89 師匠 1
売国奴として討たれた兄のせいで騎士団から追放された令嬢騎士レイシェル。
そんな彼女の前に最強を自負する転生者にして霊能者・ノブが現れ、秘宝探索の旅へと誘う。
長い旅の末、二人は数々の仲間とともに封印の地へ到着した。
だがそこへノブの兄弟子を名乗る老魔術師・マスタージェイドが現れ、魔人と化して一行を襲う。
レイシェル達は辛くもそれを撃退した――。
クラゲ艦Cオーウォーは切り立った岩山の間を進む。
山頂より高く浮いては強風により移動に支障が出るし、遥か下は大きな急流の川。丁度良い高度を維持するためには、岸壁の間をぶつからないように上手く進まねばならない。
そしてクラゲ艦は崖の間をすいすいと泳ぐように、淀みなく進んでいた。
そのブリッジで座席の一つ――主に副長が座る場所――で、オーガーハーフエルフのエリカが機嫌良く言う。
「へへ、空の旅も随分快適になったな」
「ええ、リュウラは操艦術も得意でしたもの」
外が映るメインモニターを見ながら、エリカの言葉に相槌をうつレイシェル。
その後ろでは、メインシートに座って操縦桿を握るリュウラの姿があった。
魔人ジェイドの戦いの最中、エリカはリュウラの操縦技術をすぐ側で見た。
それが自分より遥かに上だったため、仲間入りしたリュウラに操艦を任せる事にしたのである。
褒められたリュウラはぷいと横を向く。
「騎士団でキャリアを積んだらいずれは艦長になる事も十分有り得た。その勉強をしていただけ」
そう言いつつも、横を向きつつも、クラゲ艦の動きには全く支障は出ない。
「下級兵士と怪獣つれて襲ってきたのは一体何だったんだ‥‥」
呆れるジルコニア。
むっとした顔でリュウラが妖精を睨む。
「あの時に渡されたのが怪獣だっただけ。艦を持ち出そうとしたら倉庫番に止められた。好きな物を持っていけと言ったくせに嘘つきのケチだった」
壁にもたれてそれを聞いていたオウキが「ふう」と溜息をつく。
「限度という物があって当然だと思うがな‥‥」
それが聞こえたのだろうか、ちょっと苛立ちが混ざる口調で、リュウラはノブに声をかけた。
「それよりこっちでいいの? 地図には何も載ってない」
腕組みしてメインモニターを眺めていたノブが、メガネをくいくいと弄りながら頷く。
「こっちで間違いない。師匠の住むダンジョンは流通している地図には載せない事になっているからだ。本来は所在を示した石板の欠片を大陸各地のダンジョンを巡って集めて合体させて探り当てる必要がある。無論、僕のような関係者が直接案内すれば話は別だが」
そう‥‥一行は今、ノブの師匠にしてこの世界で最も高名な魔術師、240年前に魔王を討ったパーティの一員だった男、大賢者トカマァクの住居へ向かっているのだ。
――魔人ジェイドを撃退した、その夜――
食堂を会議室代わりにし、一行は次の行き先を相談した。
「それでさ。これからどこへ行くんだ? やっぱレイシェルの家? 首都で王様に神蒼玉を渡す? スイデン国はやめてミノー国にするか?」
エリカの質問にレイシェルは考え込む。
「家を出た時、大賢者トカマァクに黄金級機を造ってもらうつもりでしたわ。あれから色々あったけど‥‥やはり、そうしようかと思いますの」
実家をとり潰されそうになったが故に、スイデン国に思う所が無いわけではない。だが原因が兄ディーンの裏切りにある以上、恨むばかりというわけにもいかない。
それに実家で謀反を起こした騎士ドーネルは言っていた。兄を倒した勇者達は魔王軍の海戦大隊長をも打倒し、神蒼玉も黄金級機の設計図も手に入れた、と。今さらもう一個、神蒼玉を手に入れた所で遅いのだ、と。
しかしあれから考えてみれば‥‥
