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鬼絵巻 〜恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第11章 〜夢の終わり〜

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間抜けな二人

櫻真は門を入った所で待ち構えていた魁を儚たちに任せ、別行動をしている佳たちに聞いた本堂へと向かっていた。

 そこにはとても強い声聞力を蓄えている桜の木があるらしく、恐らくそこに鬼絵巻があると言う。

「きっとあの腹黒オッドアイがいる場所もそこやろうね。ホンマに櫻真君とは別の意味で、あのオッドアイには色々返したいわ」

 紫陽の術式で色々と大変な思いをしたらしい桔梗が憎々しげに言葉を吐く。

 出てきた直後に聞いた話によると、閉じ込められた桔梗たちは葵による仕掛けにより中で百物語を行なっていたらしい。

 けれどその途中で空間が歪み始め、それと同時に青行燈の怪異が現れてしまったらしい。

百物語で最後に出ると言われる青行燈に特定の姿はない。

 お歯黒の鬼女という説もあれば、巨大な蜘蛛の妖怪とも言われている。しかしそれらは青行燈の一部の怪異でしかなく、本当の青行燈は百個の怪異を表しているのだ。

 だから桔梗たちは結界の中で百の怪異に襲われていたのだ。

 恐らく櫻真たちが最後に見た巨大な手もその内の一つだろう。

「あの人に色々返したいのは勿論なんですけど、葵姐さんが姿を一度、晦ましてしもうたのは気になりますね」

 櫻真が桔梗たちにそう言うと、桔梗が辟易とした息を吐き出してきた。

「ホンマにね。あれが百物語で満足する輩には思えへんし。奴の気配には要注意なのは間違いないね。でも菖蒲ちゃんもそこは意識して探ってはるんやろ?」

 桔梗が菖蒲の方を見て尋ねると、菖蒲が静かに首を頷かせてきた。

「葵の奴も気配を隠す気はないんやろうな。すぐに奴の気配を追えたわ。それこそ奴も鬼絵巻の側におるみたいや。そこに居りはる理由までは分からないのが難やけど」

 溜息を吐く菖蒲を横目に、櫻真も不安になっていた。

(姐さんが変に動かなければええけど……)

 どんなに葵の行動を読もうとしても、葵は感情のままに動く。

 そのため葵と意思疎通が取れていない限り、葵の行動を先読みすることは難しい。

 勿論、ここに来る前に葵に関する占術は行なっている。

 その結果として『近き場所にて、傍観者たる術者とならん』と出てきたのだ。

 葵が自分たちの側にいて見ている事は間違いない。

 ただ「術者とならん」と言う言葉が櫻真たちの中で悩みの種になっている。

 たとえ先の運命が分かる占術であっても、人の気持ちはどうしても読み取る事はできない。故に占い結果をどう解釈するかは、櫻真たち次第という事だ。

 それに加え、櫻真たちは葵の動きにばかり意識を置くわけには行かない。

 櫻真たちの本命は、桜鬼の奪還と鬼絵巻の回収にあるのだから。

不安を息と共に吐き出し、櫻真は気合いを入れ直す。

 すると道を塞ぐ式鬼神を薙ぎ払いながら先行する魄月花が櫻真たちに声を掛けてきた。

「目標物が見えてきたぞ。このまま一気に突っ込んで良いのか?」

「ええで。桔梗の言葉通り向こうさんは本堂の中で待ち構えてはる」

「やっぱりね。でもまぁキツい呪詛返しは受けてはるはずなのに、随分とタフやね。……ホンマに良かった」

 桔梗が菖蒲の言葉に目を細めて皮肉を飛ばす。

 その瞬間に魄月花と共に先行していた魘紫が本堂の門を勢いよく蹴破った。

 魘紫によって蹴破った門の破片が本堂の床へと盛大に散乱する。その破片を踏みしめながら櫻真も本堂の中へと入った。本堂へと入った櫻真たちに続いて、後方を守っていた椿鬼が本堂の中へと入る。

