模倣の一品
コナタの話を聞き、敵対する人間は誰一人いなくなってしまった。それどころか哀れみの眼差しを向けている。
無垢な子どもが悪い大人に良いように弄ばれたのだ。そして、ヴイス側はこんな悲劇は都合が悪く、隠さなくてはいけなかった。自分たちが誰にも見て欲しくなかったものと一緒に。
一分近く誰も話さないところで、仁志がコナタの両親の顛末について話した。
「会社のプロジェクトを無断でデスゲームにした挙句、技術の盗作やデータの消去まで行った。これではヴイスそのものがなくなる可能性があった。だから、我々は口封じを行った。少しでも自分たちの罪を軽くしようと必死だった。……私はコナタ君の両親に頭を下げて願ったよ。今回のことを秘密にしてくれ。どうか、私を路頭に迷わせないでくれとね。鋼磨と美幸は了承してくれた。自分たちの地位を全て捨ててね。私は友人たちに苦労を背負わせたのさ。無論、それで見捨てるなんてしなかった。だから、彼らに就職口を紹介した」
「それがヴイスの解析班だったってことですよね」
「自分たちが背負わなくても良い負債を背負い、あろうことか私たちが取り組むべき負債の手伝いをしてくれた。持つべきものは友人だと思ったよ。しかし、あろうことかそれが彼らを殺したんだ。時が来たらVR料理をヴイスで出すという約束も守れなかった」
仁志は大人ながら泣かずにはいられなかった。友人の善意に甘え、それだけではなく命さえ奪ったのだから。
だからこそ、近江がコナタを連れてきたのは運命だと思った。娘を救ってくれた人間が自分たちでは救えなかった友人の息子なのだ。そして、彼の力を世に広めることが自分の義務なのだと悟った。しかし、ことは上手く進まない。旧解析班はコナタのVR料理を盗むだけではなくコナタを陥れようとし、挙句の果てに解析班が自分たちの過ちからコナタを糾弾しているのだから。
「私のせいだ。頼まなければ……頼みさえしなければ」
「それは違いますよ。仁志さん」
後悔する仁志にコナタは反論する。自分の勝手な都合で友人の未来と命を奪った仁志を慰められるのはコナタだけだった。
そして、それは自分自身の卑下することに他ならない。
「さっきも話したでしょ。あの日、私が蘇雲にVR料理を教えた。自分の力を証明して褒めてもらいたかったんだ。父さんと母さんを殺したのは、俺だ」
もし、あの場所にコナタがいなければどうなっていただろうか。両親は断って蘇雲は帰っただろう。
天才に認められたいが故にコナタは両親を生贄にしたのだと思っている。
「だからこそ、このVR料理は俺のものなんだ。もう、俺のものとしか言えないんだ。そして、蘇雲がいたここヴイスでVR料理を発展させたい。自分が憧れたゲームの世界で」
製作者と言えるのは両親とコナタだけ。だから、コナタは捨てるわけにはいかなかった。そして、誰かに教えるや世に広めることを極端に恐れていたのである。
しかし、誰にも負けない覚悟ができ、いざVR料理を発展させたい場所としてはヴイスを選んだ。
幼少の頃、コナタは蘇雲に憧れていた。数々のゲームを作った彼のようになってみたかった。今は現実の彼のようにはなりたくない。しかし、自分が思い描いた蘇雲六三にはなりたいと思っているのかもしれない。だからこそ、ジュニアゲーム大会でゲームへの評価も気にしたのだろう。
そして、VR料理であれば子どもの頃に望んだ夢の全てを叶えられる。六三のようなゲーム製作者となり、誰もが美味しいと思える料理人となることを。
だから、再び誰も黙り込もうとしてしまう中、コナタは石垣に話しかける。
「さて、石垣さん。私は話したくないことを話しました。貴方も出したくないものを出していただけないでしょうか?」
「どういうことだ?」
「貴方のVR料理を見せてくださいと言っているのです。」
この発言に誰もが驚いた。既にコナタの力を見て、誰もが認め石垣ですら敗北を宣言した。それだけではなく、VR料理に秘密について知ったのだ。自分たちが見つけたものは盗作だとわかった今、石垣からすれば戦う理由がないのである。
「無理だ」
「どうしてです?」
「逆に聞きたい。こんな状況でVR料理を出せと言うんだ。意味が分からない」
石垣すればとんだ茶番劇であり、それに真面目に取り組んだのが馬鹿馬鹿しくなった。
「君も人が悪い。最初から話してくれれば良いものを。経緯を考えれば頑なに話そうとしなかったのも理解できるが、言ってくれさえすれば私たちだって君を貶めようなんか思わなかった。結果がこれだ。自分たちの努力は無駄だったことを思い知らされ、挙句の果てに自分たちが見たVR料理の可能性は盗作の汚物であるとわかったわけだ。もうこれ以上、私たちを惨めにさせないでくれ」
