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VR料理は俺のものである

 コナタからすればVR料理は自分のものであると決まり切っていた。しかし、石垣たちは違い、自分たちの発見したものだと、もっと言えば蘇雲六三が作ったものだと思っている。


 前回の旧味覚開発部門とは違う。あちらはただの盗人だったが、目の前にいる解析班の一員はただの勘違いだ。自分たちが正しいと思っているからコナタと敵対しているのであって、何か理由があれば納得するだろう。


 納得する理由として単純な実力勝負が良いだろうとコナタは考えた。


「石垣さんおしゃっていましたよね。解析班の代表で自分はここにいると」

「はい、そうです」

「なら、他の解析班の方も不満を持っている人たちがいるはずだ。その方たちと協力して一か月後に食べ比べをする。審査員は……近江さんにしてもらいましょう」

「ちょっと待ってくれ、山県君」


 提案を制止したのは松坂だった。勝手な決定をディレクターである彼は静観するわけにはいかない。


「すまないが、それは身勝手というものだ。ここは事実確認をしっかりして決着をつけようじゃないか」

「私はそれでも構わないんですが、石垣さんたちが納得しない終わり方になりますよ」


 コナタは決してVR料理がヴイス側のものであると主張することはないと思っていた。このままVR料理はコナタのものであると認めるつもりであると推測できる。そうなると、石垣たちを口止めして、このままVR料理は発展していくはずだ。


 そして、口止めされた石垣たちはどんな行動をとって来るだろう。大人しくしていれば良いが、誰かが不満を爆発させて誰かにでも漏らしてしまったのなら。暴かれたくもない真実が表沙汰になり、全員が不幸になる。


 だから、圧倒的な実力差で黙らせる。コナタには奥の手があり、例え解析班が同じ境地にたどり着いていても負けないと確信していた。こっちは10年も研鑽を積んでいるのだから。


「私は別に自分の正当性を証明したいわけじゃない。そんなものとっくの昔に持っていますからね。ただ、石垣さんたちに納得してほしいんです。VR料理を発展させることができるのはこの山県固屶以外にいないとね。それに事実確認をするということで時間もかかるでしょう。有効に活用しなきゃ」


 石垣たちには自分たちが出せば良かったという後悔がある。だから、成功者になっているコナタが許せないのだ。そんな嫉妬はこの食べ比べで四散させて見せる。自分たちではこの領域に足を踏み入れることが出来ないとわからせるのだ。


「いいでしょう。受けて立ちます」

「石垣さん」

「しかし、私的な勝負にしましょう。態々公的な場所を用意するのではなく、身内の争いで解決する。安心してください。私たちが負ければ以降はこの話題は一切持ち出さないことを約束します。私たちは仕事もしつつ、その合間を縫って勝負の準備をする。貴方は一人なのだからそれくらいで公平でしょう。松坂さんもそれでいいでしょう」


 石垣は乗り気のようで、条件を増やした。コナタも反論はなく許諾する。


「いいでしょう」

「もう一つ。審査員は別の方にやっていただきたい。今のままでは贔屓されたと疑う原因になる」

「そうやって、自分たちに有利な審査員にするんじゃないでしょうね」


 審査員の変更に近江が異を唱えた。ここまで敵対的な姿勢を見せてきたのだから信用できないのは理解できるが、だからと言って自分が一方的にコナタを勝たせようとすると思われているのが嫌だったのだ。


「私だってヴイスの重役の娘です。中立的な視点で判断すると誓えます」

「信じられませんね」

「貴方だって――」

「なら、審査員は私がしよう」


 近江が反論する前に、松坂が審査員に立候補した。


 コナタと石垣を交互に見て、不満はないかを確認しながらこれまでに双方が納得したルールをまとめる。


「食べ比べは一か月後にし、それまでに石垣たちと山県君は準備をする。場所は話していなかったからこの部屋にしよう。そして、山県君が勝ったら以降は絶対にこの手の話題を出さずに石垣は黙認する。石垣さんは異論ないな?」

「もちろんです」

「それでは石垣さん、これで君たちが勝ったら山県君に何を望むんだ」


 コナタからすればこれまで口にしたことで石垣たちを納得させて黙らせるのが目的であると理解できる。


 対して、石垣たちの望みは抽象的であった。コナタに自分の作ったものは解析班が発見したものだと認めればよいのか、それともその認識を事実として公表するのか。


「それは……」


 石垣も答えることに窮してしまう。

 解析班の総意としての回答も準備していなかったのだろう。食べ比べしようだなんて相手から言われるとは思いもしなかったに違いない。それを見てコナタは石垣たちに提案した。


