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初めて食べた味


22「お邪魔します」


 時を少し遡り、食べ比べを容認するという決定が下された時。解析班にも連絡が入ったように近江とコナタにも同じ内容が伝えられた。


「連絡、見たよね」

「ああ。食べ比べはするんだろ」

「それで、これからどうするの?」


 心配そうにしている近江にコナタは緊張感の欠片もなく返答する。


「食べ比べのために頑張るしかないよな」

「そりゃあ、そうだけど……」


 あり得ないものを見ているかのような近江の目つきがひしひしと伝わってくる。コナタがその思いを察する前に彼女の方から問いかけてきた。


「食べ比べのために方針を決めるとか。しなきゃいけないことって多いと思わない? しかも、今回はジュニアゲーム大会よりも期間が短いんだよ」


 近江はコナタが食べ比べに対して準備をしているか聞いた。


 普段通りVR料理のプログラミングをしていて、食べ比べに対して特別やっていることがない。もしかしたら、このまま食べ比べがなくなる可能性に賭けているのではないかと思うほどに。あり得ない話ではない。石垣一人の発言で盛り上がったが、上層部は認めたわけではない。正直、近江も初め食べ比べは中止になるだろうと楽観的に考えていた。


 勝負自体をなかったことにし、二人の間で示談に持っていくことが無難だった。しかし、上層部は食べ比べを容認し、勝たなくてはいけない勝負が一か月後に行われてしまう。


 そんな重大な連絡が来たのに、コナタは自然体で特に変化がないのだ。しかも、近江の言葉にも動揺することはなく呑気な態度を取っている。


「ああ……」

「ああって。一か月後に解析班の人たちと競い合うんだよ。勝つ可能性は決して高くないと思う。こんなこと言える資格はないかもしれないけど。もっと真面目に取り組むべきだと思うのよ」


 近江は解析班との食べ比べはコナタが負けるかもしれないと思っていた。理由としては解析班全員が今回の勝負に参加するということからだ。前回のような数人の学生なら天才のコナタからすれば余裕があるのだろうと思えるが、解析班約100人とくれば話が違う。


 これまでゲーム制作に打ち込んできた人間の中でも解析班はそれなりの実力がないと所属できないということを近江は知っていた。筋金入りのプロ100人を相手に勝負するということはいくらコナタでも無謀に見える。


 近江は石垣やその他少数で勝負するものだと思っていたので心配していたのだ。


「そんなに焦らないで」

「焦るよ」

「いや、何をするかは考えてるし」


 そう言うと、コナタはヘッドギアを近江に差し出す。首を傾げる近江にコナタは穏やかな顔を向けた。


「今から俺の奥の手を見せる。それで今日は安心して帰ってくれ」


 コナタは近江を安心させるために自分がこの一か月で出すものを紹介しようとしていた。それがこの一か月で最初にするべきことだ。


 このまま不安がって当日を迎えるのも近江にとっては精神衛生上良くない。どんな食事も気持ちが悪ければまずいものだ。


 近江は怯えているような手つきでヘッドギアを頭にかけ、VR空間へと入る。コナタは自分が出そうといている料理の試作品を出した。


「どうぞ」

「いただきます」


 出された料理を徐に眺める近江。その料理を見ただけでは不安がなくなることはない。

 ビジュアルは綺麗ではあるが、特徴があるわけではなく惹かれるものはなかった。悪目立ちして食欲がわかないことはないが、喉から手が出るほど美味しそうに思えるものではない。


「……ん?」


 しかし、口に運ぼうとする直前にある違和感を持つ。


近江はこれまでアレルギーのせいで食事をすることが出来なかった。そして、それが我慢ならなかった理由は二つある。


 一つ目は見た目から感じる料理の魅力だ。芸術品のように盛り付けられた料理を見るとどうしても食欲がわいてしまう。生物としての本能なのか美味しいものは綺麗なものであると近江は考えるようになった。


 次に匂い。料理や食品を見分ける上で嗅覚もまた重要な役割を果たす。近江も口にできなかった料理の匂いだけは鼻腔に入り、それが彼女の食欲を刺激し数週間前までは拷問のようだった。


 そんな近江の鼻に強く訴えるものがある。それは如何にも美味しくなさそうな匂いではなく、薬品のような危険な匂いでもない。寧ろ、急いで料理を口へと運びたくなるような匂いだ。


 結局、匂いに関しては自分の本能を信じて口に運ぶ。


「……ッ⁉」


 無言で噛みしめる味は驚きと言う他ない。これまで振舞ってもらった料理の中で一番美味しいと断言できる。


「……美味しい」

「これで大丈夫だって思ってくれた?」


 自信を持っていたコナタのことも理解し、頷こうとする近江。しかし、個々でも再び合点がいかない要素が浮かび上がる。


 料理の味は美味しいで表現できる。ただそれだけ。


 近江にはこの料理をそれ以上で表現できる方法を知りえなかった。美味しいのだが、何故美味しいのかと聞かれると詳しい話が出来ないのだ。


「ねえ、山県君。これ、どんな料理なの?」

「ああ、これだよ」

「……え?」


 メニュー表を見せられた近江は思考が停止した。詳しい説明をコナタにしてもらおうと疑問の顔を向ける。


「これって。そういうイメージってこと?」

「まあ、イメージっていう言い方もできるな」

「それしかないでしょ。一体どんな材料使って作ったの?」

「ここに書いてあるものを使ったけど」

「え?」

「ん?」


 話がかみ合っていないことに気づいて、二人は相手の思考を今出ている情報で考察する。


料理を食べた時の感覚と説明から導き出せる答え。それを紐解いた近江は驚きのあまり声を上げた。


「……ちょっと待って、嘘でしょ⁉ ありえない!」

「誉め言葉として受け取っておくよ」


 自分のしていることを正しく受け取ってくれたことをコナタは察して、混乱する近江に対して冷静な態度で話している。


 近江からしたら自分の考えを否定したくなるような可笑しい発想だった。それでも、一回思いつくとそれ以外はないと心の中で納得してしまっている。そして、その可能性は近江をよりVR料理へと惹きつけた。コナタが行ったことは言わばVR料理だけではなく食事そのものの革命だ。


