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鬼絵巻 〜恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第11章 〜夢の終わり〜

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呼び掛け

 自分に対峙する鬼兎火たちを見て、櫻花が怪訝そうに表情を歪めてきた。ただ表情を歪ませただけだというのに、それにより一気にこの場の空気が一層と重みを増してしまう。

(格が違う、っていうのはこういうのを言うのね)

 放たれる威圧に押し潰されないように、鬼兎火は自分の身を引き締めさせた。

「何事でしょう? 私と桜満様の再会に泥を塗る輩共は? 不作法にも程がありませんか?」

「貴様の戯れ言などに付き合うか。それこそ自分の使命も忘れ、邪の道に落ちた物の言葉など、耳を貸すに値しない」

 魑衛が櫻花を睨み、白光りする刃を櫻花へと向ける。

 するとその魑衛に対して、櫻花が肩を揺らしてクスクスと笑ってきた。

「……何がおかしい?」

「当然です。この状況の可笑しさ。笑わなければ見過せぬではありませんか? 妾と桜満様のおかげで貴方たちはここに居るというのに。その謝恩も忘れ、妾に歯向かってくるとは。ーー身の程知らずめ」

 冷たい視線を魑衛に向けた櫻花が再び刀を構え、そして魑衛に向かっていく。

 音もなく接近した櫻花の刃は魑衛の顔面を狙っていた。

「憐れな兄妹の片割れよ。その刃……向ける相手が些か、いや大分、違っておるぞ?」

 冷たく悪寒を走らせるような櫻花の声。そしてその声を浴びせながら魑衛の顔面へと刃を走らせる。けれどその櫻花の刃が魑衛の顔面を貫くよりも先に、櫻花の身体を魘紫が横へと吹き飛ばす。

 魘紫による突貫で宙に浮いた身体を櫻花が軽く身を捻り、体制を整える。

 だがその体制を整えた櫻花へ、鬼兎火の炎の斬撃が放たれる。

 一瞬、櫻花の姿が鬼兎火の炎によって包まれる。

「全く嫌になりますね……」

 溜息と共に櫻花の炎を刃で引き裂き、その炎を刃に纏わせる。櫻花の刃に吸収された炎はその色を黒へと変え、鬼兎火へと放たれる。

 鬼兎火は結界と水行の術を繰り出し、大口を開ける蟒蛇のように襲ってくる炎へと去なす。

 けれど櫻花が放った炎は、鬼兎火の水の術式を飲み込み、そのまま鬼兎火へと直撃してきた。

「大人しくしていれば良いものを」

「残念だけどそれは無理ね」

 櫻花の言葉に、炎を飲み込まれたはずの鬼兎火が噛み付くように答えた。

 鬼兎火の着物は所々燃えきれ、綺麗な鬼兎火の肌も焼けてしまっているが、致命傷にはなっていない。鬼兎火の主である蓮条が炎に飲まれそうになっていた鬼兎火を点門で逃した為だ。

「鬼兎火の言う通り、私たちが用あるのは桜鬼です。貴方は引っ込んでいて下さい」

 言葉と共に放たれた椿鬼の銃弾。そしてその銃弾が放たれた瞬間、魅殊の【捕縛】という文字が櫻花を捉える。そして銃弾は椿鬼の声に振り向いた櫻花の左目に直撃した。

 銃弾に左目を貫通され、そこから細かい血飛沫が飛び散る。これは櫻花が表に現れてから初めての負傷と言っても過言ではない。

「ふふっ」

 自身の目が負傷したというのに、櫻花はまるで気にも止めぬ様子で笑い始めた。

 鬼兎火たちは櫻花の様子に眉を顰めさせる。

 魅殊の術を受けても、振り返り、笑っているということは、もう既に魅殊の強力な術式が解かれているという証拠だ。だからこそ銃弾を放った椿鬼も、そして主である桔梗も櫻花からの反撃に備えている。

