戻った意識
「勿論。私たちと戦ったのよ。それこそもう……大変だったんだから」
苦笑を零しながら鬼兎火がそう言うと、すぐさま自分たちを囲む式鬼神を倒すべく、刀を手に敵中へと駆けていく。
魁は鬼兎火の言葉を聞き、そして儚の方へと視線を向ける。
「じゃあ俺は、儚に対しても攻撃したのか?」
涙を流していた儚に魁が呆然と尋ねる。すると儚が少し戸惑いの表情を浮かべてから、すぐに首を頷かせてきた。
首を縦に頷かせた儚を見た瞬間、言葉にならない程の自責の念が魁に襲い掛かってきた。
自分は何をやっているのだろう? 自分の役目は鬼絵巻を集める儚を守ることにあるのに。
それなのに自分は、敵の術式に操られ、儚に刃を向けてしまった。
(俺は人間だった時から何一つ、変わっちゃいない……)
魁の中で恐怖にも近い嫌悪が一気に湧き上がる。
けれどそんな魁の様子を儚が気づいたのか、儚が魁を細い腕で抱きしめてきた。
「魁。自分を責めたらアカンよ? 絶対にアカン。ウチは魁を怒ったりしてへんし、魁にして貰いたい事は後悔することちゃう。ちゃうよ!」
自分の顔を胸元に抱き寄せ、儚が泣きながら言葉を続けてくる。
「ウチが魁にしてもらいたいんは、いつもウチが弱気になったとき「大丈夫」って声を掛けて欲しい。背中を押して欲しい。一緒に戦って欲しい。それから魁にはもっと笑ってて欲しいし、大きく構えてて欲しいんよ。だから、だから……魁、お願いやから、ウチの願いを叶えてくれへんかな? ウチはまだまだ魁と一緒に楽しい思い出を作りたいんやから」
涙を流しながらであっても、魁に向けられた儚の言葉は暖かい。
(ああ、本当に暖かい)
きっと、あの時もこの少女は自分を励まして一緒に居てくれたのだ。
そして今も……。
「俺は儚に泣いて貰えるような奴じゃない。それなのに、こんな俺を助けてくれるのか?」
「当たり前やん。むしろ魁はウチに嫌なことなんて一つもしてへんよ。魁、魁が何を思って辛くなってしまうのか、ウチに話してくれへん? ウチじゃ力不足かもしれへんけど、けど、魁の話を聞くから。魁が悩んどったらウチも一緒に考える。だから、魁が自分を嫌いになる必要なんてあらへんよ?」
そう言って儚が魁に向かって優しく微笑んできた。
その暖かな笑みに魁は身体が震えた。
こんな自分を許してくれるのか? こんな自分の話を聞いてくれるのか? 自分と一緒に悩んでくれるのか?
ーーそうだ。そうだった。儚は前にも言ってくれた。
前に閉じ込められた結界の中で餓鬼と戦った時も儚は一緒に戦うと。
あの時、一緒に戦う意味を掴めたような気がしていたのに。
(肝心な所を忘れていたなんて、本当に情けない奴だな、俺は……)
しかしそんな自分を儚は信頼してくれている。
なら、これ以上自分は儚の気持ちに目を背けるわけにはいかない。いつまでも臆病風に吹かれていてはいけない。人間だった時に出来なかった事を、やり切らなければいけない。
(……何が何でも俺は儚の気持ちに応えてみせる)
「散々迷惑を掛けて、悪かった。それから……本当にありがとな、儚」
呟くように魁が言葉を紡ぐ。
けれど言葉が言い終わる前に、魁を治療する儚の背後に数体の式鬼神の気配を感じた。
それを察知した魁はすぐさま儚の腕を掴んで自分の背後に回すと、近くにあった大槍を右手で握り、そのまま儚へ襲い掛かろうとした式鬼神を屠る。
「魁、動いたら傷が……」
自分の傷を気遣い、声を掛けて来た儚に魁は顔を向け、静かに笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、儚。こんな雑魚共なら直ぐに片付けてやる」
「うん、うん。お願い、魁!」
「おう」
儚に頷き、魁は他の従鬼と共に蠢く式鬼神へと槍を向ける。大槍で敵を屠りながら、体の動きが今までとは違う気がした。今まで忘れていた感覚を取り戻したような、そんな感覚に近い。
まさか嫌な記憶を取り戻した事で、身体に染み付いていた記憶も取り戻すとは。
(怪我の功名って奴か)
自嘲を浮かべながら、魁は次から次へと式鬼神を屠っていく。
するとそんな魁を見て、魑衛が口を開いてきた。
「片腕だけで張り切るな。それこそお前が腕を付けて貰っている間に、俺が全てを終わらせておいたものを」
「こういう時だから張り切るんだろ? それこそ汚名返上。名誉挽回って奴だ。それにコイツらを倒し切れば終わりって話でもないんだろ?」
