選ばれる理由
ヴイス本社の一室に集まる社員たち。そこでは自分たちが主催したジュニアゲーム開発大会の最終審査が行われていた。
「さて、始めようか」
責任者である春岡編集長の一声で審査は始まる。
この時点で既に入選するゲームは絞られてはいる。この会議にいる審査員が手分けして提出したゲームを遊んでみた。そこで評価し、ヴイスの作品として出してよいものを選んでいる。問題はこの会議で他の審査員も納得してくれるかどうかだった。
会議の手順も決まっている。まずは絶対に入選する作品を選んで、議論が長いものは後回しにする。
そして、春岡は入選が決定した最初の作品を挙げた。
「これから作品を選んでいくわけだが、グルメ・ヘルスは入選決定で異論はないか?」
一作品目の名前が挙がったことで数秒の沈黙が流れる。しかし、春岡が入選を宣言する前に挙手があった。
「石松、意見を聞こう」
「はい。グルメ・ヘルスについてですが、正直落選した方が良いと思います」
「理由は?」
反論する審査員の一人である石松に理由を問う。石松は頷き、説明を始めた。
「その前にこのゲームについて確認も含めて説明してもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
「待って下さい。それなら、このゲームを審査した私が適任では?」
「それもそうだな。石松もそれでいいか?」
「構いません」
概要の説明ということで予選審査を担当した深瀬が立ち上がり、グルメ・ヘルスについて語った。
「今回、提出されたこのゲームがVRゲームの機能を活用したイートシミュレーションゲームとなっています。VR空間で食事をすることがこのゲームの根幹です。ゲームにおける料理の再現度はプロを含めて随一と言っても過言ではなく、他にもスマホやPC、アプリとの連動も踏まえて入選するに足る作品であると考えます」
深瀬がこのゲームを担当した時の衝撃は恐らく人生で忘れることはない。VRゲームの難点であった『VRゲームだけしかできない』欠点をBluetoothの連動接続で解決していたのは素直に感動した。
しかし、それだけでこのゲームは終わらなかった。
収録された料理は現実と寸分たがわず、まるで本当に食事をしているかのような感覚に陥る。自分たちプロがどんなに試行錯誤しても実現できなかった領域を一学生が成し遂げたのである。異様さすら感じ、戦慄したゲームは恐らく最初で最後だろう。
「しかし、何故石松さんはこのゲームを落選するべきだとお考えなのでしょうか?」
「単刀直入に言えば、物珍しさに私たちは色眼鏡になっているのではないかと思うのです」
石松の発言に深瀬は顔を顰める。その発言はまるで感動を覚えた自分を愚かだと考えているようなものだと捉えたからだ。石松も語弊があったと自分の発言を補足する。
「失礼。私はグルメ・ヘルスを貶めるつもりはないのです。私だってこのゲームの料理と別端末との連動には最大限の称賛をしたい。断言します。このゲームを製作した学生たちは天才だ。しかし――」
石松の言葉に偽りはない。
彼は候補として挙がっているゲームを全て行っている。その上でグルメ・ヘルスは最も印象に残ったゲームだった。
これまでにない発想であり、是非とも世界に発信したい欲に駆られてしまう。しかし、その奇抜性がありすぎるが故に、
「ゲーム全体のバランスとユーザーからのウケは別だと思うのです。食事何て現実で行えば良い。わざわざゲームですることはないのでは。それにゲームの仕組みも粗さが目立つ。予選も含めた提出された作品も含めてゲームという仕上がりでは下位に位置しますよ」
食事というのは石松からすれば身近すぎる題材に思えた。食べなければ人間は当然死んでしまうので行わないものなどいない。FPSやアクションゲームのように非日常を体験するものではないのだ。
そんなグルメ・ヘルスが多くのユーザーから面白いゲームだと思われることはない。
また、ゲームの仕組みも数重年前のソシャゲレベルだ。スマホで出すのであればともかく、ST2で出すのであれば力不足であると感じてしまう。
「無論、落選して終わりにするわけではありません。これを作った学生たちとは連絡を取るべきであると考えます」
素晴らしい要素はあるが、それだけでゲームは決まるわけではない。石松は学生を評価しているものの、グルメ・ヘルスというゲームを見れば落第だと考えたわけである。
「それは、少し大人げないですね」
石松が意見を言い終わると、会議の中では若年である鈴木が小言を言った。
「どういう意味ですか、鈴木さん」
「言葉通りの意味ですよ。ゲーム自体には落選の評価をしつつ、自分たちが喉から手が出る要素があるから協力してほしい。私がグルメ・ヘルスの製作者たちならふざけるなと思いますね。上から目線が過ぎるのでは?」
グルメ・ヘルスには光るものがあった。それなら素直に肯定しようというのが鈴木の考えだった。
