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卑怯の一品。本物の数品

松阪はコナタたちを空いている部屋に数十分待たせる。近江はその間に失っていた明るさを取り戻していった。


 コナタはそんな近江を見て安心すると共に、松阪から渡された名刺をじっくりと眺める。


 ゲームというものに関してそれなりに見識のあるコナタだ。名前を見てみるとどこかで見たような気がしてならない。あまりゲームの開発スタッフに興味のないコナタですらそう感じるのだから、業界ではそれなりの人物だろう。


「ねえ、近江さん」

「何?」

「松阪さんって名前どこかで聞いた覚えはない?」


 もしかしたら、近江が知っているかもしれないと彼女に声をかける。


「名前自体は珍しくないよね。アニメとかでもいるし」

「そうじゃなくて」

「ああ、ゲームでってことか。正直、私は知らない。でも、会ったことはあると思う。私、幼稚園ぐらいの時は両親に連れられてヴイスのイベントとかに来たことはあるの。そこで会ったんじゃないかな。あの人、私が名乗ったら表情が変わったでしょ。多分、昔の私を思い出したんだよ」


 近江の話を考えると大体10年前。松阪はその時点で地位がある役職だったのだ。そして今も現役で働いている。


 そして、今回の件に口出しできるということは、味覚開発部門ともそれなりに縁がある人間なのだ。松阪が動いたことでコナタの今後の方針が変わることもあり得る。ヴイスに協力しようと思えるかもしれない。


「すまない。待たせたね」

「こちらこそ。忙しい中時間を割いていただきありがとうございます」

「仁志さんの紹介だからね。台無しにはできないよ。と言っても、今の時点で手遅れかもしれないが」


 松阪と近江の視線がコナタに集中する。

 二人からしてみれば、この場で一番気分を害されている人間はコナタということらしい。


 スタッフたちに失望を覚えたのは確かだが、怒っているという感情とは違いコナタは冷静だ。


 二人に気にされているという方が居心地を悪く感じる。


「私は全然怒っていませんよ。だから、そんなに不安がらないでください」

「そう言ってくれるとありがたいよ。それでは一緒に来てくれ」


 松阪の指示で二人はついて行き、数時間前に出て行った部屋に戻ってきた。

 

 部屋の中には厳しい顔のスタッフが座っている。彼らの態度からは松阪の地位と陥っている事態の深刻さが計り知れた。松阪の判断によっては会社でやっていけないだろう。


「さて、話を聞いているよ。君たち味覚開発部門の進捗は山県君より劣っているらしいじゃないか」

「それは」

「違うのかね?」

「……」


 問い詰められて黙り込んでしまうスタッフの一人。肯定したと判断し、松阪からスタッフへの処断が言い渡されるかと思えた。


「はい。私たちの作ったものはそこにいる少年のものよりも優れています」


 しかし、スタッフの一人が自信満々に反論して見せる。


「嘘をつくな!」


 反論に一番大きな反応を見せたのは近江だった。

 あそこまで無残な姿を見せた後でハッタリを言われれば怒りたくもなる。対して、コナタは彼らが嘘を言いきった理由を考えていた。


 ここで嘘を言ったとしても、松阪が二つの出来を見比べてみようと言えば良い話。それで彼らは簡単に看破される。


 朝来てから今に至るまでの時間をコナタは振り返ってみた。スタッフたちから自分たちの作ったものの説明をされて、コナタのVR料理も紹介した。最初の態度から彼らはコナタたちから見てお世辞にも親切なものだとは言えなかった。


 自分たちよりも優れているとはいえ、こんな態度を普通はとらない。何か特別な理由があったのではないか。


――そう言えば、俺が紹介する直前まで何か操作してなかったか


 待っていれば良いはずなのに、スタッフたちはST1を操作していた。その時は何も不自然に思わなかったが、彼らの今の態度を見るとどんな操作をしていたのか。


――まさか、そういうことなのか


 一つだけ仮説をコナタは考えることが出来た。

 仮説が正しければスタッフたちが反論できる理由はわかるし、これまでの失礼な態度も一応納得できる。彼らを懲らしめるにはどうすれば良いか。


 少しでも予想外のことが起きればコナタ側が不名誉を被ることになるだろう。そんな勝負をするべきなのか。


――するべきだな。こいつらは俺からVR料理を奪うつもりだ。それなら容赦はしない


「嘘ではありませんが」

「まあまあ、そこまで言うのだ。だったら、食べ比べてみようじゃないか」


 火蓋は切られた。

 随分とスタッフたちは余裕のようだが、それも一時のものとは知らず。


 VR空間に入り、スタッフたちが最初に松阪へ料理を提供する。


「さあ、此方になります」

「よし、食べてみよう」


 出された一皿でコナタは自分の仮説が正しかったことを確信した。


 松阪は食べたステーキを見開き驚愕する。


「こ、これは。素晴らしい! ステーキの触感や味が完全に再現されている。味覚開発部門はここまでのものを作っていたとは」

「ありがとうございます」


 再現されていて当然だ。あれはコナタが作ったものなのだから。

 コナタがVR料理を紹介するまでにスタッフたちがしていたのはVR料理をコピーするための操作だった。


 そして、今回の勝負でコピーした料理を出す。先行を取ればコピーしたことは有耶無耶にできるだろう。理想はコナタが盗作したとして追い出すこと。そして、できなかったとしても後日改めて勝負するように取り付けること。


