室だとしたら、今回作れた場所は大きなパーティー会場。まるで高層ビルの一フロアを借りたような豪勢な印象を持った。


 自分たちが本当にいるのはVR空間と比べれば質素な会社の一室であることを忘れてしまいそうになる。見とれているコナタを他所に松坂がルールを説明し始めた。


「審査員は私で、両者この日のために作ってもらったVR料理を食べ比べする。美味しい方が勝者だ。しかし、私は一介のゲームクリエーターに過ぎない。そこで参考として、この場にいる全員の意見を参考にしつつ判断するものとする。両者、それで問題ないな?」

「もちろんです」

「はい」

「それでは、自らの料理を出したいものは名乗り出て欲しい」


 二人の了承を聞いた松坂はVR料理を出すように指示する。順番は予め決められているわけではなく、早い者勝ちと言うことだ。


「それでは私から出しましょう」


 コナタは話を聞いた後にすぐさま名乗り出た。

 すると、その場にいた全員がコナタに注目する。


 そこまでは良い。しかし、一部の人間は困惑交じりの表情をしていた。ルールに従っているだけなのにこんな反応をされたコナタは首を傾げる。


「どうしたんですか。何かいけなかったでしょうか?」


 特に驚いていた人間。今回の競争相手でもある石垣にコナタは問いかけてみる。すると、頭をかいて事情を話した。


「山県君、君は料理漫画を見るかい?」

「ええ、嗜む程度には」


 合点がいかない質問にコナタは猶更意味が分からなくなるが、どうやらこの部屋にいる困惑した皆は石垣と同じことを考えているらしい。理解しているかのような顔でコナタに哀れんだ視線を向ける。


「料理勝負が漫画であった時、勝つ方はどっちかな?」

「どっちって。美味しい方じゃないですか。当たり前ですよ」

「そういう意味じゃなくて、後攻の方が圧倒的に勝率は高いでしょ」

「……ああ」


 宗谷の言葉でコナタは彼らの表情の意味をようやく理解できた。確かに料理を題材とする漫画やアニメでは一対一の食べ比べにおいて後に出した料理の方が勝利しやすい。逆に最初に出す方が負けやすく、そういうジンクスを石垣が嫌ったと言う訳だ。


 どうせなら、後攻でいたいと石垣は思ったのだろう。しかし、コナタも同じように考えていると思い、両者が遠慮する状況を想定していた。


 別にジンクスを避けようとするのは悪いことではない。しかし、コナタが石垣に呆れてしまった。


「なら、良かったですね。石垣さんは後攻をやりたかったんだから良かったでしょう」

「そうだな」

「でも、残念です。そんな下らないことにこだわって勝負をするとは」

「……くだらない?」

「だってそうでしょう。自分の作ったものに自信がない証拠だ」


 漫画やアニメで後攻が勝つ方が高い理由は演出的な面からだ。その方が負けた側の前例がありつつ、勝つ側の良さを述べることが出来る。


 しかし、現実は違う。先攻でも後攻でも勝利の割合は同じ。自分たちが出したもの次第なのだ。自分が出す料理に自信がないからこそ後攻にこだわっているようにコナタは見えた。


 寧ろ、自分の料理が素晴らしいと心の底から思っているのであれば進んで出そうとするのではないか。


「漫画やアニメの見過ぎです。そんなどうでもいいことにまで執着するのは逆に哀れですね」


 普段ならここまで言わないが、コナタは石垣や解析班に対する失望故に暴言を口にしてしまっている。

 別の人間からあれだけ称賛された人間たちが小さく見えてしまう。頑張っていた自分が馬鹿みたいに思えた。


「まるで、悪役のような台詞だな」

「何ですって?」

「負けて痛い目に合う悪役そのものだと言ったんだ。相手の悪口を言わなければ料理が出せないのか? それに、こんなこと言って料理がまずくなるとは思わないのか」


 雰囲気と言う面で言えば石垣の言ったことは正しかった。相手の悪口を聞いた後に食べた料理は確かに何時もよりは美味しいとは感じないだろう。


 それでも、コナタは気にしない。それだけ自分が作ったVR料理の今の集大成であるキメラ料理を信じているし、後攻にならないと自分の作ったものを誇れない石垣に憤りたくもなる。自身がないのなら、来る前に研鑽を摘むか食べ比べの日を後日にしようと提案すれば良かったのだ。


 思いの丈をぶつけたいが、今回は口喧嘩をしに来ているわけではない。


 コナタは話を切り上げて料理を出した。


「その結果は料理が教えてくれますよ。どうぞ召し上がってください」


 コナタは料理を人数分出して見せる。

 出した料理は汁物だった。シチューのような少しトロミがありつつ美味しい匂いを漂わせる茶色の料理。近江に言われた色合いも考慮して、食材には気味が悪くならない程度に明るい色のものを増やした。