ゲームのバランスやユーザーへのウケと言って落選にしつつ、連絡を取ろうとする石松のやり方はひねくれているように感じたのである。
「正当に評価して何が悪いんです。それに、グルメ・ヘルスでは至らなかった部分を私たちが教えることで彼らの力にもなる」
「その先達面が傲慢だと私は言っているのです」
白熱する一歩手前の議論。
両者ともグルメ・ヘルスが見せた可能性に魅了されたのは一緒だった。しかし、考え方の違いでこうも変わってしまう。
それを止めたのは同じく審査員の立田だった。
「春岡さん。鈴木さんと石松さんが話し合っているところ私の意見を皆さんにきいていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんだ。話してくれ」
全員の焦点が石松と鈴木から立田に変わる。そして、彼の思いが語られた。
「まず、グルメ・ヘルスの製作者に協力してほしいとのことでしたが、今のところは問題ないでしょう」
「どういう意味だ?」
「既に彼とは連絡を取って協力するということになっています。今回の大会は何でも拍付けで出場しているのだとか」
「……なら、落選にしても問題ないのでは? 私たちからすれば彼らの作ったものは十分に理解しています」
「もう一度言いますが今のところは大丈夫なんです。それに彼らではなく彼だ」
立田の言葉に石松は察して目を見開く、それほどまでに立田が言ったことは考えもしなかったのだから。
「偶々縁がありましてね。私はグルメ・ヘルスの製作者からVRの料理を振舞われた。美味しかったですよ。そして、彼はその技術を自分一人で作ったと言っていた。わかりますか、協力するかしないかは一つの集団ではなく一人の人間に判断されるものなんです」
集団であれば極端な意見にはならない。なったとしても一人ぐらいは協力させることが出来るだろうと立田以外の全員が思っていた。
そして、更にとんでもない情報が立田によって知らされる。
「あと昨日聞いたことになりますが、今回の大会に参加を提案したのは松岡さんだそうです」
「どうしてまた」
「盗作されないため、とのことです。……何でもうちの味覚部門が彼の技術を不正に盗もうとしたとか」
「……な⁉ それは本当なのですか!」
石松が真っ先に反応し、顔も蒼白になってしまった。その話が本当ならグルメ・ヘルスの製作者におけるヴイスの信頼は地に落ちてしまっているだろう。何故、引き留められているか不思議なくらいだ。
「ええ、昨日の夜に聞いた話ですので今日話させていただきました」
「……しかし、引き留めたいから贔屓にするというのは」
「他社に奪われて良いと。そもそも、落選するか入選するか賛否が分かれているのです。加えてここにいる全員は彼の実力は認めている。贔屓ではなく立派な判断材料として考えるべきですよ」
無難なものから話そうとしたのに何時の間にか話し合いは混迷を極めてしまう。
しかし、進んではいた。石松もそれなら入選した方が良いのではないかと感じているし、深瀬や鈴木、立田の入選する意志は固い。
後は中立に思っている審査員だったが、ここで春岡が話を締める。
「皆、様々な意見があるのはわかった。しかし、ここは私の意見を聞いてほしい。まず、何でこのゲームを入選しようとしたかは素晴らしい要素はもちろんのこと、これからはこんなゲームは発売できないと思っているからだ」
春岡の意見にそれ以外の全員が注目する。集中する視線を気にすることなく、春岡は石松に問いかけた。
「石松、もしグルメ・ヘルスの製作者が協力してくれるとして、彼の優れた点はゲームのどんなところで使われるだろうか」
「そうですね……RPGの料理アイテムとか、後は他端末の連動接続でしたら殆ど全てのゲームに活用できるかと」
「私もそう思う。しかし、例えばRPGで料理が美味しければそれはゲームとして評価されるか」
「されないでしょうね」
コナタがゲーム製作でも考察していたように、料理や他端末の連動接続は便利ではあるが主役にはなれない。どこまでも脇役の要素だった。
「だからこそ、私はこれを出したいと思っている。ゲームとしての仕組みは崩壊していないし、VR料理を軸にしたゲームを作る工夫がされている。最初にこのVRの料理を出すからこそ通用する手段だ。後に続けるのが理想だが、そうはならならないと皆が予想しているはずだ」
春岡の言っていることは正しかった。グルメ・ヘルスのVR料理を活用すれば、このようなゲーム形態では販売できない。少なくとも人気作にはほぼならないだろう。何故なら料理が主眼に置かれていないゲームでその料理を味わえるのだから。
今だけしか通用しないゲームを出さないのは全員が惜しいと思えた。
「それでは最終確認を行う。グルメ・ヘルスを入選してよいものは手を挙げてくれ」
無言で上がる全員の手。これに春岡は微笑んだ。
「決まりだな。それでは時間も押しているし次に行こう。」




