53 過去 7
売国奴として討たれた兄のせいで騎士団から追放された令嬢騎士レイシェル。
そんな彼女の前に最強を自負する転生者にして霊能者・ノブが現れ、秘宝探索の旅へと誘う。
敵の刺客となった元騎士団員達に何度も狙われながら、それを退ける二人。
勇者ドリルライガー、元魔王軍の武闘家オウキ、エルフの作業員達を仲間にし、二人の旅は続く――。
最低限の修理を終え、クラゲ艦Cオーウォーは街を離れた。
そのブリッジには主要なメンバーが集まっている。
「オウキ。一つ訊きたいんですの。正直に教えて」
詰め寄るレイシェル。
「ああ」
頷くオウキ。
彼を睨み、レイシェルは――不安も露わに――訊く。
「ケイドとか、貴光戦隊とかいう名前を、知りませんこと?」
「戦った。ケイドとかいう隊長は俺との戦いで命を落した。まぁ‥‥俺が殺したという事だ」
あっさりと、簡単に。
オウキは認めた。
呆然と呟くレイシェル。
「兄様の、仇‥‥」
頷き、オウキは付け加える。
「そうだ。俺自身も、俺が率いていた雑兵どもも、スイデン国を始め多くの場所で多くの人間を血祭にあげた」
オーガハーフエルフのエリカが怒鳴る。
「お前、そんな事‥‥どうすんだよ!?」
その声が響く中。
レイシェルは剣の柄に手をかけた。
黙ってそれを見るオウキ。
剣は――抜かれない。
柄を握る手に、確かに力は籠っているのだが。
レイシェルの目は兄の仇を映しているのだが。
ぎりり、と奥歯を噛み締めはするのだが。
剣は抜かれなかった。
「仇を討たんのか?」
オウキがそう訊いても。
剣は抜かれなかった。
オウキは「ふう」と溜息をつくと、くるりと背を向けた。
そのままブリッジから出て行く。
「どこへ!」
やっとレイシェルが叫んだ。
それには一瞬足を止めたが‥‥レイシェルにそれ以上の動きが無いと察すると、オウキはふり向きもせず出て行く。
「食堂だ。酒を貰う。討ちたかったらいつでも来い。それまでは、まぁ、呑ませてもらおうか」
――少し後。レイシェルは艦の廊下で、窓から外を眺めていた――
側の壁にはノブがもたれている。
レイシェルの視線はそちらを見ずに、窓の外に向いているが。
「あいつは、兄様の仇なんですの」
レイシェルが呟く。
「そのようだな」
ノブが頷いた。
「許せませんわ」
「許す必要は無いだろう」
レイシェルが呟き、ノブが応える。
夕方が近づき、窓の外は茜色だ。
「討たないと」
「その時には助太刀しよう」
レイシェルが呟き、ノブが応える。
窓の外を雲が流れていく。ゆっくりと、だが止まる事なく。
「あり得る事だったのに、考えませんでしたわ」
「犯人じゃない証拠は無い、で動く方がおかしいからな」
レイシェルが呟き、ノブが応える。
遠くの山の森も夕焼けに染まっていた。
「邪悪で、強くて、傲慢で、ふんぞり返って立ちはだかってくれてたら良かったのに」
「奴もかつてはそうだったのかもしれない」
レイシェルが呟き、ノブが応える。
窓の外を鳥が飛んで行った。たった一羽‥‥どこへ行くのだろう。
「でも、負けて弱ってお酒で誤魔化していましたわ」
「だから討つ気になれなかったんだろう?」
レイシェルが呟き、ノブが応える。
雲が全て流れてしまい、空がよく見える。
「もっと、ちゃんとしなさいって。挫けててどうするの、って。そう思ってしまいましたわ」
「だから奴は立ち上がった」
レイシェルが呟き、ノブが応える。
茜色の空には何もない。空っぽだ。
「どうして私は敵軍の兵に、あんな事を言ってしまったのかしら」