魑衛の言葉に魁がいつもの調子で尋ねる。
すると魑衛が微かに鼻を鳴らしてきた。
「起きたばかりだと言うのに、随分と威勢が良いな? 貴様はそんなに切り替えが早い方だったのか?」
「まっ、そうだな。ようやく嫌な俺自身と向き合って、腹が据わったって所だ。魑衛、お前にもちゃんと礼を言う。ありがとうな」
「礼など要らん」
「そう言うなよ。人の感謝は素直に受け取っておくもんだぞ?」
「そうか。なら……貴様に言っておこう。この面倒事が済んだあと、俺と真剣勝負をしろ。貴様の主にも伝えてな」
魑衛からのこの言葉には、魁も思わず目を見開いて驚いた。
「前々から俺と遣り合いたい、と言っていたが……まさか改めて果し合いを申し出される程とはな……」
「変な勘違いするなよ? 私は貴様には勝てる。だが私に負けた事を「本気を出していなかったから」と言われては、こっちの気分が悪いだけだ」
魑衛から鋭い視線で釘を刺され、魁は思わず肩を上下させた。
「そんな言い訳をした覚えはないんだけどなぁ。でも……その果し合い、受けるぞ。俺も少し身体思いっ切り動かしたい気分だったからな」
「その言い分には不満はあるが、まぁ良いだろう。貴様との果し合いは決定だ。自分で頷いた事を忘れるな。そして後悔していろ」
「お前も散々な事を言ってくれるな」
「ふん。好きに言え」
魁に言葉を唾棄すると、魑衛はそのまま別の場所にいる式鬼神を倒しに疾走していく。
その背中を横目にしながら、魁は詠唱を始めていた。
もう既に魁と儚の契約は復活し、魁へと儚の声聞力が供給されている。
「先鋒戦は取らせて貰うぞ、魑衛」
そう言って魁は詠唱を終えていた。右手で持つ大槍には存分に声聞力が漲っている。
「木行の法の下、雷よ地に蔓延る業の獣を串刺し貫け! 急急如律令!」
そしてその大槍を魁は思い切り、天に向かって投擲した。
魁が投擲した大槍は真っ直ぐに夜空に浮かんでいた雲を貫通した。
雲を貫いた大槍は、ここに蔓延る式鬼神たちを殲滅する雷の刃となり地上へと降った。
地面に轟いた凄まじい雷によって、烏合の式鬼神たちが一気に焼き祓われる。
一瞬の殲滅。一瞬の浄化。那由多的な数がいた式鬼神が一発の攻撃によって消え失せたのだ。
「また、私たちの出番が取られちゃったわね」
綺麗に一掃された敷地内を見回しながら、鬼兎火が微かに笑みを浮かべて、魁を見てきた。
「悪いな。流石に俺も寝すぎたみたいだからな。このくらいしないと頭が上がらないだろ?」
「そうね。貴方、寝相がとても悪いみたいだから」
鬼兎火らしい皮肉を飛ばされて、魁は思わず失笑を零す。
恐らく魑衛にしても、鬼兎火にしても、自分が気にしないように配慮をしてくれているのだろう。ただそれが少し尖っているのが二人らしいとも言える。
「そうみたいだな。俺もこれからは自分の寝相は気をつけるつもりだ。あと、鬼兎火。言うのが遅れちまったが……悪かった」
そう言って魁が鬼兎火に向かって頭を下げた。
頭を下げながら、魁はつくづく痛感していた。
ーー自分が鬼兎火に対して本当に言うべき言葉は、この言葉だったのだと。
もちろん、自分が他に抱いていた気持ちを言うことも大切だった。けれど今はそれよりもこの言葉が鬼兎火に対して言うべき何よりの言葉だったと思う。自分はこれを真の意味で言うまでに、途方もない時間を費やしてしまった。
この間、怪我を負わせてしまった事に対しても、そして人間だった時の鬼兎火を死なせてしまった事に対しても自分は鬼兎火に謝罪をしなければいけなかったのだ。
今、自分から頭を下げられた鬼兎火からすれば、純粋にこの間の事を魁が謝っているのだと思っているだろう。
だからこそ魁から頭を下げられた鬼兎火は、
「大きい怪我なんて本来、私たちにとっては日常茶飯事でしょう? 別に怒っていないから気にしなくて良いわ」
と苦笑を浮かべている。
彼女が記憶を持っていないのだから、これ以上の言及はできない。
むしろこの場で話すには時間が無さすぎる。
そのため魁は頭を上げて、鬼兎火の言葉を甘んじて受けた。
「ああ、ありがとな。鬼兎火」
魁が再び鬼兎火に謝るときは、彼女が自分と同じように人であった記憶を思い出してからだ。
そう思いながら鬼兎火に対し、魁は親愛の籠った笑みを浮かべた。