 これまでの先人を馬鹿にしているかのような結果。料理という概念がこれ一つで生きるためのものではなく完全に娯楽に移り変わる。


「何時からこんなこと考えていたの。どうしてこうしようと考えたの?」

「10年前からかな。それからコツコツやってここまで来た。まあ、別の料理の再現をする方が多くてこれ一品しかできていないんだけど」


 まずは近江の問いにコナタは答える。コナタがVR料理を志して最初に考えたアイデアであり、我ながら奇抜なものだと思っている。15歳の自分には頭が固くてとても浮かび上がらないだろう。


 例え考えられたとしても、馬鹿馬鹿しいとしなかったはずだ。


「VR料理の神髄は模倣だ。現実にある料理をVR空間でも食べるようにする。そうすることでアレルギーから一部の料理を食べられない人がその料理を食べる感覚を体験できる。それだけじゃない。これから未来で消えてしまう料理を残す。それだけでも十分な価値がある。けれど、模倣には大きな欠点があってね。だから、認識を改めた。VR料理はもっと奥が深いものなんじゃないかって」


 子どもの頃にしたことがきっかけで、コナタはVR料理が模倣だけでは足りないことに気づけた。その上で模倣に対する考えを改め、模倣の先にあるものを探し出した。


「それで自分なりに考えててみた山県固屶としての一品がこれ。在り来たりだけど、俺はこれをキメラ料理と呼んでいるよ。これで食べ比べの勝負に勝つ」


 近江はコナタのキメラ料理に感心すると同時に戦慄した。彼女から見てもコナタのVR料理に対する情熱と研究は常軌を逸している。オーバーテクノロジーと呼んでも差し支えない代物だ。


 まるで、コナタが未来人か異星人のように見えた。自分たちにできないことを簡単に思いついて実現する。それを自己満足の代物で終わらせず、誰が見ても驚き称賛できるものにする。


 これが一種の天才なのだろうと思う。後追いで真似ることすら一流の人間がやっとで凡人であれば見ていることしかできない。一回目の食べ比べの時と言い、近江はコナタとの決定的な才能と実力差を痛感するばかりだった。


「それで、何か直す点はない?」

「今での十分だよ」

「だったらそんな顔しないだろ。はっきりってくれよ」


 近江の自分に対する絶望をコナタは不平不安だと捉えた。彼女自身も心の内を隠したかったこともあり気になったことをコナタに指摘する。


「味は大丈夫。問題はビジュアルかな。せっかくなんだからもっと派手なものにすれば。少し地味だと思った」

「そうか。確かに味と匂いだけに意識が行き過ぎたかも。せっかくなんだからこれから見た目もよりふさわしく改良してみよう」


 前へ前へと突き進むコナタが近江ははるか遠くに思えた。目の前にいるのに、どうしてもコナタが豆粒に見えるかの距離にいるような気がする。


「今、山県君がしていることは私には理解できない話だな」


 思わず近江は内心を吐露してしまった。追い付ける気がしないコナタの理を彼女は見ているだけ。ついて行こうという気力さえ消え失せてしまうような天賦の才。


 近江のプログラマーとしての道は始まってすらいないのかもしれない。しかし、道に目を背けてしまいそうになった。


「そんなことないよ。近江だって最初は勘違いしいてたけどわかってくれたじゃないか」

「やっていることはわかるよ。でも、どうやったらそうできるか想像もつかない」


 ここまで言われると、コナタにも近江の言っていることが弱音であることに気づいた。どうしても成功している人を見ると何も成し遂げていない自分が情けなくなるものだ。


コナタだってそうだった。近江にVR料理を食べてもらうまでは自分の作ったものに自信が持てなかった。そして、何故コナタが自信を持てたかというと、


「近江を俺は信じるよ。必ず理解できるって」


 近江から肯定されたからだ。人間は弱い。余程強い人間でなければ自分のしていることに絶対的な自信が持てないものだ。だから、誰でも良い。自分の成したことを他人に褒めてもらえば自身が持てる。


「何で?」

「恐らくだけど、近江もVR料理を独学で勉強したんだろ。グルメ・ヘルスを解析したのかな」

「……待って。どうしてわかったの?」

「そうじゃなきゃ、数週間前まで食事したことがない近江はキメラ料理も美味しいで終わっていたよ」


 グルメ・ヘルスを研究していたからこそ、近江は食事の感覚を知れた。だからこそ、今まで感じたことのない味に戸惑えたのだ。確実に進歩している。


「そう。そうか。私も頑張ってちゃんと成果に出ているんだ」


ここでやっと、近江は素直に喜びの表情を浮かべたのだ。

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