譲れないのは誰のため
食べ比べ前日。
ここまで来ると、コナタはすることもほとんどない。キメラ料理の最終調整も済ませたし、持参する荷物も準備済みだ。
それなのに何故か、深夜の3時に目が覚めてしまった。
緊張していると言う訳でもないし、早く寝てしまったと言う訳でもない。それでも、何か心残りがあったのだ。
キメラ料理に自信がないのかと自問自答するが、全くとして答えは得られない。というよりも最後はキメラ料理自体が今の自分の全力であるという結論に至ってしまう。ここで手直ししてしまうのは蛇足なのだ。
数時間考え続け、とうとうコナタは自分がしなくてはいけないことはキメラ料理ではないことがわかった。
しかし、具体的に何かと言われると答えられない。このままでは見つけられずに一日が終わってしまうかもしれない。
心配したコナタがとった行動は、誰かに相談するということだった。時間は午前の6時。今起きていて、かつ迷惑にならないような人間にコナタは電話をかけてみる。
「もしもし」
「もしもし、じいちゃん。朝早くにごめん」
電話を受けた北海道にいる祖父。コナタにとっては数少ない頼れる家族だ。朝早く電話をかけてきた孫に彼は暖かい言葉を投げかける。
「おお、コナタか。最近元気か?」
「うん、大丈夫」
「そうか。なら良かった。何時でも帰ってきて来いよ」
「うん」
「ばあちゃんにもかわるな」
祖母へ自分のスマホを渡そうとして、電話越しから歩く音が聞こえる。そして、少し二人の小さな声が聞こえると、スマホから祖母がコナタに話しかけた。
「コナタか。久しぶりだね」
「ばあちゃん、久しぶり」
「元気だったかい。生活に困ってないかい?」
「うん。二人も元気?」
「まあ、年相応だねえ」
祖母にも現状の報告をして、和んだ雰囲気になる。何時もならここで電話を切って終わりだ。しかし、今日はまだ聞いてほしいことがある。コナタは自分の悩みを打ち明けた。
「それでさ、ばあちゃん。実は今、ある……大会に出るんだけどさ。前日で準備はしたのに何か違和感があるんだ。心残りがあるような。何だと思う?」
勝負と言えば学生同士のことだと思いあまり緊張感が伝わらないだろう。かと言って、祖父母にはコナタが大企業の社員とVR料理で食べ比べすると言っても意味が分からないし、わかったとしても余計な心配をさせてしまう。
だから、緊張感がありつつ心配もしない大会という言葉を選んだ。
コナタの悩みについて声を唸らせて考える祖母。祖父も話に混ざり、あれこれと議論してくれる。
そして、数分経って祖母がコナタに問いかけた。
「コナタ、美幸や鋼磨さんには伝えたのかい?」
「父さんと母さんに? まだかな」
両親に食べ比べのことは話したのかと言われると、コナタは何故か罪悪感を持ってしまった。
後ろめたさを含んだ声色を祖母は瞬時に見抜き、コナタに助言する。
「なら、伝えに行ってきなさい」
「……わかった」
「悩みは解決したかい?」
「うん」
「そうかい。じゃあね」
電話も終わりコナタは早速両親の所へ行くために身支度をした。服を着替えてジャケットの袖を引き締めながら独り言をつぶやく。
「そう言えば、最近会いに行ってなかったな」
月に一回は両親と会っていたコナタ。しかし、VR料理を近江に食べさせてから一切行っていなかった。
自分自身が薄情な人間に思えてしまう。どうして家族をないがしろにしてしまったのだろうと後悔すらしていた。何故か両親の下へ早くいかなければいけないとコナタは家を出たのである。
――
両親の下へ行く前にコナタは花屋へと赴く。
何時もは正午前後に両親の所へ行く。それに合わせて花も買うのだが、何時も買う場所はまだ開店していなかった。
コナタはマップアプリで調べて、今もやっている花屋を探し出した。
「いらっしゃいませ」
店員が入って来たコナタを出迎え、コナタは店の花を見ずに店員に花の在庫を聞いた。
「すいません。カーネーションはありますか? 彩は白。本数は5本で」
「ありますよ」
「そちらを購入します」
「わかりました」
若い店員は花を目の前で用意しようとする。そんな中、明るくコナタに話しかけてきた。
「彼女さんに告白とかですか?」
「告白、ですか?」
「ええ。カーネーションは告白で渡す花の一つでもありますから。バラが一番ポピュラーなんですけどね」
何時もの店なら言われないことにコナタは戸惑ってしまった。店員の話からすると、カーネーションも告白に使われる花のようである。女性の花の好みによっては選ぶ人間もいるのだろう。
「見えるところにバラはなかったですけど、店自体にはありますよ。良ければそっちにしますか?」
「……いいえ。カーネーションでお願いします」
店員の勘違いにコナタは笑顔で断る。ここでバラを選んだとしたら両親に失礼だし、店員に事情を話せば申し訳なく思われてしまうだろう。
花を受け取り、コナタは店を出た。
