先輩の意地
「……お前、マジでやりやがったのかよ」
石垣が解析班の同僚、羽黒に食べ比べのことを話した後の第一声である。
感心したというよりは驚きと呆れが入り混じった声色であった。単刀直入に言えばドン引きしていたのである。
当然だ。
いくら自分たちが先に見つけたものかもしれないとはいえ、若い天才の作品に真っ向から泥を塗ろうとしているのである。
「すまん。すごく後悔している」
石垣も自分のしたことは失敗だったと考えていた。あの時の自分を止められるのであれば、誰よりも自分が止めたい。
「だったら何でやっちまったんだよ?」
「……いや、俺たちがVR料理を見つけた時を思い出すとさ。言わなきゃ収まらなかったんだ」
もう一人の同僚、小西も石垣に暴挙の理由を問いかけた。
石垣たちがVR料理を見つけたのは1年前のことだった。9000人の死者を出したゲームであるウォーネット。発売した当初はそのシステムは製作者である蘇雲六三しか知らず、一流と呼ばれる多くのプログラマーが協力しても解析できなかった。
世間ではそれを無能と蔑み、怒りの対象として解析に携わったプログラマーが殺されてしまったこともある。現在の解析班において最初に集められたメンバーはいない。石垣たちは途中から参加した人間だった。
石垣たちが参加した時期には随分と解析班への差別は軟化していた。というのも、ウォーネットから帰ってきたプレイヤーに差別の矛先が向かれたためである。
悪くない環境で石垣たちが求めたのはゲーム界の発展だった。ウォーネットの影響で日本のゲーム業界の技術は10年遅れを取ったと言われていた。
同時にウォーネットの技術は10年時代を先取りしていたとも言われている。ウォーネットを解析すれば日本のゲーム業界が復活する可能性は十分にあった。
実際に今のゲーム業界は石垣たちの考えた通りの結果になる。自分たちが解析した情報を基に作られたゲームは世界的に高評価を得て日本のゲーム業界を復興させた。
しかし、ただ一つ。VR料理だけは上からの命令で発見した直後に詳細な調査を打ち切られた。
命令を聞いて石垣たちはどれほど絶望したことか。VR料理だけは他のゲームシステムとは違い独自のプログラミングが成されている。ウォーネットにあるどのプログラミングとも毛色が違うのだ。つまり、蘇雲六三がそれほどまでに情熱をかけたものだということがわかる。
ゲームの主役にはならなくても、その可能性は解析班の全員にどれほどの希望を与えただろうか。それを理不尽に取り上げられたのだ。それから、味覚開発部門ができたが解析班は正直馬鹿にしていた。
完成形を見てしまうと、あの体たらくは我慢ならなかった。ヴイスの仲間として恥ずかしかったこと覚えている。
そんな時、山県固屶という少年がVRで料理を作ったという話を聞いた。
所詮、学生が作ったものだ。石垣たちは当初見向きもしなかったが、10万ダウンロードという快挙を達成したことで興味を持つ。
自分たちが発見していた完成形と比べてどれほどのものなのか見たかった。蘇雲六三を山県固屶は超えたのか知りたくなった。
「グルメ・ヘルスを買ってした時に感じた悔しさを思うとさ、黙って見過ごせなかったんだ」
結果は最悪のものだった。
蘇雲六三が作ったものと山県固屶が作ったものは甲乙つけがたい。はっきり言って全く同じ食感と美味しさだったのだ。
最も山県固屶の方がVR料理の種類は多い。自分たちが解析しきれなかったものも含めても蘇雲六三よりも勝るだろう。
しかし、石垣たちは全く同じ料理が同じ味であることにある疑念を抱いてしまう。山県固屶は何らかの方法で蘇雲六三が成したVR料理の技術を知り、それを発展させたのではないかと。
証拠はない。それでも石垣たちは確信していた。これは紛れもなく自分たちが解析し、研究することを禁じられたものであると。
それをどことも知らない少年が世間に出した。石垣たちからしてみれば奪われたように感じたのである。
「俺も少し思ったよ。このまま黙っていてもいいんじゃないかって。どんな経緯であれ、ここまでVR料理を発展させた山県固屶の能力はすごいし、ヴイスの重役も黙認しているし……でもさ」
何もしない方が問題は起こらないのはわかっている。VR料理は一人の若い天才が作った傑作として世に出て称賛を浴びることが出来るだろう。
それでも、
「俺たちが先だろうが」
自分たちが先に見つけたのだ。その可能性を信じたのだ。後から運よく手に入れることが出来た人間に我が物顔で振舞われてしまっていいわけがない。
VR料理はウォーネットにある蘇雲六三のものなのだ。そして、隠されたそれは自分たちが探し出したのだ。理由があって全てを理解しさらに上を目指すことはできなかったが、自分たちにできないと思ったことは一度もない。
