恐るに値しない
衝突の衝撃は全身を雷で撃たれるような強さだ。
けれどその衝撃など恐れるに値しない。
目の前で大槍を振るう魁を相手に魑衛は己の刃を向けていた。魁から放たれる雷の刃を魑衛は刀で斬り捨てていく。それこそ魁が放つ雷の速さは光速であり、全てを斬り捨てる事は容易ではない。しかし魑衛はそれを余さずに斬り捨てる。
自分の背後には守るべき瑠璃嬢がいる。
瑠璃嬢たちの前には鬼兎火と魅殊は付いているが、大事な、大事な瑠璃嬢を二人に任せたままにはしたくない。しかも鬼兎火と魅殊は瑠璃嬢たちを守りながら、陰陽院内に防衛として配置されていた数多の式鬼神を屠っている状況でもあるから尚の事だ。
魑衛たちは櫻真と魄月花からこれまでの事を聞き、そして自分たちの事も話してから陰陽院へとやってきていた。
陰陽院の正門に魑衛たちが一歩入ると、そこには数多くの式鬼神たちと魁が待ち構えていたのだ。ここで全員が足止めさせるのを防ぐため、魑衛、鬼兎火、魅殊、瑠璃嬢、蓮条、儚が残り、他の人たちを先へと進ませたのだ。
式鬼神の数の多さには反吐が出るが強さとしては、どうという事はない。
問題なのはその式鬼神と共に配置されている魁だ。魑衛が見たところ、今の魁は自身で保有する声聞力を使い動いている。魁の保有する声聞力自体は少ない。だから直ぐにでも声聞力の底付きは起こるだろうが、その間に放たれる攻撃が瑠璃嬢に向かっては大惨事だ。
今の瑠璃嬢は自分との契約で得ていた加護を全て魑衛へと返上しており、隣にいる儚と変わらない人間の耐久力しか持っていないのだから。
魁の攻撃を喰らえば、一溜まりもないだろう。
だからこそ魑衛は自分の技倆に掛けて、魁の攻撃を全て斬り捨て、尚且つ魁へと接近せんとしていた。例えそれが一進一退でも、魑衛はそれを貫きたかった。
後方で魑衛を見る瑠璃嬢もそんな魑衛の気持ちを汲んでいた。
雷の閃光を斬り捨てた瞬間に、魑衛の首の皮スレスレを魁の大槍が掠め去っていく。
あと一歩、魑衛が踏み込んでいたら大槍の刃が魑衛の首を刎ねていただろう。
その可能性を頭の中で想起した後で、いや、自分が今の魁に首を落とされるはずがないと考え直した。
無論、目の前にいる相手は自分を敵と見做し排除しようとしている。そこに一切の手加減などなく、己の力ある限りをぶつけて殺そうとしてきているのだ。
(……ふざけているにも程がある)
魑衛は以前から魁との真剣勝負を望んでいた。
形而的に言えば、今がそうだとも言える。けれど本当にそれは形だけだ。
例え放たれる攻撃が手加減なしの力だとしても、木偶の坊では今の自分を相手にするのに役不足である。
だからこそ、魑衛が容赦ない一撃で魁を叩き起こす必要がある。
いや叩き起こすのだ。陰陽院の術式にハマり、己を失った軟弱者に喝を入れる為に。
魑衛の放った刺突が魁の肩を貫通する。肉を裂き、骨を砕く感触。刀越しだろうがその感触は魑衛の五感に伝わってくる。
けれどその感触が例え一秒にも満たない刹那の時だったとしても、余韻に浸るわけにはいかない。素早い動きで魑衛は刀を引き抜く。
けれどその瞬間に引き抜いた刀の刃を魁が、もう片方の手で掴んできた。
掴んだ魁の手から大量の血がボタボタと溢れ落ちる。
魑衛は躊躇わず、刀を掴んだ魁の手ごと斬ろうとした。けれどそれを魑衛がするよりも早く、魁が魑衛の顔面へと強烈な頭突きを食らわせてきた。
身体を強化した魑衛の肉体だ。いくら従鬼の頭突きを食らおうが、ダメージを受ける柔な体ではない。けれど頭突きを受けた瞬間に隙ができた。
その隙を魁が見逃さず、魑衛の刀を握っていた手で魑衛の首をへし折ろうとしてきた。
魑衛は自由になった刀で、自分の首を絞める魁の腕を瞬時に斬り飛ばす。