「神蒼玉はこの世に七つしかない秘宝ですわ。首都に一個あるからといって、もう要らないとはならないでしょう。黄金級機を二機も手に入れれば、この時代の人間国家では間違いなく最強となるでしょうし‥‥」
だから、このまま首都へ持ち帰るべきなのかもしれない。レイシェルはそう思いもするのだ。
だがリュウラが疑いの目を向ける。
「その勇者がスイデン国でのさばってるかもしれない。魔王軍の大隊長を倒して黄金級機を齎したなんて、魔王軍がいる今、誰も逆らえない人になってるはず。そんな人のいる所へ神蒼玉を持ち込んだら、地位を脅かすとして宝玉だけ取り上げられて処刑されかねない」
「奴らに限ってそれはありえん」
少し離れた所に座るオウキが呟いた。
「そんな保証、誰にもできない」
リュウラはあくまで疑っているようだ。
そこへ壁に設置されたモニター越しに、ドリルライガーが口を挟む。
『やたらと疑う必要は無いと思います。が、大賢者に黄金級機を造ってもらえるならそちらへ行った方が良いのでは? 首都へ持って行っても、またその大賢者の所へ行くわけでしょう?』
言われたレイシェルは迷いながらノブを見た。
ノブはメガネをくいくい弄る。
「レイシェル殿が選べばいい。その神蒼玉はクイン家に与えられた物なのだから。そのうえで僕の勧めは、師匠の下へ持っていく事だが」
そして、レイシェルは。
「そう‥‥ですわね。大賢者トカマァクの所へ行きますわ」
少し考え、そう決めたのだ。
(この決断に、私の私怨が無いと言い切れるのかしら‥‥)
そんな悩みを一欠けら、胸の奥に抱えながら。
――そして今日。クラゲ艦はついに岩山の間を通り抜けた――
そこは岩山に囲まれ、巨大な劇場か闘技場のようになっていた。
山の間から水が流れて滝となり、今まで上を通って来た急流の源泉になっている。
その脇をノブは指さした。
「あれだ」
「大きな洞窟に見えるな」
エリカが言う通り、そこには大きな洞窟が口を開けている。
「ああ。馬車を連れて入る事ができるサイズにしてある」
ノブがそう言う所を見ると、人の手が入って改造されているのだろう。
それを眺めながらオウキも呟く。
「だが流石に艦は入らんな」
「安心してくれ。そもそもダンジョンには入らない。あれは師匠に会う資格があるかどうかの試練を兼ねた通路だからな。行くべきはここだ」
そう言ってノブは手を軽くふり、何やら呪文を唱えた。青い煌めきが宙に舞う。
そしてノブの言葉に反応し――滝を挟んで洞窟の反対側で、山肌が動き、横に滑った!
その奥には巨大な空間が広がっている。
「おお! でっかい隠し扉だな! こんなのあるのか」
感心するエリカ。
ノブは事も無げに言った。
「そうでないと僕がEムーンシャドゥで旅立てないだろう。この奥は格納庫になっている」
だが艦が動く前に、モニターの隅に小さなウインドゥが出現し、何かが映った。
それを見て、レイシェルはぎょっとする。
巨大な眼球が一つ、モニターいっぱいに映ったのだ。
通信機の向こうから、微かに残響を生じる声が届いた。
『よくぞ無事に帰りました。我が弟子ノブ』
設定解説
・本来は所在を示した石板の欠片を大陸各地のダンジョンを巡って集めて合体させて探り当てる必要がある
複数の石板を合体させる事で大賢者トカマァクのダンジョンの位置を記した地図になる。
ただあくまで情報源でしかなく、鍵でも何でもない。よって別に集めなくても訪れる事はできる。
だが弱いモンスターしかいない比較的平和な村から街道を外れ、岩山の間の入り組んだ狭い地形を延々進み、幅1マスの川をカヌーかケイオス・ウォリアーで渡る必要がある。
しかも途中から出現するワンダリングモンスターの強さが激変して十数段上がるので、それを退ける実力も必要だ。
しかし飛行手段を持っていればそれら全部クリアできるので、来れる者は意外とあっさり来れたりする。