 そして本堂の中へと入った櫻真たちの視界に、真っ先に入ってきたのは……御神木の様に中央に植えられた桜の木だ。そしてその木の前に桜鬼と紫陽が立っていた。

 桜鬼の姿を見た瞬間、櫻真の身体に強い緊張が走る。

 自分を叱咤して、覚悟を決めて、桜鬼と対面することを選んだ。けれどやはり桜鬼と対面すると反射的に萎縮してしまいそうになる。

(いや、萎縮する必要なんてない。俺は桜鬼を迎えに来たんやから)

 弱気になりそうな自分に言い聞かせ、櫻真は顔を引き締めた。

 そして……

「桜鬼。俺は桜鬼を迎えに来た」

 はっきりとした口調で櫻真が桜鬼に向かって言葉を掛ける。

 明瞭な櫻真の言葉は、本堂内に大きく響き、そして闇の中へと吸い込まれていく。けれどそれでも余韻は、闇に吸われることなくその場に漂っていた。

「妾を迎えに? その必要はないぞ」

 櫻真の言葉に対しての桜鬼の強張った言葉が返ってきた。

 そんな桜鬼の言葉に対して、再び櫻真が言葉を返す。

「桜鬼は俺に迎えに来られるのは迷惑なん?」

「迷惑もなにも、妾を迎えに来る道理はない」

「道理とかの話とちゃうよ。今、俺が訊いてるのは迷惑か、迷惑やないかなんやから」

 櫻真がそう答えると、桜の木の前に立つ桜鬼が言葉を詰まらせてきた。

「迎えに来た、なんて随分と大口を叩くね。まるで桜鬼がまだ君の物みたいじゃないか」

 言葉を詰まらせた桜鬼の代わりに口を開いたのは、門から現れた櫻真を睨んでいる紫陽だ。

 桜鬼と対面した自分に対しての紫陽の怒りが伝わってくる。

 けれど櫻真はそんな紫陽に対して臆することはなかった。

「俺の物なんて言うてへん。桜鬼は物やない。むしろ一番それに拘っているのは貴方の方でしょう? それに今、俺は桜鬼と話してます。横槍を入れないでください」

「俺が君の言うことを聞くと思う? もういい。桜鬼、彼らには強制的にご退場願おう」

 そう言って紫陽が数枚の護符を櫻真たちへと投擲してきた。

 投擲された数枚の護符の術式が展開され、その護符たちが巨大な四魔の姿へと変貌してきた。牛頭馬頭の様に体は人間。けれど頭は猿、馬、鹿、蛇を持つ四魔は【五陰】【煩悩】【死】【天子】と書かれた、斧や槍、弓や大剣を手に持っている。

「全く。アレの性格がよく分かる邪悪な式鬼神たちやね。椿鬼。思う存分に対峙して」

「畏まりました、主。邪悪さだけが取り柄の式鬼神など、すぐに片付けてみせます」

「魄月花。自分の煩悩を滅却するつもりで倒すんやで?」

「おいおい。その命令の仕方はなんだよ? もう少しまともな言い方にしろよ」

「魘紫。あの動物さんたち気持ち悪いから倒しちゃえ」

「おう! 任せろ! 俺も見た時から気持ち悪いと思ってたしな」

 自分たちに襲いかかってくる四魔に対して、椿鬼たちが駆ける。櫻真たちもその三人に合わせて、術式を詠唱し始めた。

 桜鬼とちゃんと話す為には、この式鬼神たちを何とかするしかない。

 今の櫻真は魄月花と仮契約を結んでおり、菖蒲と共に魄月花への術式を付与する。菖蒲が火業の術式を掛けたのに対し、櫻真は木業だ。

 相性としては完璧だ。しかも菖蒲と櫻真の二人から供給されているだけあって、

「これ以上、邪魔はさせねぇーからなっ!」

 言葉を吐き捨てながら、四魔の一人である蛇顔の【天子】に向かって棍棒を振るう。

 炎を纏った棍棒が、巨斧を振り回そうとしていた天子魔の身体を真っ二つに裂く。魄月花が扱う棍棒に刀のような鋭利さはない。けれど魄月花の膂力と櫻真の付与した風の刃が分厚い天子魔の肉を引き裂いた。引き裂かれた肉は菖蒲の付与した炎によって焼かれている。

 魄月花はその死骸を踏み潰し、視線の先にいた死魔を片付けようと動く。

 その魄月花の姿を見ながら、櫻真は桜鬼の方へと視線を向けていた。

 桜鬼は桜の木の前で動きを止めている。

 動きを止めたまま困惑しているような表情を浮かべているのが見える。

 先ほどの自分の言葉を桜鬼がどう捉えたのか? 