「これはビーフシチューか?」

「それは食べてみてのお楽しみです」


 色から見て料理を推察する松坂だが、コナタはあえて料理名を濁した。そうすることで不安も生まれるだろうが、同時に興味心もそそられるものになる。


 松阪はゆっくりとスプーンで料理を掬い、口の中に入れた。他の人も同様にキメラ料理を口にする。


「……!」


 衝撃はすぐに来た。美味しいのは当たり前で、全員が最初は明るい顔をする。しかし、段々と顔を顰めてきた。


 これもコナタの予想通り。彼らは口の中に残る一滴まで味わい、人によっては次の一口を口に流し込む。それを繰り返し、完食した後でさえ顔が変わることはなかった。


 我慢しきれず、近江はコナタに質問する。


「山県君」

「何?」

「最初に出してくれた時よりもすっごくおいしい」

「ありがとう」

「でも、これってどんな味なの?」


 近江は当然だが味覚について成熟していない。食事をした機会が少なく、自分が感じた味を美味しい以外で表現することが難しいのだ。


 しかし、今回の料理に限っては、近江以外の人間も同じ気持ちを抱いている。


「俺は『はわみ』って言ってるよ」

「はわみって何?」

「正直、それを既存の言葉で説明することは難しい。なんたって自分で作った味覚だからね。現実世界には存在しない。この味も使った食材もね。この料理は、差し詰めキメラのシチューとでも名付けられる」


 コナタが考えるVR料理の極意とは、材料そのものや味覚の作成である。


 フィクションの料理漫画であれば必ず出てくるその世界の素材を作った料理。それらは思わず食べてみたくなるようなものばかりだ。しかし、それは現実で食べることが出来ない。何故なら現実には竜の肉なんて仮想の生物を使った食材はない。


 精々、現実にある食材で再現しているようなものばかりだ。それもそれで美味しいが、どうやっても現実の味に準拠してしまう。


 しかし、VR空間では違う。様々な食材のデータを組み合わせることでこれまでになかった組み合わせを実現できる。現実世界にはありえない食材を作れるのだ。


 そうすれば、味もこの世界にはないものになる。


「これが私の集大成です。VR料理は今ある料理を真似するだけではない。新しく食材を作り、現実ではできない食事の体験を提供することが出来る。これまで絵や音でしか表現できなかったゲームの料理は現実さえ超え得る匂いと味を得ることが出来ます。その進歩は決して止まることはないでしょう。私と一緒に新しい可能性を探してみませんか?」


 VR料理を食べた全員に提案し、コナタは近江に視線を移す。


 正直、キメラ料理までコナタはVR料理で出そうとは思ってもいなかった。現実の料理の真似をするVR料理で十分だと思っていた。


 しかし、近江の喜ぶ顔を見て、もっと先へ進むべきだと確信した。自分でVR料理の集大成を考えている上で作らないのは笑顔で料理を待ってくれる人間に失礼だと感じたのだ。


 VR料理を世に出そうと決意したことも大きい。そうでなければ、誰かと比べることはなく自己満足で終わっていただろう。


 見えていた道を進むことが出来たのは近江のおかげだ。


「まいったな。料理の味もその発想を基にしたビジネスも心が躍るものがある。脱帽するよ、山県固屶君。君は文句なしの天才だ!!」


 松阪から最大限の称賛を得て、コナタの番は終わった。


 そして、次は石垣の番だ。


「さて、山県君の番は終わった。次は石垣君と行こう」


 松阪はい石垣に明るい声をかける。しかし、石垣は料理を出そうとしない。彼の手は震えていた。

 棒立ちになって動こうとしない。どうしたのかと松坂が問いかけようとするが、その前に石垣は涙を流した。


「……私たちの負けです」


 石垣の言ったことに誰よりもコナタが驚いた。


 降伏。


 何と石垣は料理を出す前に自分の敗北を宣言したのである。


「どうしてですか?」


 最初に投げかけたような悪意ある言葉から一転して、コナタは素で石垣に問いかける。


「もういいんです。勝敗は決しました。私たちが勝てる可能性はない」

「そんなこと、やってみなくちゃわからないじゃないですか?」


 コナタは自分が与えたキメラ料理の凄さを見誤っていた。食べ比べに勝つことは信じていたが、それだけ。人の心を折るとは思いもしなかったのだ。

 味覚や食材そのものを作り出すなんてことはコナタ以外が考えてもみなかった発想だ。誰かが言ったとしても、世迷言として流されるのがあり得る結果。しかし、既に作り出す方法が確立されていて、圧倒的な力を持って目の前に出されたのだ。


 一線を引いた立場からすれば喜ばしいことだが、対決する側としては絶望したくもなる。自分たちがやっていることは足元にも及ばないことを直視するしかないのだから。


「山県君はすごいです。自信を持つわけです。寧ろ、自信を持ってくれなきゃ困ります。これで謙遜されたら私たちの立つ瀬がないですからね」


 塩らしくなった石垣は渇いた笑顔でコナタを称賛する。それは彼の本心であったがコナタの心には響かない。


「解析班の負けです。ここにいるのが私じゃなくても、皆は納得してくれるでしょう」


 コナタは勝利した。しかし、嬉しいという感情は一片もなかった。こんな後味の悪い勝ち方があってたまるものか。


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