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最高のリアルを求めて

「しかし、何でまた上はこんな簡単に認めたんだろうな」


 パソコンに移されたメールには今回の食べ比べを容認する旨の内容が書かれている。解析班全員がそれを見て思ったのは些細な疑問と、それを覆い隠す大きな歓喜であった。


「そんなことどうでもいいさ」


 数年間研究を禁じていたものを今になってあっさりと解禁した上層部の考えがわかりかねる。


 しかし、そんなことはどうでもいい。自分たちが見つけたものを思う存分極めることができ、競い相手と鎬を削ることが出来る。決して充実していなかったわけではないが、どこか思い悩んでいた憑き物が落ち、解析班たちのゲームに対する意欲は上がった。


「さて、となるとここから先は忙しくなるな」


 解析班たちが今日までしてきたのは方針の決定であり、それまでは仕事に注力していた。食べ比べが実際に起きた時に仕事に足を引っ張られないように。


 そして、ようやく始動する。その中で石垣は早速行動を開始した。


「それじゃ、行ってくるよ」



――



「こんにちは。先日電話した石垣というものです」


 石垣はある店の中に入り、挨拶をする。すると、待っていた店主が暖かく迎え入れてくれた。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

「ありがとうございます」


 迎え入れられたのは普段の客が来店する場所ではなく、食事を振舞うような場所ではない事務的な一室だった。石垣としては料理を振舞われることを期待していなかったわけではないので少しがっかりする。しかし、そんな資格は石垣にはない。


 ここに来たのは仕事ですらないにもかかわらず、相対している相手にとって命より大事なものを差し出せと言うのに他ならないのだから。


「話を始めましょう。電話ではあまり理解できなかったものですから、最初から詳しく教えて下さい」

「はい。今回、貴方の作り出す料理を是非ともVR料理で再現せて欲しいと思いました」


 解析班にとって、VR料理の神髄は模倣だと思っている。現実にあるものをVR空間でも目の前にあるかのように食べることが出来る。


 食事における栄養摂取という意味では全く価値のないことだが、現代では食事はそれだけに意味を見出すものではない。好きなものを食べる時の単純な幸福感は例え不健康で口にすることを禁止されていても抑えることはできないものだ。


 歴史に名の残す偉人さえも糖尿病で死を早め、江戸時代の日本人か食生活から脚気に悩まされた。


 それだけではない。世界では環境のために食事を制限する動きが生まれている。このままでは今の時代にあるような食生活を未来の人間が送ることはできない。

 それが不幸か幸福かはわからないが、VR料理は現存する料理を残すことができるのだ。


 故に、食べ比べの勝負では現実の職人の味を如何にして再現できるかで勝敗が決まる。


 目の前にいる職人も知らない人はいないような人物だった。


「VR料理ですか。すいませんが私にはそれが頭で想像できないのです」


 職人としてはこの話を聞こうと思ったのは目の前にいる石垣の熱意を感じたからだ。電話越しで話の内容はわからなかったが、職人も一流の人間だ。石垣の冷静な敬語の中に秘められた並々ならぬ意欲は見抜いていた。


 だから、話に乗ることはともかくより石垣の話を理解しようとしたのだ。


「わかりました。話をすることもできますが、実際に体験していただいた方がわかりやすいと思います。ある機械を設置させてもらっても」

「構いません」


 了解を取った石垣は持ってきたスーツケースの中からST2を取り出した。ヘッドギアは二台持ってきており、石垣と職人がVR空間に入れる。


「それはゲーム機ですね」

「はい。お気に召しませんか」

「そんなことはありません。ただ、孫に買った物で覚えていただけです」


 職人が漏らした言葉に石垣は心を緩ませる。彼が学生だった頃、日本のゲーム史において正に最悪の時代だった。ウォーネットの影響によって9000人の死者が出たことでゲーム全体が汚物のような目で見られ、悪影響ばかり誇張されるニュースがでてくる。


 一歩間違えれば、この国からゲームは姿を消していたことだってあった。しかし、ゲーム業界を解体することで生まれる大きな損失で暫くの間は持ちこたえることができ、その間に業界人やユーザーの努力によって何とか2020年代までの盛り上がりまで持ち直すことが出来た。今だってゲームを麻薬のように見る人間もいるが、一般的な認識は職人のような反応なのだ。


 かつて、ゲームが原因で集団から孤立したこともある石垣からすれば喜ばしいことだ。


 VR空間に入った二人は席に座る。石垣が操作することによって職人の目の前にハンバーグが出された。今回出したのはコナタが作ったグルメ・へルスの一品だ。


 解析班はグルメ・ヘルスを基にこれから食べ比べの料理を作っていくことにした。卑怯ではあるが、ウォーネットの料理を解析するよりもグルメ・ヘルスを解析した方が時間の短縮になる。加えて、グルメ・ヘルスの方がVR料理としての質は高い。蘇雲の技術を独学で発展させたコナタの能力は認めるしかなかった。


