食事会のお呼ばれ
ある日、コナタのスマホに電話がかかってきた。見慣れない電話番号で不思議に思いながらも、スマホを手に取り受けてみる。
「もしもし」
「もしもし、コナタ君。私だ、仁志だ」
電話をかけてきたのは近江の父親である仁志である。意外だったので驚きつつもコナタは要件を聞いた。
「お世話様です。今日はどうされたんですか?」
「隆乃から今日君が暇だと言われてね。少し用があるんだ。来てくれないか?」
「いいですけど」
用事のことは一切教えず、仁志はコナタに来るべき場所だけ指定する。
「それではアジマツに午後6時に来てくれ。それではまた」
「え、ちょっ――」
店の名前だけで住所とかは一切聞かされないことに焦るコナタ。場所を聞こうとしたがその前に電話が切れてしまっていた。電話をかけなおそうともしたが、今日は土曜日。もしかしたら、仁志は仕事をしていて合間を縫って電話をかけたのかもしれないと考える。コナタの推測通りなら折り返すのは迷惑だろう
とりあえず、場所を探そうとコナタはスマホのマップアプリを開いた。
――
そして、午後6時。コナタは丁度に味松を訪れる。
スマホで検索した結果、近辺で一店の寿司屋が当てはまった。そして、迷うこともなく辿り着いたのである。
コナタが店の中に入ると、寿司職人が声をかけてきた。
「いらっしゃい。ご予約はされていますか?」
「すいません、していませんでした」
「そうでしたか。申し訳ありませんが、今日は予約でいっぱいで」
職人が申し訳なさそうに事情を話す。コナタも仕方ないと思って店を出ようと思ったが去る前に考え直した。
仁志がこの店を指定してコナタが来たのだ。相手が予約しているかもしれない。
「あの、すいません。近江仁志という名前で予約はとられていませんか?」
「ええっと、確認してみますね」
職人が確認すると、彼は少し顔を曇らせた。
「すいません。確認したところ予約されていなかったです」
どうやら、予約をし忘れたかもしれないと彼は不安に思ったらしい。コナタも詳しいことはわからないので何も言うことはできない。
「そう、ですか。でしたら、もうすでに来ている人で先ほどの名前の人はいませんか?」
「そちらも確認したのですが見つからなくて」
膠着状態になってしまったこともあって、コナタも職人も頭を悩ませる。そんな時、厨房から何かあったのかともう一人職人が出てきた。
「どうされましたか?」
40代ぐらいの男で、如何にも職人と言う姿をしている。少し前まで料理をしていたのか、手が水で濡れている。彼に職人が事情を話そうとするが、その前にコナタの顔を見て嬉しそうに話しかけた。
「おや、米澤君じゃないか。久しぶりだね。大きくなったじゃないか。私だ、串間だよ」
「ああ、串間さん。お久しぶりです」
「予約してたろ。どうぞ上がって」
串間はコナタを出迎えてある座敷に案内した。冷静を装っているが、コナタはこの時点でかなり頭が混乱していた。実はコナタはこの店に来たことがある。だからこそ検索でアジマツが味松だとわかったし、来る道筋も覚えていた。
目の前にいる串間もコナタが十年前に来ていた時からの職人だ。ゲームの話もしたことがあり、ゲーム好きという印象をコナタは串間に持っている。
「よく来てくれたね。お父さんとお母さんの事で大変だったろうに」
「ええ。もう大丈夫です」
「良かった。今もゲームしているかい?」
「はい、楽しく」
「そうか。何か悩み事があるなら聞いてあげるから気にせず言ってくれ」
長く店に出向かなかった客を覚えているばかりか、その対応はかなり寄り添ったものである。コナタの事情を把握していれば当然のことなのだが、コナタにはそれが恐ろしくも思えた。
仁志はコナタの事情を知っていてこの店を選んだのだろう。他にも予約の名前に米澤を使っているのは当てつけのように思える。
5分もしないうちに仁志と遥が入店してきた。扉の間で串間ではない職人と話している。
「お世話様です。予約していた米澤です」
「お待ちしておりました。息子さんは既にいらっしゃっていますよ」
「私の息子ではありませんよ。友人の息子です」
「そう、なんですか」
二人は職人と話すとコナタの近くに座る。その態度は自然体でそれが却ってコナタの気分を不快に思わせた。人の事情に土足で踏み込んできた相手がこの様子では聖人君主だって嫌な顔をする。
「よく来てくれたね。遅れてすまない」
「遅れてきたことに関しては怒ってませんよ」
「そう言ってくれると助かる」
「ですが――」
声を荒げることはない。しかし、全く情のない声でコナタはもの申した。
「これはどういうことなんですか。私の行きつけの場所によりにもよって旧姓で予約するなんて。ここまでするんだから何もかも知っているんでしょう。その上でこの嫌がらせは何が目的なんです?」
鋭い眼差しは人を威圧するのには十分であった。しかし、相対しているのは大人と子ども。所詮、コナタの行為は仁志から見れば何の凄味もないものだと自覚していた。それでも、例え自分が見下されるとしてもコナタは敵意を見せつけるしかなかったのだ。
