54 暗躍 7
売国奴として討たれた兄のせいで騎士団から追放された令嬢騎士レイシェル。
そんな彼女の前に最強を自負する転生者にして霊能者・ノブが現れ、秘宝探索の旅へと誘う。
敵の刺客となった元騎士団員達に何度も狙われながら、それを退ける二人。
道中で数々の仲間を加える二人だが、そのうち一人はレイシェルの兄の仇であった――!
暗雲の下に、煤け、ひび割れ、穴の開いた尖塔がある。戦いによって無残に砕かれた尖塔が。
尖塔だけではない。砦全体が同じような有様だ。はた目には廃墟としか見えないだろう。
これが以前はコノナ国最強と謳われたガデア魔法騎士団の砦だと、誰が信じるだろうか。
だがこの砦には、まだ住人がいるのだ。
叩きのめされた本来の住人達と、それの上に君臨する支配者達が。
支配者の頂点に立つ男は中庭にいた。
身の丈2m、普段は黄金の鎧を纏っているが今は裸にフンドシ一丁の屈強な大男。
歳の頃は三十前後か。乱れた灰色の髪と太く荒々しい眉が男の野蛮さを隠す事なく醸し出す。
凶悪な笑みを浮かべる野獣のような顔の、左目は古傷で縦に切られて潰れていた。
この男こそ魔王軍陸戦大隊長ジェネラル・ゴーズ。
ゴーズの周りは地面が熱され、溶け、波打っていた。
たゆたう地面の縁をぐるりと囲む、人より大きな鏡、鏡、鏡‥‥。
その裏で魔王軍の雑兵達が角度を調節し、太陽光をゴーズの周辺に収束させている。
地面が溶けるほどの高温である。熱気で雑兵どもは汗だくになり、眩暈を必死にこらえていた。
と、余りの暑さ‥‥いや熱さに耐えられず、オークが一匹、鏡の内側へと躓いてしまう。
絶叫。地獄の断末魔。
溶ける地面へ倒れたオークは、皮膚も肉も一瞬で焼け焦げ、革鎧と衣服が燃え上がる。火達磨となって絶命するのに一分とかからなかった。
そんな物を気にする様子もなく、ゴーズは日光浴しながら話しかける。
「そうかい。マスターナイトでも駄目だったかい」
視線は前方、斜め上。
そこには魔力の結界で熱気から身を守るマスタージェイドが浮いていた。
老人は頷く。
「奴も用済みですかな」
「ま、抵抗勢力の元同胞を毎日狩りまくってたマメな野郎だ。機体が直ったらまたザコ狩りでもやらせればいいだろう」
ゴーズはどうでも良さそうにそう言って――そして笑みを浮かべた。
「肝心なのは、レイシェルってお嬢ちゃんをとっ捕まえる事だ」
「マスターナイトで失敗した以上、もうここの騎士団員崩れは使っても仕方ないでしょう。奴が一番マシな腕でしたからな。そろそろ親衛隊を、それも選りすぐりの――」
マスタージェイドはそう言う。
だが‥‥そんな老人を、ゴーズは笑みを浮かべたまま、裏腹に鋭い目を向ける。
「親衛隊がいてもダメだったじゃねぇか。親衛隊の、お前が同行していたのによ」
マスタージェイドは黙った。
マスターナイトとともに出向き、ノブ達へ接触を図った事は、ゴーズに申し出ていない独断行為だ。
黙ってついて行き、戦いになると先に戻ってきたのだ。
それを知っているという事は‥‥ゴーズは何らかの手段で現場を見ていたか、マスタージェイドを監視しているという事か。
(乱雑に見えて、そうでもない男よな)
内心で舌打ちするマスタージェイド。
とはいえ、海戦大隊解散と同時に極秘情報をもって己を売り込んだのだ。腹に一物あると思われていても当然というもの。
それぐらいは老人はわかっていた。
だが腹でどう思おうと、マスタージェイドは顔には全く出さない。
「神蒼玉を何度も逃し、焦りが出ていましたな。情報だけ持って来て実物を手に入れ損ねては、陸戦大隊でのし上がろうとした儂の野心も潰えてしまいます故に」
ゴーズは陽気に笑った。
「だよな。お前、神蒼玉が欲しいんだろ?」
表情の変わらなかったマスタージェイドだが、そこで細い目を見開いた。
両の瞳がゴーズを睨む。
ゴーズは少々得意げだ。
「神蒼玉が手に入ったとして、どう使う? そりゃ黄金級機をもう一機造るわな。で、誰が乗る?」
ゴーズの目が鋭くなった。
「神蒼玉入手の大手柄をもって、陸戦大隊でのし上がった新大隊長、なんてのが乗るんじゃねぇのか? もともと四大隊あったんだ、また四つに戻す事に文句のある奴もいねぇだろ。あっても――最新の黄金級機があれば、力づくで黙らせるのは簡単だわな」
ゴーズの目が笑う。鋭さは変わらずに。
「ジェネラルジェイド様よ。お前が続けたくて仕方が無い、生体改造の研究‥‥大隊長ともなれば予算も使い放題だし、上の目も気にする必要はねえ。最高の環境ってわけだ」
マスタージェイドは――俯いた。
正面から視線を交わす事をやめて。
「‥‥儂の器は、儂が一番知っておりまする」
ゴーズは太陽を見上げた。
「次は俺が行く」
「!」
マスタージェイドが再び顔をあげた。驚きで。動揺で。
ゴーズはもう老人の方を見もしない。
「親衛隊が退けられたなら、その上が出るしかねぇだろ。別にお嬢ちゃんを泳がせておく意味もねぇ。俺が行き、邪魔者を全滅させ、お嬢ちゃんだけ連れて帰る。まぁ来たかったらお前も来ていいぞ。お嬢ちゃんの護衛どもが何匹もいるんだろ? 一匹でも二匹でも始末して手柄を稼げや」
「‥‥いえ、お供ならマスターナイトにやらせまする。機体の修理も、儂がやればすぐに終わりますので」
俯いたまま、顔を伏せたまま、マスタージェイドはそう言った。
ゴーズは満足げに頷く。
「俺の役に立つ研究なら俺の下で存分にやらせてやる。生体改造だろうが何だろうが、な」
ゴーズは気持ち良さそうに体を伸ばし、焦熱地獄の真ん中から出て行く。
「出発は明日の早朝だ。修理はそれまでに終わらせておけ。間に合わなくても待ってはやらんぞ」
目の前の鏡を指一本で粉々にすると、巻き添えで吹っ飛ばされたホブゴブリンとオーガーが地面に伸びるのも構わず、砦の方へ引き上げてしまった。
やっと日光浴が終わり、雑兵どもは安堵の溜息をつきながらふらふらになって鏡の輪から離れる。後片づけなど、熱すぎてできた物ではない。そんなのは夜になってから元騎士団員達にやらせる事だ。
命からがら離れていく雑兵達。
一方、マスタージェイドは既にその姿を消していた。
レイシェル達に最大の、そして絶対の危機が迫っている。
だがそれを知る術は、彼らには無い‥‥。
設定解説
・奴が一番マシな腕でしたからな
生き残って魔王軍に鞍替えしたガデア魔法騎士団員の中では、レイシェルの元婚約者フレディが一番腕が立つ設定。
あくまで「魔王軍についた者達の中では」なので、今後のひらめき次第では「死んだと思われていた、もっと腕の立つ奴」が出てくる可能性ももちろんある。