「迷うようなら勝ってから提示しても私は構いませんよ」

「それはありがたいことですけど……」

「山県君、その手のことは争いの種になる。ここで決めておくべきだ」


 石垣と松坂はコナタの意見に頷くことはなかった。解析班も負ける気はないし、松坂も後々のアクシデントを防止したい。それが目的で審査員を買って出たこともあるのではないだろうか。


 しかし、コナタには松阪の心配は無用なことに思えた。


「ありえないことをあれこれ考える必要ありませんよ」

「ありえない?」

「私、負けませんから」


 公平であろうとした。それが松坂や石垣の大人としての配慮だった。しかし、コナタは彼らを舐めて煽ったのだ。自らが公平な勝負なんてする必要はないと言ったようなものだ。コナタとしてはこの場で勝負の内容を決めて準備に取り掛かりたかった。


 例え、相手側の尊厳を踏みにじろうとも。


「山県君、君がそこまで言うなら私は邪魔しない。本当にいいんだな」

「構いません」


 松阪の確認にも臆することなく答えたコナタ。石垣の力強い視線がコナタの目に映り、食べ比べのルールがすべて決まったと理解した。


「それでは決まったな。後、事実確認をするまでは味覚開発部門は活動を休止する。淡路と宗谷には悪いが、その間は元の部署で仕事をしてもらおう。石垣も同じだ」

「わかりました」

「了解です」

「ありがとうございます」

「今日は解散しよう。山県君たちも帰っていいよ」

「お疲れ様です」


 再び味覚開発部門との出会いは最悪の形で幕を閉じた。新しいことをしようとするとこうも上手く行かないものかとコナタも呆れてしまう。


 しかし、それは必要なのだと断言できた。意見と意見がぶつかり合い、競って進んでいく。不満がありつつも表面上は何事もないように進んでいくよりはずっと健全だ。


「山県君」


 部屋を去ろうとする前に、石垣から声をかけられた。


「何でしょうか?」

「君には負けない。私たちが勝つ」

「……フッ」


 自分が勝ったかのような台詞だった。石垣も負けることは想像できないらしい。1年前にVR料理の仕組みを解明し、理解した彼らにはコナタよりも自分が上であると自負があるのである。それでこそ勝負の甲斐があるというものだ。


 コナタは嬉しかった。自分の実力を十二分に発揮する勝負。前の落ちぶれた人間をあしらうような虚しいものではない。意地と意地のぶつかり合いであり油断は全くできない勝負。自分の全てをかけて取り組むことが出来るもの。


「一か月後、楽しみにしています」


 コナタはそう言って部屋を後にした。一歩でも早く家に帰り、自分のやろうとしていることに取り組まなければと考えたのだ。


 やる気に浸され充実しているコナタにある一言が投げかけられる。


「どうしてあんなことしたの?」


 近江はコナタに動揺を隠せず、戸惑いの瞳を向ける。

 解析班出身の石垣の勘違いを解決するにはただ事実確認をすれば良い。もしも、コナタに何の非もないのならそうするべきだった。それなのに食べ比べ何て方法で彼を納得させようとするコナタは怪しいと思うのだろう。


「逆に聞くけど、どうしてVR料理がウォーネットにあったと思う?」

「そんなのわからない。山県君は知ってるの?」

「もちろん。だけど、人には言いたくないんだよ。例え、自分が悪くなくても」


 コナタからすれば、トラウマを抉られるような話だった。そんな話を他人に話すよりも競い合う方が精神衛生上は楽だったのである。


「疑ってもいいよ。そんな態度取っているわけだし」


 例え、近江やそれ以外の人間からの信用を失っても。


 しかし、コナタが次に見た近江の顔は自分に失望したものではなかったのである。


「……疑わないよ。私は信じる」

「何でまた。俺にはその方がわからない」


 笑いながら軽口をたたくコナタだったが、近江は真面目に答えた。


「山県君は最初から変だった」

「酷いこと言うよ」

「だってそうでしょ。私が死のうとするまでVR料理なんて発明を世に出すことはなかったし。他にもVR料理を誰よりも理解しているのに私や他人から盗まれることが怖いとか。そうかと思えばVR料理に対する勝負なら乗り気だったり」


 近江の言い分は正しいとコナタは思う。確かに自分の行動を省みれば、他人からすれば一貫性がない。彼女もよくここまで自分に付き添ってくれたものだ。コナタが近江の立場にいるのなら興味心よりも怪しさが勝り離れているような気がする。

「おっしゃる通りで」


 コナタは納得した。近江にとってはコナタを不可解に思うのは当たり前なのだったと。そして、


「でも、VR料理に対しては何処までも真っすぐだった。そう見えたから。だから、私は信じる」


 他人から見てVR料理に対してコナタは並々ならぬ情熱を持っていると。その情熱が近江の信じてくれる理由になっている自分自身が誇らしかった。

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