「負けて弱って酒で誤魔化している奴だったからだろう」
レイシェルが呟き、ノブが応える。
窓の外には風が吹いているのだろうか。ガラス越しでは感じるべくもない。
「他人事だと、思えませんでしたの」
「君はあんなザマになった事は無いと思うが」
レイシェルが呟き、ノブが応える。
夕刻の空に闇の帳が混じり始めている。徐々に、暗く。
「ノブが助けてくれましたものね。そうでなければ、魔王軍の雑兵ども相手に討ち死にでしたわ」
レイシェルが呟く。
薄っすらと月の影が映り出した空を見ながら。
ノブは何も言わなかった。
廊下の向こうを見ていた。
薄暗くなった通路を歩いて来る男が独りいるのだ。
「間違ったと思うなら、今からでもやり直せばいい。違うか?」
オウキだ。
薄笑いを浮かべ、片手に空になった酒瓶を持っている。
「来る気配が無いのでな。こちらから来た」
レイシェルは弾かれるように振り向き、剣の柄を握った。
だが、剣は抜かれない。
「まぁお前達の事だ。敵だろうと無抵抗の者は殺せん、とでも言うのだろう」
オウキは瓶を捨てる。
廊下に落ちた瓶はいとも容易く割れた。砕けた。
耳障りな音の中、オウキは両腕を持ち上げる。
「殺されてやるためではないが‥‥相手の慈悲につけこんで情けに縋ると思われても面白くない」
拳法の構えである。
オウキは薄ら笑いを浮かべたまま、腰を落として身構えた。
攻撃に移ろうとしている。
「命を助けてもらう必要はない。生きたければお前達を殺してでも俺が生きる」
嘲るように言うと――オウキは姿勢を低くし、そして跳び込む!
だが同時にノブが手を振った。
青い煌めきが星屑のように散る。
そして、オウキは倒れた。
苦悶に顔を歪めたまま、白目をむいて動かない。
【メンタル・ショック】――念波で敵の脳を攻撃する呪文。超能力系呪文としては初歩の術だが、物理ダメージと同時に敵の精神へ異常を起こす、生物にとっては危険な呪文である。
驚き、慌て、レイシェルはオウキへ手を伸ばそうとした。
剣を離して。
「あ‥‥」
自分の行動に驚き、声が漏れる。
ノブは大股でオウキに近寄った。
動かない相手を冷たい目で見下ろす。
「まるで抵抗が無かった。雑兵ゴブリンでももう少し耐えようとするぞ」
そしてレイシェルへと振り向いた。
「元魔王軍だけあって平気で人を騙そうとするな、こいつは。戦う気など皆無のくせに拳法の構えなど」
ノブの視線を受け、レイシェルは‥‥力なく項垂れた。
前髪で表情が隠れる。
そして、後ろへと振り向き、駆けて去って行った。
まるで逃げるように。
レイシェルが見えなくなってから、ジルコニアがひらひらと宙に舞う。
今までノブの陰に、隠れるようにしていたのだが。
ジルコニアは倒れているオウキを横目に、ノブへ訊いた。
「これ、お前が始末してやるか?」
意識こそ失っているものの、オウキは鍛えられた肉体の男。数分もすれば意識が戻り、明日にはダメージも抜けているだろう。
「僕は最強の霊能者だ。裁判官でも死刑執行人でも賞金稼ぎでもない」
そう言ってノブも静かに立ち去る。
後にはオウキだけが残った。
設定解説
・負けて弱ってお酒で誤魔化していましたわ
もちろん勝ってイキっている時は酒で大いに祝うのだ。
そしてどうしようもない人間は肝臓がブッ壊れて消え、高齢化社会へ歯止めをかける。
やはり酒は神が地上に与えた聖なる雫‥‥。医者の言う事はまぁ半分ぐらい聞いておけばいいだろう。