山県固屶が行った結果は解析班が世に出せたものなのだ。
「認めて欲しかったんだ。彼が成功した理由は才能とか、実力じゃない。ただの運だったって。俺たちの方がよりできるって」
解析班が本気でVR料理に取り組むことが出来たのなら今頃は山県固屶の結果何て目じゃない。よりよくVR料理は世間に知られていたはずなのだ。
「いや、そんなのもしもの話だろ」
「……え?」
しかし、羽黒は石垣を拒絶するかのような言葉を投げかける。
自分と同じように思っているはずだと思っていたので、石垣は口を半開きにして静止してしまった。
「俺たちは生活のために上に従った。惜しいとは思ったけど、全力で取り組もうとは思ってなかっただろ。別にVR料理を再現しなくても解析班の功績は十二分にあったからな」
「……」
石垣はVR料理の解析を止められた瞬間を思い出す。
確かに悔しかった。重役はおかしいと同僚たちで少し話題になった。けれど、それだけだ。
誰かがVR料理を解析させてほしいと重役に直訴したこともなければ、暫く経てば話すことはなくなった。素晴らしいと評価できるVR料理があったが喉から手が出るほど欲しかったものではない。
では、どうして今になってここまでVR料理に執着を持ってしまったのか
理由は誰が見ても明らかだった。
「お前さ。山県固屶が成功して嫉妬しただけだろ」
「……ッ」
口の中で歯が砕けてしまいそうなくらい強く噛みしめる。
言い方は極端だったが、的は得ている図星だった。結局は自分たち見つけて拾い上げなかったものを洗練させ、天才と呼ばれるまでに至ったコナタが羨ましい。だから、嫌味を言いたくなった。
コナタが世に出したものなんかとっくの昔に作られていて、自分たちだって知っている物だと。そんなものは素晴らしくないものなのだ。自分たちが命令で簡単に捨ててしまうものである。
それでも、本当はわかっている。
コナタはVR料理を発展させたのは間違いない功績で、誰よりもその可能性を信じて実った成功なのだと。どうやってVR料理の存在を知ったかはわからないが、蘇雲六三が目指した完成形にしたのはコナタである。
「そう、だな」
自分がしなかったことで子どもが成功したら揚げ足をとる。大人として何て情けないのだろう。食べ比べの勝負すら投げだしたくなった。
「俺は醜いな」
「ああ、本当に厄介ごとに巻き込んでくれたよ」
「考えても仕方がない。仕事の合間を縫ってやるんだろ。帰ったら計画でも立てようぜ。オンラインミーティングでもするか」
「……え」
しかし、あれだけ石垣を批判した羽黒や小西がとった行動は石垣への協力だった。こんなことをしたのだから縁を切ると言ってもおかしくないのに、どうして二人は戦う意思を持っているのだろうか。
それだけではない。
部屋にいる解析班の約百人が同じように食べ比べについて前向きな姿勢を見せている。石垣には意味が分からなかった。
「何で?」
「何でって。お前と同じだからだろ」
「俺たちだって何も思わなかったわけじゃない。でも、大人だから黙るしかなかった。子どもに本気で嫉妬するのは格好悪いし」
「でも、お前が山県固屶に言ってくれて開き直れたよ。ありがとな」
解析班は、ヴイスにいるプログラマーは元来負けず嫌いだった。一流と呼ばれる人間は皆そうだ。誰かが成功すればそれを超える結果でどうしても打ち負かしたくなってしまう。
醜くて、無様でいい。そんな感情を糧にして仕事に打ち込み、数多の傑作は出てきた。
今回だって負けてやるものか。
「まあ、今度も重役に言われて止められるかもしれないけどさ」
「それでも、山県固屶は勝負してくるさ。元々、勝負を提案してきたのはあいつだ。どんな形でも戦いたいに決まっている。逃がさない」
煽ったのは石垣だった。それでコナタが何も言わずに黙っていれば解析班も動くことはない。大人の対応をして、耳も貸さない姿勢を取るのであればどうすることもできなかったのだ。
しかし、そこは子どもだ。馬鹿にされて黙っていられるほど精神が成熟していない。一時の恥をさらして実を取ることがどうしてもできなかったのだ。
勝負にした時点で石垣は勝っていた。そして、実際の食べ比べにも解析班は勝利する。
「これからは休みなしだな。しかも実質サービス残業。仕事熱心だね、俺らはさ」
「結果を出すためだ仕方ない」
「好きで選んだ仕事だ。意外と苦にならないさ」
「……原因が言うとむかつくな」
「同感だ」
「おいおい」
それから数日して、解析班にVR料理の研究が解禁される。彼らの全員がこの連絡を開戦だと理解した。自分たちが探し出したものをより良いものにするための機会を手に入れ、世間に先に出した天才を打ち負かすのである。
負けるかもしれないという不安は誰も持っていない。