――
「父さん、母さん。久しぶり」
お墓に花を挿し、コナタはこの世にいない両親に話しかけた。返答はされずとも、コナタは話し続ける。
「最近来なくてごめん。少し忙しくてさ」
笑顔で話すコナタはあることに気づく。両親と話す時、何時も笑顔だったが今日は頬が強張らない。見ているわけでもないのに、生きている自分は嬉しそうにしなければいけないと考えていた。だから、両親に向けて笑顔でいた。
それが今日は自然にできている。意識することなく、心から笑顔でいられた。
「実はさ、俺。少し前にVR料理で人に命を救ったんだよ。しかも、その子は二人の友人の近江さんの娘なんだ。知ってると思うけど、彼女はアレルギーで普通の食事が出来なくてさ。それを気にして食べたら死ぬおにぎりを口に入れようとしたんだ。それを俺が止めてさ。近江さんにVR料理を御馳走したんだよ。それで、喜んでくれたんだ」
両親へ自慢するほどに声色は高くなっていく。そして、口は閉じることなく少し早口でこれまでのことを話した。
「そしたら、近江さんがVR料理をうちで出さないかって言ってくれてさ。俺は二人のこともあって断ったんだけど結局は協力することにしたんだ」
コナタは目の前の人間が満足すればそれで良かった。しかし、近江の説得で心が動いた。自分のVR料理なら、もっと多くの人を救えると思ったのだ。
「でも、心の奥底ではやっぱり協力したくなくてさ。VR料理を盗まれるかもしれない。誰かが俺よりもVR料理を押し上げるかもしれない。自然と近江さんや他の人を遠ざけていたんだ。実際にVR料理を盗まれそうになった。けど、だからわかったんだ。盗むような奴に負けないように俺は強くなれるって。そして、VR料理に興味のある人の中には、本当に俺の味方がいるって」
VR料理を通して誰かと関わるのが怖いと思っていたが、実際に戦ってみれば自分はベストを尽くせた。それだけじゃなくて、自分とVR料理に自信を持てた。そして、交流を持つ人の中には自分に寄り添ってくれて、直向きに頑張る人がいたのだ。
「それで、今回もまた食べ比べをすることになる。相手はプロのゲーム製作チームで手強い。でも、負ける気は一切ないよ。何たって、キメラ料理だって俺は完成させて見せたんだ。勝ってくる」
覚悟を言う頃には、コナタは自分に合った違和感は全くなくなっていた。
思えば、コナタがこの10年間で両親にVR料理の話をしたことは一切なかった。祖父母から止められていたのだ。二人からすればVR料理は家族を奪った呪物以外の何物でもない。コナタに言わないことを強制することもわかる。
そうしているうちに、一人で墓参りができる頃にはコナタ自身も両親にVR料理のことは言わなくなった。
二人が生きていた頃には実装していなかったVR料理を作成できたのに。キメラ料理も他の模倣したVR料理より遥に美味しいものが出来ているのに。どうしてか数か月前のコナタなら答えることが出来なかっただろう。答える必要もなかった。
しかし、今ならわかる。
コナタ自身もVR料理から目をそらしていたのだ。両親を殺す発端となった存在が有用であると思いたくなかったのだ。
もう逃げない。
VR料理は素晴らしい技術だ。それを自分自身で認め、誰もが首を縦に振るように発展して見せる。
舞い上がっていたコナタの話は終わり、コナタはスマホに連絡が来ていることに気づいた。
相手は近江。彼女からすればとても心配してしまうのだろう。用事も済み、コナタは両親へ別れを告げた。
「明日結果がわかったらすぐに来る。それからは忙しくなるし、暫く来られないかもしれないけど。俺は大丈夫だから。だから、安心して見ていてくれ」
もうこれで後ろだけを向くことはない。
――
そして、翌日。
コナタは近江と一緒にヴイスへと着いた。
コナタは両親に全てを打ち明けて一番晴れやかな顔だった。近江も持っていた不安をコナタの顔で拭い去ることが出来た。
勝負の部屋の扉を開け、目の前には石垣が立っていた。
やつれているようにも見え、頬は以前に見た時よりもやせ細っている。しかし、眼球は熱意により光っているかのように鋭く、亡者を連想させるような顔つきだった。
目の前にいるのは彼だけだが、コナタはここにはいない解析班の人間も同じ顔をしていると確信した。彼らは余程この一か月、我武者羅に取り組んだのだろう。
他にもコナタが知っているヴイス職員のほとんどが来ていた。審査員の松坂さんはもちろんの事、淡路と宗谷。そして、近江の父親である仁志もその場にいる。
声にこそ出さなかったが、近江は父親が来たことに驚いて目を見開いていた。コナタも何故に仁志が来ていたのか不思議だったが、今はそんなこと気にする必要はない。
コナタが今日、視線を向けるのは石垣しかいないのだから。
「お待たせしました。それでは始めましょうか」
戦いの火蓋が遂に切られ、両者の情熱が激突する。




