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余裕の日常

食べ比べが正式に決まり一週間が経った。


 そんな中でコナタがしていたことと言えば、


「こんにちは」

「おう」

「ごめん、何か見てた?」

「いや、珍しい人から連絡が来てただけ。重要ってわけでもないし」

「そう。なら、今日はよろしく」

「任せてくれ」


 近江を呼んでVR料理についてのプログラミングを教えようとしていた。別に忙しくないわけではない。食べ比べに向けてコナタは着々と準備を進めている。そして、順調に事は進んでいた。


 自分が使える精いっぱいの時間は使うが無理はしない。睡眠時間はしっかりと6時間以上は確保しているし、学校の勉強もやっている。その上でVR料理もといキメラ料理は食べ比べまでには終わる予定だった。


 それでも、この姿勢は近江にとっては心配せずにはいられず、確認を取る。


「ねえ、今更だけど本当に大丈夫なの? もし、時間がないなら私帰るけど」

「家に来たんだしただで帰らせるわけにはいかないよ。遠慮せずに入って」


 笑顔で返答するコナタに近江も自分の不安を振り払う。食べ比べをすると連絡が入った日。帰る前に彼女は自分の成長を素直に喜んでいた。コナタが聞き流すことなく、『それなら次の休みに自分が教えよう』と提案したのだ。


 近江は慌てふためき、せめて食べ比べが終わって後日にしようと言った。しかし、その言葉とは裏腹に嬉しそうにしていたのである。彼女もゲーム作りを志す卵であり、自分の知識を広げられる機会を逃したくなかったのだ。


 コナタとしても今やる必要性はなかったが、コナタが教えることは今でなければ不可能だと思った。これから食べ比べが終わったとしてコナタが勝てばこれからヴイスに本格的に協力しなければいけない。近江に避ける時間は極端に減るだろう。


 そして、万が一負けたとしたら自分の立場は危うく、近江との縁も切れるかもしれない。


 様々な理由があり、結局今日することになったのである。


「それじゃ、お言葉に甘えて。あと、父さんが暇な日教えてくれだって」

「わかった。準備もできたしヘッドギア付けてくれ」

「OK」


 二人がVR空間に入ると、コナタが操作を行う。これまでとは違い、料理を出すための部屋ではなくて料理を作るための場所だ。


 STシリーズはゲームクリエーターから見て新しく追加された機能ができた。それがVRプログラミングシステムである。ゲームの作成などのプログラミングをVR空間で行うことができる機能でST1に試験的に作られてST2でも継続して搭載されている機能だ。


 VR空間で仕事するので遠隔で仕事をしつつ、より同僚との情報共有が実際に合って仕事する感覚でできる。数十年前に流行った感染症によるリモートワークを更に発展させた活用方法をVRプログラミングシステムは可能にしている。


また、この機能によってプレイスレスカンパニーということが出来るようになった。

その名の通り会社において職場がVR空間となり実態がないのだ。

 仕事をVR空間にすすることによって職場をなくし場所にかかる費用を削減する。専らベンチャー企業によく使われているらしく通勤や帰宅の時間も削減出来て利用者からの評判も良い。


「始めようか。まずはVR料理をどうやって作っていくか教えるから」

「は、はい。よろしくお願いします」

「……何で敬語?」

「今日は教わる側だからそうしようかなって」

「別にいいよ。いつも通り気軽にいこう」

「わかった」


 気を取り直して、コナタはVR料理を作るためのデータベースの一覧を開く。

 味覚探しは基本的にしないし、時間がかかる。一日ではとても全てを教えることはできない。


「今日はデータベースから調味料を作ってみよう」

「わ、わかった」

「最初は簡単なものにしよう。まず塩とか砂糖とかの調味料を作ってみるね」


 味覚において、一番簡単なものは甘いや塩辛いという単純なものだ。そして、触感や風味の再現もするとなると簡単なものは無味無臭に近い方が良い。


「これが粒状の触感のデータベース。これに塩辛い味覚を合わせるように押して」


 近江が目で追えるように操作をしていき、塩を作ってみた。


「できた。それじゃ、なめてみて」

「う、うん」


 机に出された塩を近江はじっと見つめる。躊躇っているようでコナタもあることに気が付いた。彼女は裕福な家庭で育ったのだ。塩を直接舐めるなんていうことは品がないと思うに違いない。


 改めて考えればコナタとは住む世界が違うのだ。最近はフランクに話していたのですっかりと失念していた。


「ごめん。塩何て直接なめたことないよね」


 謝ったコナタに近江は何故か急いで弁解する。


「違うの。塩はなめたことあるよ。ただ――」

「ただ?」

「幼い頃、隠れてなめていて親にひどく怒られたことがあるんだよね。アレルギーで死ぬかもしれないって。まあ、塩は問題なかったんだけどね」

「……なるほど」


 コナタが考えていたよりも命に関わるような経験だった。調味料となると安全かどうかは難しいグレーゾーンだ。それも塩という単純な調味料ほど大丈夫だと子どもは思ってしまうだろう。