 しかしそんな椿鬼たちの準備を尻目に、櫻花は反撃をせずに笑っている。

「先ほどから貴女は、私たちを馬鹿にしているのですか?」

 癪に障るといった様子で椿鬼が櫻花を鋭く睨みつける。

 そして鬼兎火からしても気に入らない状況なのは確かだ。力量差云々というよりもこの状況に腹が立ってくる。けれどここで下手に怒りに飲み込まれてはいけない。

「馬鹿になどしておりませんよ。妾はただ嬉しく、そして愉快なだけです。椿が、そう何をするのにも慎重で、大きな事が出来ない性格であった妹が、妾に歯向かってきたのですから。ふふふ、姉としては喜ぶべき事ですね」

 椿鬼にそう話している間に、血を流し虚になっていた櫻花の左目が再生されていく。

「妹……? 私が?」

「ええ。そうですとも。貴女も忘れてしまっているのね。とても仲の良い姉妹だったというのに……」

 完全に再生した左目と右目で櫻花がそう言いながら、椿鬼を見つめてきた。

「椿鬼、今は動揺してはいけないわ。桜鬼を呼び出す事だけに専念して」

 動きを止めてしまった椿鬼に声を掛けながら、鬼兎火は次なる手の準備を始める。

 そんな鬼兎火に焚き付けられたように、椿鬼も櫻花へと銃口を構え直す。

 自分に突き付けられた銃口を見て、櫻花が溜息を吐き出した。

「嬉しき事とはいえ、少し品位が落ちますね。可愛い妹ではありますが、少々嗜めなければ」

 櫻花が銃口を向ける椿鬼の方へと手を突き出す。

 するとその瞬間に椿鬼が持っていたライフル銃から数発の銃弾を放つ。

 その音に続いて鬼兎火が櫻花へと肉薄する。その鬼兎火と共に挟撃する間合いにいるのは大槍を持った魁だ。

 椿鬼が放った銃弾が櫻花に到達するよりも早く、櫻花が放った衝撃波によって粉々に粉砕される。けれどその瞬間に鬼兎火が放った炎の斬撃と、雷を纏った魁の大槍による刺突が同じタイミングで櫻花へと繰り出される。

 しかしその二つの攻撃を櫻花は、瞬間移動で魁の背後へと立つ。

「貴様がこの中で一番目障りじゃ。消えよ」

 冷めた視線で櫻花が魁を睨みながら櫻花が魁の首を刎ねようとする。

 けれどその瞬間に櫻花の立っていた地面が大きく隆起し、櫻花の刃を空振りに終わる。そして攻撃が空振りに終わり、不快そうに表情を歪めた櫻花に対し、魑衛が刀を振り貸さず。

 櫻花と魑衛の刃と刃が衝突し、交差する。

一瞬の膠着状態。その隙を狙うように椿鬼の銃弾が炸裂し、魅殊による【毒針】が櫻花へと飛来する。

 櫻花は魑衛の刃を櫻花が弾き返すのと同時に、椿鬼と魅殊による攻撃を風による術式で防ぎ切ってきたのだ。

(全員で掛かっているのに、まるで止められないなんて……)

 眼前に広がる状況に、鬼兎火は苦虫を潰したような気持ちになる。絶望的な気持ちになる。

 それに加え、この状況が長引くことは最悪な状況に一歩ずつ近づいている様な感覚だ。

(何とかしてこの状況を打開しないと)