「それでは私たちのVR料理を召し上がってください」

「わかりました」


 職人は目の前に出された料理を見て、石垣が自分に対して協力してほしかったことが明確に理解できた。


「いただきます」


 職人は料理と一緒に出現したフォークとナイフで一口サイズにして口の中に入れる。しっかりと味わって一滴の肉汁にまで意識を向けた後、全てを飲み込んだ。


 顔は険しく、満足していないと言いたげだった。


「お口に合いませんでしたか」


 石垣は不安が積もり、自分から職人に聞いてしまう。すると、職人は顔を向けてきた。


「いえいえ。味としては美味しいですよ」

「それでは、他に何か」

「貴方方のしようとしていることはわかりました。それで、この店の味を貴方はどれくらいで再現しようというのですか」

「一か月です」


 石垣は職人の質問に答えたが、それが彼の決断における大きな発言となった。


「石垣さん、貴方は私がこの店を任されるまで何年かかったか想像できますか?」


 職人の見た目は大体50代前後。石垣はそこから無難な推測を立てる。


「10年ほどでしょうか?」

「21年です。この味にたどり着くために、私はただこれだけに情熱を傾け、維持してきました」


 職人の話から石垣はこれからの顛末を悟った。目を少し開き、これから言われるであろう結果が起こってしまった原因を考える。


「それで辿り着いた味を貴方方は本当に1か月で再現できるのでしょうか。私にはとてもそう思えない。ある程度真似ることはできるでしょう。しかし、それで真似事であって本物ではない。本物を超えることもできない」

「はい」

「頑固にも思えるでしょうが、私だって料理人としての誇りがある。時間だけが全てではないが、もう少し時間をかけてやってほしいものです。私だけではなく他の方も同じように思う人はいるはずだ」

「はい」

「残念ですが、今回はお断りさせていただきます。別の機会があったらまた声をかけてください。その時には改めて考えさせていただきます」

「……はい」


 石垣は店を出て空を見上げた。

 ここで一つ目の失敗。VR料理で再現するのは職人からすれば実現性が薄い話であることに気づかなかった。


 そして、二つ目。

 職人の料理を完全に再現できると石垣たちは思いあがっていた。確かに、そのジャンルの料理ならできるだろう。味も決して悪くはない。しかし、一流の技を再現することになると細かな調整が必要だ。その調整をするために職人は数十年かける。その数十年にどうやって一か月で追いつくか説得力のある証拠を持って来られなかった。


「また、皆と一緒に話し合いだな」


 しかし、石垣は反省するが後悔はしない。ゲーム製作において失敗はつきものだ。一回の失敗で挫折するようではやっていけないし、自分と同じ志を持つ解析班の皆に出す顔がない。


 コナタと競うことになる食べ比べで終わる関係ではいけない。

 協力するのなら長い関係を築くべきだ。一時ではなく、数年単位で弟子として一緒にやっていくような。そして、自分たちの成果で職人たちに納得してもらわなければいけない。


 今回、石垣が出した料理は職人が作る者とは違うものだった。無意識に出したつもりだったが、出す料理を選ぶ時に何となく職人と同じ料理は避けてしまった。石垣は一流には及ばないものだろうと厳しい評価が下されるのが怖かったのだ。だから、離れた料理を出すことでVR料理の存在だけを知ってもらおうとした。


 再現したいと言いつつ、その手の料理を出さないのはある意味馬鹿にしていると捉えられてもおかしくはない。これからは逃げずに職人の評価から向き合わなければいけない。


 石垣が得られたものは数多くあったのだ。


 すると、石垣のスマホに着信があった。

 相手は解析班の羽黒からだ。断られたことを後ろめたく思いながら電話をとる。


「もしもし」

「もしもし。どうだった?」

「ダメだったよ。一か月で再現できないと思うってさ」

「随分と怒られたか?」


 思い込みをしている羽黒に石垣は笑って返す。


「そんなことなかったよ。考えすぎだって」

「それは良かったな。お前は」


 含みのある言い方を石垣は無視することはできない。何があったのか羽黒に事の顛末を聞いてみた。


「何かあったのか」

「ああ。小西が訪問した店じゃ激怒されて店払いされたらしい。一か月でうちの味を再現できるかってさ」

「災難だったな」

「小西も悪いよ。出したVR料理がその店のものと関係ないものだったんだ。それでまずはうちと同じメニューの料理を作れと言われたらしい。元々そのメニューがあったらしくて出そうとしたら更に怒られたとさ。まずいから隠してたんじゃないかって」

「ははは」


 自分と全く同じ行動をしていた小西に同情するとともに、一歩間違えば自分もそうなっていたことに背筋が凍る。


 食べ比べにおける料理の準備は前途多難だ。全てが順調で終わるとは思っていなかったが改めて気を引き締めた。



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