 近江が幼い頃に塩を隠れてなめていたと考えると、コナタは微笑ましくなった。


 顔もにやけていたらしい。目を細めて近江がこちらを見てくる。


「何か変な想像してない?」

「してないしてない」

「まあ、いいけど」


 そう言って、近江は塩を指ですくって口の中に入れる。料理を食べる時とは違う嬉しそうな顔になっていた。


「美味しいの」

「まあ、ね。懐かしい感じ。食事ができない中でこれが私の感じられる数少ない味だったから。よし、私も山県君がしたようにやってみるね」


 温かい雰囲気になりつつ、近江は気持ちを切り替えてコナタがした方に塩を作った。位置を教えようとしたが無用だったらしい。コナタがしたことを一回で覚えて、近江はすぐさま塩を作って見せた。


「どうぞ。味は保証しないけど」

「それじゃ、お言葉に甘えて」


 コナタも近江が作った塩を舐めてみる。自分の真似をしたので味は同じだ。当然、現実の塩とも遜色なく再現されている。


「うん、再現できてる。大丈夫だよ」

「そう」

「それならどんどん進めるよ。復習もできるようにメモもして」


 満更でもない顔をして二人は次々と調味料を作っていった。塩の次は砂糖。そこからは胡椒やトウガラシ。粉上の者から液状の醤油、固形物の味噌やからしなども作っている。


 近江も復習できるようにメモ帳の機能で綺麗にまとめていた。


 そして、ある程度作っている時に近江がコナタに質問をしてきた。


「そう言えばさ、山県君」

「何?」

「今は調味料を作っているけど、例えばVR空間で出した塩と胡椒をそのまま混ぜると塩胡椒になったりするの? それとも、エラーが出て調味料として成り立たない?」


 素朴な質問に自信をもってコナタは答えた。


「エラーは出ないでそのまま塩胡椒として使えるよ」

「現実と同じなんだ」

「そうするのもかなりの試行錯誤が必要だったんだけどね。あの頃は本当に大変だったな。まあ、普通ならやらない調味料の組み合わせは設定していないからエラーが起こって料理がその場からなくなっちゃうけどね」


 昔はVR料理を現実の料理にどれだけ近づけさせるかに重きを置いた。故に基本的に組み合わせてできる調味料は調味料同士を混ぜると現実と同じ味になるように設定されている。


 あることを境に、混ぜてできる味を全て再現しようという考えは捨てて、一般的に使う味しか設定しないようにしたわけであるが。


「例えば?」

「マヨネーズと……蜂蜜とか」

「確かに、やりたくはないかも。でも、そう思うと興味が湧いてくる」

「ええ、そうか? 怖いもの見たさでも絶対にしないだろ」

「実際どうなんだろうね。試してみたいな」

「止めてくれ。再現するとしたら俺が味見することになるんだぞ」

「猶更いいじゃない」

「……」


 S気のある台詞をコナタは真に受けて引いてしまっていると、近江が笑い半分焦り半分の声色で弁解する。


「嘘嘘。冗談よ」

「本当に」

「ええ」

「そうは見えなかった」


 からかわれた腹いせに今度はコナタが近江をいじった。VR料理の話を同学年の人間と笑いながら楽しんでいた。

 

我に返ってみると、コナタは自分でも驚いていしまっている。つい最近まではVR料理なんて数年の付き合いのある友人にも全く話すことがなかった。それだけではなく、VR料理の操作方法を教えようとするなんて持っても他だ。


 それにVR料理の話を他人とすることで視野が広がる。これまでは不効率だと切り捨てた要素も今なら他人には必要なのかもと思っていた。


「改めて聞くけどさ。マヨネーズと蜂蜜の組み合わせってどう思う?」

「やってみるの? いいよ、無理しなくて。できたとしても味見しようとは……」

「さっきは興味津々って感じだったじゃないか。どっちかと言えば試してみたいんじゃないか」

「……できるなら」

「時間があったらやってみる」


 これまでVR料理を世間に出してこなかったのは自分のものではなくなってしまうかもしれないと思っていたからだ。実際にコナタが思いも寄らなかった方向にVR料理は行くのかもしれない。


 しかし、VR料理が世界に広がろうとしている今。怯えながら縮こまる想像した自分はそこにはなかった。寧ろ、自分には見つけられなかった可能性を知り、よりVR料理を高められることが嬉しかった。


 コナタが本当に欲しかったものはVR料理を食べて笑顔になる人だけではなく、VR料理を一緒に発展させていく信じられる仲間が欲しかったのかもしれない。

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