 するとそんな鬼兎火の気持ちに呼応するように、今まで後方にいた魄月花が動きを見せた。

「ーー……神羅万象たる天人よ、その力を持って彼の者の動きを封じん。急急如律令!」

 魄月花の術式が展開される。

 それに合わせて、

「呪禁の法の下、怒りし魂を鎮火せし風を吹け。彼の者を癒せし香よ吹け。急急如律令!」

 菖蒲の術式も展開された。

 二人の展開した術式が折り重なり、粉砕された桜の木の根元近くに立っていた櫻花を囲い込む。

「こんな無意味な檻に閉じ込めて、何になると言うのでしょう? それともまたお二人で何かを創り出そうとでもしているのですか?」

 空中で二人の結界に閉じ込められた櫻花が淑やかな仕草で、小首を傾げさせる。

「いいや。何も創らないぞ。それこそこのままお前を封じられたら儲けものだが、そう簡単に事は動かなそうだしな。でもさすがのお前もこの結界を壊すのには骨が折れるだろ? 何せ安倍家と賀茂家の特性ブレンドだからな」

「ブレンド? ーーまぁ良いです。骨が折れるとしても、これまでの時間に比べたら些細な時間なのですから」

 櫻花が得意気に目を細めて魄月花を見ている。

 そんな櫻花に対して、鬼兎火は再び声を上げた。

「魄月花の結界でも貴女を封じ込められないのなら、確かに私たちでは貴女に太刀打ちができない。けれど……桜鬼、貴女はそれで良いの? このまま私達が彼女に負けて、櫻真君が殺されてしまってもいいの? 貴女の気持ちなんて、そんな物なの?」

 鬼兎火が必死に声を掛ける。櫻花の内部で眠っているであろう桜鬼に対して。

「無駄である。偽物相手に幾ら声を掛けた所で、それは頭上にある雲を掴むようなものです。そうアレはもう私の影でしかないのですから」

 結界内に閉じ込められた櫻花が鬼兎火の言葉を一蹴する。

 しかしそんな櫻花の言葉を気にも止めず、鬼兎火が口を開き続けた。

「貴女はどうしてこの状況になるのを望んだの? 貴女は何故、大切な櫻真君の元から離れるなんて選択を取ったの? 私には分からない。理解できないわ」

 表情を歪ませながら、鬼兎火が素直な所感を伝える。

「鬼兎火ではありませんが、私も理解に苦しみます。それこそ私は䰠宮櫻真を大切に想う桜鬼の気持ちは本物だと思っていました。けれど貴女はそれを踏み躙って、こんな騒動を起こしている。貴女の本当の目的は何ですか?」

 鬼兎火の言葉に椿鬼も追従する。

「私から言わせれば、桜鬼が起こす事に真っ当なものなどなかった。恐らく今回も実のある目的などなく、短絡的に暴走したに違いない」

「はは。短気な魑衛にそう言われたらお終いだな、桜鬼? でも私は別にお前が櫻真の主から降りても良いぞ。私も一度くらいは別の主と組んで見るのも悪くないしな。櫻真の所に行ければ、それこそ変に菖蒲と楓に気を使わせずに済むし」

 魑衛に続いて、いつもの調子で魄月花が快活な言葉を投げる。

 魄月花の言葉に菖蒲がやや目を細めさせたが、言葉では何も言わなかった。

 そして魄月花の言葉に続いて、魘紫も声を掛ける。

「おい、桜鬼。櫻真の奴と喧嘩したなら、ちゃんと仲直りをした方が良いぞ? 俺と百合亜はちゃんと仲直りしたんだからな」

「ああ、そうだ。魘紫の言う通りだ。桜鬼、お前はちゃんと櫻真と仲直りした方が良い。ちゃんと伝えるべき事を伝えた方がいい。俺も今になってようやく分かった大馬鹿だが、だからこそ言える。ちゃんと逃げずに、自分の気持ちを櫻真に伝えろ」

 魘紫に続いて魁も真剣な表情で桜鬼に語り掛ける。

そして最後に小柄な魅殊が桜鬼へと口を開いた。

「桜鬼。そんなに怖い事なんてないよ。櫻真は本当に貴女を迎えに来たんだよ。ねっ?」

 魅殊が言葉を紡いだ後で、櫻真の方へと振り返る。

 魅殊から言葉を繋げられた櫻真が深く頷いて、それから桜鬼の方へと一歩前へ踏み出した。

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