それと同時に魑衛は魁の胸に向かって、強烈な蹴りの一撃を食らわせた。
加護を二倍にしている魑衛は、従鬼の中で一番の力を誇る魘紫にも引けを取らない。その力で蹴り飛ばされた魁は勢いよく後方に飛ばされる。
その間に魑衛は態勢を整え、蹴り飛ばした魁の元へと突貫する。
あの一撃で魁を仕留められたとは思わない。それこそ蹴りでは、魁を叩き起こす事は不可能だ。そう考えて魑衛は魁が体制を整えるよりも早く決着をつけるため疾駆した。
そして地面に激突し、敷き詰められていた石畳を巻き上げながら、倒れている魁へと斬撃を食らわさんと、刃を下段に構えていた刀を振り上げ、振り下ろす。
魑衛の刃から強烈な斬撃が繰り出される。
けれどその魑衛から放たれた斬撃を直撃寸前の所で、身体を横に転がし避けてきた。
「木偶の坊の分際で小癪な動きをしてくれる!」
瞬時に刀を切り返し二発目の斬撃を魁へと放つ。
魁が大槍を片手で回転させ、魑衛の斬撃を往なす。けれどそんな魁へと魑衛は容赦無く攻撃を加える。魑衛の斬撃を受ける度に魁は少しずつ後ろに押されていく。
魑衛から放たれる斬撃を防ぐ事で手一杯になっているらしい。
(もはやここまでか……)
防戦一方の姿を見せる魁を魑衛は、冷静に観察していた。
少しは自分の声聞力で攻撃を放てたとしても、魁が保有する声聞力では最初に放った攻撃ですぐに底は尽きる。あとは主からの供給に頼る他ないが、その主である儚との回路は絶たれている。そして櫻真と共にいた佳たち曰く、魁の主となっている穂乃果は自身の声聞力が底を尽き、とても魁に供給できる状態ではないらしい。
つまり今の魁は孤立無援の弾切れ状態ということだ。
魑衛はこの最初から分かりきっていた戦いに終止符を打つべく、呼吸を整える。
「ーー安心しろ。すぐに貴様をその下らん呪縛から解放してくれよう」
静かな声音で魑衛がそう言うと、少し離れた所にいる瑠璃嬢の方へ視線を向ける。瑠璃嬢に自分の表情が見えているかは分からない。
けれど自分が振り返った瞬間に、瑠璃嬢が首を頷かせてきた。そして頷いてから、瑠璃嬢が一枚の護符を魑衛に投擲してきた。
自分に向かって飛来する護符に、自身が手にする刀を当てる。
護符が刀身に触れた瞬間、瑠璃嬢が用意した浄化の術式が魑衛の刀に宿る。
ただの術式ならば魑衛単独でも斬る事はできる。けれど今回、魑衛が斬ろうとしているのは鬼絵巻の力を使用した術式だ。普段の術式のようにはいかないだろう。
そのため瑠璃嬢からの助力を受け、魑衛は刀を青眼に捉えた。
そして呼吸を整え、浄化の力を宿した刀を魁へと振り下ろす。
もはや先ほどの魑衛の攻撃を受け切った段階で限界を迎えた魁に、魑衛による最後の一手に抵抗する事も不可能となっている。
振り下ろした刃が無抵抗な魁の身体を斬りつける。
刃が魁の身体を走った瞬間、魁の身体から血が溢れ出した。衣服を染める鮮血が地面を汚す。
しかしその血が辺りを濡らすのと同時に、魁を縛っていた術式が浄化されていく。
どうやら無事に魁を紫陽の術式から解放することができたらしい。
魑衛がそれを伝える為、もう一度瑠璃嬢たちの方へと向く。すると魑衛の意図を読み取った瑠璃嬢が儚に声を掛け、儚が一目散に魁の元へと走ってくる。
その姿を見たあと、魑衛は血溜まりを作りながら地面に倒れる魁へと視線を向けた。
魁は薄っすら目を開けていて、意識はあるようだ。
「血は出ているが傷口は浅い。貴様の主に治して貰え」
魑衛が魁へとそう言い放ち、儚と交代するように瞬時に瑠璃嬢の元へと向かう。
魁の呪縛を斬り終えたとしても、蠢く式鬼神たちが居なくなった訳ではない。魑衛は鬼兎火や魅殊に加勢し、式鬼神たちを次から次へと斬り捨て始めた。




