俺は何時から料理屋に
一人暮らしの高校生である山口章夫は家に帰ると、すぐさまパソコンを開いてあることを確認した。
今年開催されるジュニアゲーム製作大会。章夫と同年代である18歳以下のゲームクリエーターが製作したゲームの出来を競う大会で、上位入賞すれば大手ゲームメーカー企業ヴイスのゲームとして発売される。
そして、この大会においてゲーム製作だけが若者の役割ではない。抽選で選ばれた人間はそのゲームを体験することができ、提出した評価がそのゲームの100点満点中10点として反映される。
章夫は自分たちと同じ年代の人間がどんなゲームを作り出すのかと興味を持っていた。加えて、ただでゲームの完成品ができるのだからお得感がある。
もっとも、これらの話は抽選で選ばれたことが前提であるが、章夫にとっては不要な心配だった。
「……よし。選ばれてる」
サイトには抽選で当たった結果が出され喜ぶ。しかし、顔色はすぐさま険しいものに変わった。
「俺が体験するゲームは……ST2のゲーム。『グルメ・ヘルス』? これじゃあ当たった意味がないかもな」
抽選が当たったとしても遊べるゲームタイトルは一つ。そして、章夫が体験するゲームはタイトルから見ると面白そうには思えない。
グルメとタイトルに書かれていることから、料理や食事に関するゲームなのは理解できる。それが章夫にとっては不安要素でしかなかった。今日のゲームにおいて人気のジャンルはFPSやTPSといった銃撃戦を行うもの。他にはアクションゲームやRPGの大人気でノベルゲームも一定の人気がある。
しかしながら、料理を題材にしたゲームはかなりマイナーな部類に入る。加えてゲームにおいて有名なソフトはないと章夫は思えるほどに人気がなかった。
そもそも、食事という概念は特に味覚や嗅覚で感じるものであり、視覚や聴覚で感じるゲームとはひどく相性が悪かった。唯一、料理の見栄えを視覚で感じることが出来るが、食事の醍醐味をほとんど殺していると言っても差し支えないだろう。
落胆した章夫だったが、対応しているゲーム機をもう一度確認して考え直す。
「待てよ。ST2だからVRゲーム。つまり、食事を再現するゲームか……」
もし、『グルメ・ヘルス』が章夫の考えている通りなら、VRゲームでこれまでの端緒を補った内容になっているはずである。
つまり、本物とそん色がない料理をVR空間で食べることが出来るのだ。
「……いや、そんな訳ないか」
膨らんだ想像は貧乏くじを引いた自分への慰めだと章夫は否定した。理由は単純だ。そんなことを同年代の人間ができるのであれば、当の昔にプロのゲームクリエーターがやっているだろう。
フルダイブのVRゲームが登場して10年が経っているが、ヒットしたタイトルにおいて完全に料理を再現したものはない。ゲームでは料理系のアイテムは回復系のアイテムも兼任することがあり、出てくることも少なくないがVRゲームでは回復アイテムを包帯や傷薬にして料理を一切出さない。
少し考えれば、現実と同じような料理なんて出てくるはずがない。そもそも、VRゲームは料理以前にダメージを受けた痛みやアイテムの質感などで違和感を持つことは珍しくないのだ。
「やめよ」
捨て台詞を吐いてPCを閉じ、章夫はベッドに横になった。
こんなゲームはする価値がないと思い、少しでも早く忘れてしまおうと目を閉じる。眠りについて起きた後は今ある不快感もなくなっているだろう。
しかし、眠ろうと意識すればするほど眠りにくくなるものである。意識はなくなることなく、自分が当たったゲームのことばかり考えてしまう。
今回の大会で抽選に当たった人間は1作品のゲームしかできない。全てのゲームを体験できるようにすると、正当な評価が出来なくなるためらしい。確かに予選で提出されたゲームは数百にものぼる。それを全部最後までプレイし終わる人間はいない。そして、当選者がプレイしようと思うゲームは人気のジャンルに偏るだろう。
『グルメ・ヘルス』なんてゲームは見向きもされない。
章夫は感受性が比較的高い人間だった。せっかく作ったゲームをやらずに低評価を付けられた製作者はどんな気分だろうか。少なくとも章夫であれば良い感情を向けることはないだろう。
「まあ、少しだけはやってみるか。そうじゃないと評価も付けられないし」
興味よりは義務感で起き上がり、章夫は『グルメ・ヘルス』をプレイしようと決めた。PCに届いたデータをSTに移行してゲームを始める準備をする。
移行し終わると、章夫はこれまで見たこともないような機能に気づいた。
「……ん。スマホのBluetoothをオンにしてST2の近くに置いていただくことがおすすめです?」
コードがないイヤホンなどをスマホに接続するために使われる無線通信の一種Bluetooth。それを使って『グルメ・ヘルス』はST2とスマホを連動させると便利らしい。
仕方がなく、章夫はスマホをST2の近くに置いてみた。
今度こそゲームをする準備は終わり、章夫はどこかの誰かが作った『グルメ・ヘルス』の空間へと入っていった。
