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新しい一歩

 勝負はコナタの勝ちで終わった。そして、現味覚開発部門スタッフたちの人生も。


 同情はしない。コナタにとっては自分が丹精込めて作ったものをかすめ取ろうとして自分たちの手柄にしようとした極悪人だ。


 そんなことよりも、


「近江さん、俺のために怒ってくれてありがとう」

「あ、うん」

「見せるだけでごめん。君にも出すね」


 近江に松阪へ出した料理を是非とも食べてもらいたかった。

 目の前に新しいものを出して、彼女は手を合わせて挨拶をする。


「いただきます」


 食べた近江の顔は笑顔になった。しかし、コナタは心配してしまう。


 どこか切なさを思わせる微笑みで、不満がありそうなものだったからだ。


「近江さん、何かいけなかったかな?」

「ううん、とっても美味しいよ。だけど……」

「だけど?」


 続く一言にコナタが改善できる余地がある。聞き落とすことなく真剣な目つきで近江を見た。


「本当に遥か遠い所にある味」

「……それはどういう意味かな?」

「褒めてるんだよ。私たちじゃ、追い付くのが難しいなって。私は幸せ者だと思う。食べれないから死のうと思ったのに、追い求めたものが目の前に来たんだもの。でも、私じゃ再現できないし、新しいものも作れない。きっと、山県くんしか作れない味だよ」


 称賛されているはずなのに、言葉に棘がある。何が不満なのだろうと、コナタは知りたかった。


「悪い所があるのなら教えてくれ。改善できることがあるならすぐに取り掛かるよ」

「ないよ。うん、ない。だから、さっきのは忘れて」


 無意識の不満というものもあり、それは言語化できないものである。コナタも近江が言えないのであれば責められない。

 しかし、欠点は確かにあるのだ。慢心せず、日々精進する必要があると思った。


「さて、話の途中すまないが、ビジネスの話をしたい。現実に戻って良いかな」

「大丈夫です。話は終わりましたから」

「近江さんがそう言うなら、私も構いません」


 VR空間を出て、ヴイスの一室の席に座る。松坂は味覚各初部門のスタッフたちを帰らせた。

 項垂れた背中は負け犬の後ろ姿というしかなく、見ていて良いものではないため目をそらす。


 ただ、松坂はスタッフたちを悲しそうな目で最後まで見ていた。


「さて、君の卓越した技術は見せてもらったよ」

「ありがとうございます」

「今すぐにでも君を主軸にしたチームの再結成をし、このVR料理を世界に広めようじゃないか。ただ、チームを募集するのにも時間がかかる。大体数か月といったところだな。その間にやってほしいことがあるんだ」

「それは?」

「これだ」


 松阪から一枚の紙を渡され、課題が明らかになる。

 『ジュニアゲーム開発大会』


 そう書かれた紙には、18歳以下でゲーム制作を競う大会の概要が書かれていた。参加はギリギリできる期間で二か月後にあるらしい。本来なら一年かけて取り組むべき課題だろう。


「つまり、功績を立てて欲しいと?」

「その方が下に就く人間も納得しやすい。大本は私の不行き届きだったが、あんな輩も出てこない予防にもなるだろう。心配することはない。君の作ったものは異質だ。優勝はせずとも好成績だけでも十分知れ渡るだろう」

「そうだと良いのですが」


 ゲーム制作ということに関してコナタは素人だ。ゲームの面白さという点ではどうやっても強豪に見劣りする。

 それを補って余りあるのがVR料理だ。これをうまく活用することで、上位に入賞する可能性はあるだろう。


 そして、これまでとは違うゲームであってゲームならざるものを民衆は知る。ゲーム大会において上位入賞した10タイトルはヴイスの名において発売されるのである。


 コナタは何故か武者震いで気持ちが高揚していた。

 自分の作ったものを独占したいためだけに隠してきた人間が世に知れ渡ることをこうまで喜べるのかはわからない。


「気持ちは前向きのようだな?」

「不思議ながら。何ででしょうか?」

「それは自信がついたからではないか。自分は誰にも負けないと思っている」


 確かに、コナタはこれまでのようにVR料理が自分以外のものに奪われるという恐怖はなくなった。


 たった今、誰かによって自分の技術は盗まれようとした。それをコナタは見事に撃退できたのだ。自分しか活用できないと証明して見せた。彼らだってヴイスの職員。それに勝ることで幾ばくかの自分を信じられるようになったのだ。


「しかし、次はそういきません。次に戦う相手はゲームとして戦わなければいけない。VR料理ではありません」

「よく言えたものだ。私からすれば相手側の方が可哀そうで仕方ない」

「だったら、私を参加させない方が良かったでしょうに」

「……そう言えばそうだ」


 松阪の台詞で、コナタと彼は顔を合わせて笑ってしまった。改めて考えれば、真面目に出場しようとしている参加者に向けてコナタを参加させることは荒らし行為に近い。


 優勝を狙う参加者が出してくるのはギミックに優れたFPSかストーリーは秀逸なアクション、もしくはRPGゲームといったところだ。そこにVR料理といった異物を突っ込むのである。


 しかも、ネタとしてならともかく、料理自体のクオリティはヴイスの開発職員が認めている。


 一波乱ありそうな大会だ。


「どうします? 参加しない方が良いと思いますが」

「いやしよう。その方が面白い」

「わかりました。酷い人だ」

「自分でもそう思う。では、健闘を祈る。今日はここまでだ。帰っていいよ」

「それでは、次の機会に」

「よろしくお願いします」


 コナタと近江は部屋を出ていき、颯爽と帰っていった。


 騒がしい一日であり、気づけば夜になっていたが疲れてはいない。


「大変なことになったね」

「ああ。すぐにでもゲームを作り上げなくちゃ」

「このまま出してもいいんじゃない」

「いいや。改善する点は大いにあるよ。因みにさ、近江さんってゲームとかよくする方ってことでいいよね?」

「父がその関係の仕事だから、その影響かな」

「なら、アドバイス頼む」

「……うん!」


 時間はあまりにも少ないが、コナタは恐れてはいなかった。今の情熱さえあればどんなものでも成し遂げられるような気がした。


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