 戦闘は始まっている。けれどその戦況よりも櫻真は桜鬼の心中の方が気になった。

 とはいえ、表情からでは桜鬼の心中を推し量ることは難しい。そこにもどかしさはある。

(いや、焦ったらアカン)

 焦燥感に掴まれそうになる気持ちを、櫻真は何とか抑え込む。

 しかしそんな櫻真の気持ちを裏切るように、一つの爆弾が落とされた。

 魄月花、椿鬼、魘紫の三人が紫陽によって繰り出された式鬼神を屠った、まさにその瞬間。

「櫻ちゃん、ナイスファイト。まさに陽動作戦、大成功ね」

 何処からともなく葵の声が響き、その瞬間に桜鬼の後ろに植わっていた桜の木に大きな亀裂が入り始めた。

「なっ!」

 驚きの声を上げたのは桜の木の方へ振り返った紫陽だ。

 そして亀裂の入った桜の木が瞬く間に破裂した。大きな桜の木が破裂した衝撃波が本堂内に広がり、天井や壁を吹き飛ばし、本堂内の床板も全て剥がれ飛ばされる。

 櫻真たちもすぐさま結界を張り、衝撃波から身を守った。

 破裂した桜の木からは、紫色の宝玉が姿を現した。そしてその宝玉が何かに導かれるように一点に飛んでいく。その鬼絵巻が飛んで行った方に、いつの間にか姿を現した葵が満面の笑みで立っていた。

「はい。迂曲屈折はしたけれど……無事に鬼絵巻の回収完了ね。ほほ。こんなにも上手く事が運ぶなんて、姐さんは嬉しい限りでござんす。ふふ。間抜けなお二人さん。まんまと私たちの立てた作戦に踊らされちゃったわね」

 葵が呆然とする紫陽と桜鬼に向かって話しかける。

 けれど驚愕を走らせていたのは紫陽と桜鬼だけではない。櫻真たちからしても同じことだ。

 葵が近くで傍観者をしている事は占術により知っていた。

 けれどこの本堂の中に入ったとき、葵の気配は完全になかったのだ。

 だからこそ、櫻真たちにとっても葵によるこの介入は、まさに寝耳に水の出来事だった。

 しかも葵の嘘八百の言葉は、櫻真たちと葵が共謀者の様な口調だ。

「ちゃう。ちゃうよ! 俺たちは姐さんと共謀なんてしてへん!」

 櫻真は慌てて、桜鬼に向かって抗弁を口にする。

 けれどそんな櫻真の言葉を遮るように、葵が言下に否定してきた。

「あら、何がちゃうの? 確かに姐さんと一緒に鬼絵巻を取ろうなんて事は言ってないけど、鬼絵巻を取る気だったんでしょう? 葵姐さんは、ただそれをお手伝いしただけ。それに魄月花に桜鬼を取り戻す気あるかって訊かれたとき、貴方は『正直な事を言えば、桜鬼を取り返す気持ちにはなれてへん』って言ってたじゃないの? 誰に唆されたのかは知らないけれど、自分の素直な気持ちを偽るのは良くない、と思うわ」

 葵が言っているのは、先日に魄月花との会話だ。

(何で、葵姐さんがその話を……)

 驚愕が櫻真の全身を駆け回る。

 けれど今の櫻真は驚愕を走らせている場合ではなかった。

「はは、はははは。ははははははは……」

 大きな笑い声を上げたのは、今まで動きを見せていなかった桜鬼だ。

「なるほど。そうか。そういう事か。そうであろうな……」

 櫻真が否定の声を上げようとした。

 けれどそのタイミングは完全に失われてしまった。

 桜鬼は手に刀を握ると、そのまま一目散に魄月花へと突貫してきたからだ。

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