 そうすればコピーから十分に解析できるのだから。


「さて、次は君の番ですね」


 悪い笑みを浮かべて、肩を叩くスタッフの一人。


 言わば勝利の余韻に浸った行動だったのだろう。

 その手をコナタは強く握りしめた。


「お前ら、覚悟しろよ」


 負け惜しみに聞こえたのか、スタッフは声を荒げて笑うのを我慢するのに必死だった。


 コナタからすれば宣戦布告だ。スタッフたちは自分の作ったものを小汚い方法で奪おうとしたのだ。許されることではなく、容赦はいらない。


「どうぞ、召し上がってください」

「ああ、いただこう」


 松阪に出したのはステーキだ。しかし、スタッフたちに紹介したビーフステーキではない。

 近江にも紹介していないチキンステーキだった。彼女に紹介していなかった理由は一つ。この料理は真の意味で完成品ではなかった。コナタは完全に再現できている自信はあるが、他人に食べてもらったことはない。故に主観的な判断になり完ぺきではない。


 しかし、スタッフにここまで馬鹿にされたのだ。格の違いを見せつけてやりたかった。


 松阪は口に入れて、味を吟味する。感想を聞くまでコナタは心配することはなかった。


「……美味しい! 鶏肉を使ったステーキのようだが、これなら毎日食べれるぞ。うちのスタッフのものと甲乙つけがたい」

「ありがとうございます」

「しかし、ここまでどちらも素晴らしいと判断に迷うな。どうすれば良いだろうか」

 

 勝負は引き分け。ここまではスタッフたち予定通りだ。最高の終わりとはいかなかったものの安心しきっている。


 ここで終わらせるわけがなかった。


「それではどうでしょう。延長戦をしませんか」

「延長戦?」

「はい。他にも作った品はありますので是非とも召し上がってはくれませんか」

「おお、それはいいじゃないか。君たちもどうだね?」


 松阪は明るくスタッフたちに問いかける。

 しかし、彼らが松阪と同じような反応で返すことはなかった。


「申し訳ありませんが、私たちで完成したのはこれだけで。後は出せるほど良いものでは」

「そうか。まあ、いいじゃないか。その試作品も食べてみよう」

「そうですよ。それでは、今度はこっちから先に出しましょう」


 スタッフたちがたじろいでいる中、コナタは料理を出した。


「ほほう、肉の次はカレーか」


 この勢いを失わせないようにするには、思わず食べたくなるものを出さなければいけない。こちらもチキンステーキと同じでコナタ以外が食べたことがないが、不安はない。


 スプーンを使って松阪は出てきたカレーを美味しそうに頬張る。それだけで感想は不要だった。


「おお。これもすごい。カレーの味を実に再現している」

「こちらは中辛になります。他にも辛口、甘口もありますがどうですか」

「是非ともいただこう」


 カレーを出した理由は嫌いな人間は少ないだろうし、辛さの調節が可能なことも知らしめるためだ。

 一口サイズのカレーを出し、松阪は美味しそうにカレーを味わった。


「さて、ここまで山県君は出してくれたんだ。うちも対抗しようじゃないか」

「……」


 料理はコナタにコピーさせてもらい一品しかないスタッフたちは固まってしまう。まさしく絶望したような顔だった。

 そんな顔をするのはコナタにとってはまだ早い。


「それでは松坂さん、彼らが準備している間にもう一つ召し上がってみてください」

「まあ、いいが。またステーキか」


 別の料理が出てくることを期待していた松阪は少しテンションが下がる。コナタにとって、この料理は断頭台だった。


 ステーキを食べ終えると、松阪は一言口にする。


「ごちそうさま。しかし、なんだろうな。味は美味しいのだが先ほど食べたような気がする」

「そうですか。松坂さんに私が出すのは初めてですよ。他にはスタッフの方にも出した料理です」


 コナタの台詞を聞いて、松阪は疑念を抱いた。ゆっくりと次の料理を出せないスタッフを覗き込む。


「この少年は嘘をついている! 我々が作った料理をコピーして落ち入れようとしているんだ。松坂さん、こんな奴の話を聞いちゃ駄目だ!!」

「松坂さん。何で彼らはこれしか料理を出せないんでしょうね?」


 松阪の気分は最悪のものになった。彼は味覚開発部門の大きな進歩を称賛し成功の未来をこの数分で確信した。


 ところが、自分を驚かせたものは一人の少年によって創造されたものであり、自分と同じヴイスの社員は卑怯にもそれを我が物にしようとした。


「君たち」

「はい。何でしょう?」

「頼む。完成品でなくても構わない。あと一つだけ私に料理を出してくれ」

「……無理です」


 引導を自分で行ったのは立派だとしよう。


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