両親を愚弄した目の前の男に。
「そうか。やはり、私のことは覚えていないのか」
そして、コナタが敵と見なした仁志が見せた顔は予想外のものだった。悲しさが前面に出ていて、それでいて何かを懐かしんでいる。まるで、近江に紹介される前に会っていたような言い草だ。
コナタも疑問に思い、敵意なく仁志に問いかけた。
「どういう意味ですか?」
「君と私は一緒にここへ来たことがある。とは言っても一回限りだがね。しかし、君の父親と母親、鋼磨と美幸とは何回も訪れたさ」
「……え?」
「私たち友達だったのよ」
コナタがこの味松を訪れていた理由は両親が行きつけの店だったことも大きかった。それはコナタが生まれる前からという話も聞いたことがある。近江の両親がコナタの両親と友人だったかは知らないが、その可能性はある。
考えていたコナタをよそに、串間が3人に注文を聞いてきた。
「これは串間さん。お久しぶりです」
「お世話様です」
「注文はいつものでよろしいですか」
「はい。よろしくお願いします」
「承りました」
串間は注文を聞いてすぐに厨房へと帰っていった。彼の反応から仁志たちが結構な回数は来店したことがあるのは間違いないことがわかった。コナタと一緒にいることに何の違和感も持っていないことからも二人が話していたことは事実なのだと思う。
注文を終え、遥が話を再開する。
「だから、隆乃が初めて貴方の話をした時は驚いたわ」
「すごい偶然ですね」
「だが、この偶然には感謝しているよ。君にまた会えて、それだけではなくVR料理をこの世界に出すことが出来た」
コナタが両親の友人の娘の自殺現場に出くわした。それだけではなく、コナタが解決でき手段を持っていて、それがVR料理だった。
仁志が言うように感謝すべき偶然だろう。このようなことがなければ何もかもなかったに違いない。
だから、コナタには引っかかった。
「なら、私がいなかったらどうしていたんですか。もしかして、解析班からVR料理を出していましたか」
「いいや。約束したからな」
「何を?」
「VR料理は君を含む3人が世に広めると。約束は守れなかったが、彼らも本望だろう。何せ、君が世に出してくれたのだから」
穏やかな声色だったのはそこまでだった。仁志は目を細めてコナタの瞳を覗き込み、責めるように問いかける。
「しかし、どうして解析班の挑発に乗った」
「だったら、全部あの場所で話せと?」
解析班との食べ比べは正直言ってコナタに利益はない。現状こうなってしまったのはコナタが石垣に全てを話すことが出来なかったからだ。話したとしても彼は信じないと思ったし、信じない態度を取られるだけで怒りが沸き上がる。それよりは、実力で何も言わせない方法を取った。
「そもそも、ヴイスはこの食べ比べを容認したのでしょう。だったら、戦うしかない」
「私だって必死に止めたさ。しかし、昔とはいる顔が違うんだ。あの頃ならば――」
仁志は苦い顔で黙り込んでしまった。それだけ解析班の熱意と実力は高く、コナタが心配なのだろう。
しかし、コナタが抱くのは恐怖ではない。戦うのであれば強敵でなくてはという闘争心だった。コナタはVR料理を世界に出したことでいろんな体験をしている。その中で気づくのは自分だけでは得られなかったことばかりだ。
自分が負けるとは思っていない。しかし、勝てるからと言って負けた側に自分にはないものがないとは限らない。VR料理全体の可能性をコナタは見たいのだ。その上で一番高い所に自分が立って見せる。
「勝てるのね?」
遥がコナタに確認する。それは『はい』と言うように脅しているようにも聞こえた。それしか言えないぐらいの自信を持てという励ましでもある。
「はい!」
もちろん、コナタもそのつもりだ。
「なら、信じましょう。そうでしょう、あなた?」
「……勝ってくれ」
「はい!」
返事をしたところで、串間が寿司を持ってくる。彼は笑顔で3人の前に料理を置いた。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
簡単なやり取りをしてその場は終わりになるかと思えた。しかし、串間は他に3人へ言いたい話題があったのだ。
「そう言えば、米澤君。昔、ゲームで味松の寿司を食べたいと言ってたよね」
「そうでしたっけ」
「ああ言ったとも。そして、近々実現できるかもしれない」
ゲーム好きの串間のことだ。きっとグルメ・ヘルスを買ってくれたのだろうとコナタは思った。しかし、とんでもないことを彼は口にした。
「ヴイスの人がうちに来てね。何でも味を再現したいらしい。それで了承して今一緒に頑張っているんだ」
幸か不幸か、相手の出す料理を知ることが出来たコナタ。そして、コナタの熱意はこの発言で極限まで高められる。
「そうなんですか。楽しみです」
串間が厨房に戻った後、3人は寿司を味わった。その味は変わらず、それでいてとても美味しかった。この味を解析班は再現できるというのだろうか。