待っていたのはそれなりに高そうな飲食店の一室。
そして、机の上にある一つのタブレットだった。加えて現実であれば不自然にも思えるような空中を漂う矢印と『こちらを操作してください』という文字のマークがタブレットを指し示している。
章夫はタブレットを手に取ると、タブレットには以下のことが書いてあった。
「アプリのインストール。ある歩数計アプリと連動しているため、か」
どうやら、ゲームをするためには歩数計アプリを入手しなければいけないらしい。
ここで一つ。章夫はこのゲームにがっかりしてしまう。他のアプリやゲームと連動することは決してこれまでのゲームでもなかったわけではない。
問題はVRゲームにおいてスマホの操作をするということ。つまり、操作だけでも現実世界とVR空間を行き来しなければいけないのだ。手間もかかるし、とても面倒である。
しかし、章夫の落胆は驚愕へと変わった。
「……おい。おいおいおい⁉ ちょっと待て。Bluetoothに繋げたのってこういうことか!」
画面が変わるとタブレットがホーム画面になる。そこには章夫が見慣れた自分のスマホのホーム画面が現れていた。
違うところは、そのホーム画面にグルメ・ヘルスのアプリもあったこととアプリをインストールする手順を誘導していることであった。しかも、設定のよってタブレットは大きさを変えることが出来た。最小でスマホサイズ。最大でやや大きめのタブレットサイズになる。
スマホと連動することによって、VR空間から出る手間を省く。操作の手順に関しても丁寧に教えてくれる。
更に、章夫にとって嬉しいことはもう一つ。
「マジかよ。スマホが仮想空間で遠隔利用できるのか。動画サイトも閲覧できるし、よく見ればパソコンも連動可能なのか」
アプリを入れ終わり、章夫はあることを確認する。
VRゲームの不便な点を挙げるとして必ず出てくるのが、ゲーム以外のことが併用してできないということである。VR空間に入ってしまうので、現実のようにゲームをしながら調べ物や音楽を聴く、動画を見ると言ったマルチタスクができない。
攻略サイトを見ながらゲームをプレイするということもできなかったため、VRゲームは今一つゲームとして遊び辛かった。
ところが、グルメ・ヘルスはスマホを連動させ、VR空間でも現実にあるスマホやPCを持ち込んでいるかのように遠隔操作ができるのだ。
この時点で、章夫は脱帽ものである。ユーザーのしてほしい所を考えてくれていて、好感が持てる。
自然とゲームの内容にも期待を持ってしまっていた。
「ゲームの内容は……やっぱり料理を出すのか。料理はガチャで選ばれて、一回当たったものはそれ以降何回も体験できる。ガチャをできるアイテムはログインボーナスとさっき入手したアプリで計算された歩数でもらえる」
ゲームの仕組みは平凡だ。VR空間で出てくる料理を食べるために現実で歩くか、毎日ゲームを遊べばよい。
そうすればガチャアイテムが入手出来て、ガチャができる。
「それじゃ、早速やってみますか」
章夫はガチャを回して料理を当てる。記念するべき一品目は、
「カレイの煮付けか。ご飯と味噌汁付き」
特段、章夫が好きな料理ではない。
しかしながら、鼻を刺激する美味しそうな匂いが食欲を掻き立てた。
ガチャが成立するためにはその景品がガチャを回すだけの価値があることが大前提だ。この味によってグルメ・ヘルスの評価は決まる。
そして、味の評価は最初から決まっていた。
「……美味いな。本当に何なんだよ、これ」
カレイの煮付けを口に入れて感じたのは数か月前までの懐かしさだった。一人暮らしでは自分で食事のメニューを決めるので、料理をする手間や好みで食べるものが偏りやすい。
章夫もその法則に当てはまる一人だった。自炊するとしても手間のかかる揚げ物はせず、フライパンで作れる料理が大半を占める。また、揚げ物が恋しい時は店で買えばよかった。
問題は自分が好きでもなく嫌いでもないので食べることがなくなった料理。それを久しぶりに食べて郷愁に浸ってしまった。
毎日食べたいとは思わない。それでも、偶にはこんな料理も食べてみたい。レシピを調べる手間を考えると実際に調べることはなかったのだが。
そんな細やかな願望をグルメ・ヘルスは叶えてくれた。
章夫は完食し終わると、タブレットに書かれているグルメ・ヘルスのメニュー欄に視線が動いてしまう。
まだ、一品目であり、他にも様々な料理がこのゲームには秘められている。それはどんな味なのだろうか。
「……ちょっと歩いてくるか」
我慢できなかった章夫は立ち上がって、外へと出ようとする。本来、歩数計でガチャアイテムを入手できるのは製作者の親切心なのだろう。普段している行動である『歩く』をアイテム入手の条件にすることでストレスフリーにしようとした。
しかし、章夫は今一つでも多くのVR料理を食べてみたかったのだ。
「あ、忘れてた」
外に出る前、章夫はグルメ・ヘルスの評価を押す。
自分の中にある興奮は満点をつけることで表したのだった。