天才の遺産は偽物であり、それを証拠に本物を偽物扱いした。これまでVR料理がゲーム界に与える影響を考えていることすら道化の所業に思えた。自分たちの会社にとっては恥部とも言えるものを世界に見せたくて仕方なかったのだから。
しかし、そんなことはコナタにはどうでも良かった。
「味松の再現を試みていたのでしょう?」
「どうしてそれを?」
「かつて家族とよく行っていた店でして。久しぶりに行ったらその話を聞いたんです」
模倣でこの食べ比べに挑もうとしたのだから彼ら解析班にはもとにした店がある。例え、味松でではなくても、ここで料理を出さないという選択をコナタは許せない。
「実際にある店に協力させておいて、その結果を出さずに負けを認める。そえは貴方方の手を握り返してくれた店への侮辱だ。そんな人と一緒に戦ったとは思いたくもない。私は他の多くの人からの話を聞きました。君は勝てない。他にも解析班を悪く言うような人間はいなかった。だからこそ、見せてください。味松が模倣をすることを認め、同じ仲間が誇り、相手に恐れる貴方方の料理を」
コナタは解析班のことを大いに認めている。一流のプロであり、コナタにとっては目標なのだ。VR料理では自分が優れている部分もあると思うが、それ以外で勝てる自信はない。
それに自分にはない可能性を彼らから見たかった。
「私からもお願いしよう、石垣君」
「松坂さん」
「君たちが頑張ったことをここにいる皆が知っている。それを隠すのはひどいというものだ。このまま君たちの成果を見ないまま過ごせと言うのかね」
ヴイスは既に一回コナタに負けていた。それでも、今回の食べ比べを容認したのは解析班の実力を買ってのことだ。彼らなら勝算は大いにあると思ったからこそこのような場を設けている。
そして、負けるかもしれないがその実力は見てみたいのだ。勝負なのだから敗者はいる。しかし、その敗者が決して実力者ではないとは限らない。コナタが料理を出すまでは石垣も自信を持っていた。それほどの料理を食べないで終わらせるのは惜しいと思わないはずがない。
「わかりました」
石垣もまた熱意を取り戻した。天才の力によって失った自信は自分たちの努力を省みることで、そして笑顔で見送ってくれた人たちのために奮い立ったのだ。
味松を模倣したとされる寿司のセットを出す。
「どうぞ、召し上がってください」
「「「「いただきます」」」」
声も少しずれながら挨拶を済ませ、全員が解析班の努力の結晶を味わった。
「美味い。これほど美味しい寿司は食べたことがない。グルメ・ヘルスでも寿司はあったはずだが素材の旨さも再現されていて段違いだ。それに素材以外にも違う良さがあるような気がする」
寿司の一貫一貫から感じるのは素材の良さと職人の技。電子で構成されたものなのに、ネタは忠実に再現されており、その味からは長年の職人の味がわかってしまう。
脂は旨味がありつつしつこくなく、醤油は素材を殺さずに寿司に塩味を付与してくれている。これ程の寿司は現実でも食べることは難しい。
正に再現の極致と言ったところだ。
「しかし、完璧に再現はできていないな。本物の味松の味と確かに似ているが、私なら本物の方へ行きたい」
仁志からは不評であり、石垣も心苦しそうな顔をしていた。コナタも思うところがあり、VR料理の模倣について言及する。
「私も最初は模倣こそがVR料理の要だと思いました。しかし、ある時わかったんです。それでは本物を超えられないと。どんなに本物に似せた所で本物に近づくだけ、具体的な目標があるのだから最初は上手く進みます。けれど、最後は結局ただの偽物になる。並び立つことさえできない」
模倣はできないうちはとても役に立つ行為だ。しかし、その先へと進まないと人の心を動かすことはできない。満足していないわけではないが物足りなさを感じてしまうだけだ。
「山県君の言う通りだ。私たちは模倣だけしかできなかった。山県君よりも一歩後ろにいた」
「でも、これほどの精度なら私はVR料理を模倣だけで発展し続けていたと思います」
「……え?」
石垣は驚くが、コナタは彼の反応こそが可笑しいと思った。コナタからすれば味松の料理をたった一か月でここまで再現できたことが奇跡だ。コナタが同じように模倣したとしてもここまで再現することはできない。
だから、コナタは模倣ではなく創造を行うことにした。聞こえは良いが、別の言い方をすれば模倣の可能性を諦めたのだ。
石垣たち解析班の成果は素晴らしいものだと思う。
「石垣さん、貴方方の料理は大変美味しかった。そして、その先を見てみたい。私も一緒に協力させてくれませんか?」
「……はい、是非とも。創造も模倣も私たちで頑張っていきましょう!!」
両者は強く握手を交わし、こうして食べ比べは終わった。
もはや、勝敗などこの場において価値がなかったのだ。納得し、未来に歩こうとする意志からすればそんなものは拘るものではなかった。




