ピースサイン
けれどそんな彩香を含む四人の疑問は、次の瞬間に解消された。
「高天の原に神留ります 神魯岐 神魯美の命以ちて 皇御祖神伊邪那岐命 筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に 禊祓い給う時に生れませる祓戸の大神達 諸々の禍事罪穢を祓い給い清め給えと白す事の由を 天津神・国津神・八百万の神達共に聞し食せと恐み恐み白す。六根清浄、急急如律令!」
浄化の祝詞と共に青い手に無数の「封」という文字が刻まれていく。文字を刻まれた青い手は抗う術もなく、そのまま白光に包まれて消滅していく。
消滅した光の中から現れたのは、藤の従鬼である第六従鬼の魅殊だ。
そしてその魅殊と共に、結界内に閉じ込められていた菖蒲たちが次から次へと姿を表した。
結界内に閉じ込められていた菖蒲たちが出たのを確認した魄月花が、
「よしっ! 一気に畳み込むぞ!」
最後の鬨の声を上げた魄月花に合わせて、櫻真たちがそれまでの制限を辞め、一気に術式の力を一気に強める。
するともう既に綻んでいた結界が瓦解するのは、あっという間のものだった。
櫻真たちが遊魂剥離の術を完全に破壊すると、外に広がっていた瘴気も一気に霧散する。
これで関係ない人たちに被害が出る恐れもない。櫻真たちはホッと安堵の息を吐きつつ、結界に閉じ込められていた菖蒲たちの元へと駆け寄る。
「みんな、大丈夫?」
駆け寄りながら、櫻真が結界内に閉じ込められていた人たちに声を掛ける。
「怖かったけど、百合亜たちは大丈夫だよーー! あのね、あのね、櫻ちゃん! 魘紫が百合亜たちの所に戻ってきたのーー!」
櫻真の声にいち早く声を上げたのは、公園内の芝生の上で跳ねる百合亜だ。そして百合亜の横には魘紫が立っていて、櫻真へとピースサインを向けてきた。
近くに藤も魅殊の横で少し涙目になっているものの、櫻真に向かって愛らしい笑み浮かべてくれた。
そんな百合亜たちの横には、芝生の上で座っている瑠璃嬢と蓮条の姿があり、安堵の表情を浮かべている。
「やっぱり結界内でも色々とあったんやな」
櫻真が座る二人の方にも声を掛ける。すると蓮条が頭をコクンと頷かせてきた。
「突如として入ってきた葵の所為で散々やったわ。密室にも関わらず邪鬼の大群を放しはるし、いきなり青行燈が現れるわで」
「確実にアレは姉さんの仕業だから」
「しかもその質がなんとも悪質なのよね」
瑠璃嬢に続いて口を開いたのは、手に持っていた刀を消した鬼兎火だ。
「あの者が質の良かった試しはない。そうだろう? むしろ外にいた者たちが動くのであれば、䰠宮葵の助けなど必要なかったかもしれん」
魑衛も怪訝な表情で鼻を鳴らしている。
櫻真の足元にいる百合亜たちも「葵ちゃん、酷いよねぇ」「意地悪」などと唇を尖らせている。
この姿を見ても、結界にいた人たちが相当大変だった事は容易に想像できる。
櫻真が蓮条たちを見て苦笑を浮かべていると、
「ーー櫻真の方はどうなん?」
蓮条が心配そうな表情で櫻真へ尋ねてきた。直ぐに蓮条が自分を気遣っているのが分かった。
(いや、蓮条が心配しないなんてあるわけないか)
普段から蓮条は世話焼きで、自分の方が兄だと自称しているくらいなのだから。
その蓮条が櫻真の事を心配しないはずがない。
「俺の方も大丈夫。まだ色々な問題が残ったままやけど……俺なりに覚悟は決まったから」
櫻真が自分を心配する蓮条に答えると、蓮条の横にいた瑠璃嬢も口を開く。
「まっ、そうなんだろうね。じゃなきゃ、櫻真が陰陽院の奴らと一緒に居るわけないし」
瑠璃嬢の視線の先にいるのは、芝生の上で寝かされた夜鷹の元に駆け寄る隆盛たちだ。
そしてその隆盛たちに菖蒲が状況を説明している。
「確かに櫻真が祝部たちと一緒に居たのには驚いたけど、でも櫻真の気持ちが落ち着いたのは良かったと思う」
蓮条が隆盛たちを一瞥してから、櫻真の方を見て苦笑を零す。
しかしその蓮条が直ぐに視線を下げてきた。
「蓮条、どないしたん?」
急に顔を下げた蓮条に今度は櫻真が尋ねる。
「ーーいや、結局俺は何もできへんかった、と思って」
「蓮条がそんな事を思う必要あらへんよ。今は無事に帰ってこれはったからええけど、一歩間違えれば死んでしまうくらいの状況やったんやから」
「櫻真君の言う通りよ、蓮条。蓮条だって自分のできる事をやっていたんだから」
櫻真の言葉に続いて、鬼兎火も視線を下げる蓮条に声を掛ける。
けれど蓮条には何か思う所があるのか、櫻真たちの励ましに頷きはしなかった。
(蓮条、どないしたんやろ?)
櫻真が少し元気のない蓮条を心配していると、
「ーー櫻真、ちょっとええか?」
表情を強張らせた菖蒲が声を掛けてきた。
「えっ、あっ、はい」
表情の硬い菖蒲に声を掛けられ、櫻真が少し狼狽しながら首を頷かせる。するとそんな櫻真に対して、菖蒲が深々と頭を下げてきた。
「櫻真、すまん。僕の判断が至らないばかりに櫻真を傷つけてしもうた」
そう言って櫻真に頭を下げ続けている菖蒲に対し、櫻真はさらに狼狽する。
「菖蒲さん、頭を上げはって下さい。俺は菖蒲さんを怒ったりしてません。むしろ俺の方も菖蒲さんに八つ当たりしてる所があって……だから、菖蒲さんが謝る必要なんてないです」
慌てた声を出し、櫻真が菖蒲に頭を上げさせる。
しかし頭を上げた菖蒲はまだ苦渋の顔を浮かべていた。
「僕は小さい頃から櫻真を知っとる。櫻真が仲良くなった桜鬼の真相を聞けばどれくらい傷つくかも想像がつく。それで僕は櫻真……というより桜鬼に鬼絵巻を集めさせなければ櫻花が出てくる事はない、って甘い見積もりをして真実を話す事を怠った。簡単に言えば判断を間違えたんや。だから僕には櫻真に謝る必要がある。すまん」
硬い表情の菖蒲が再び櫻真に謝ってくる。
その菖蒲を見て、櫻真の口から思わず苦笑が溢れてしまった。
(ホンマに菖蒲さんは、真面目でええ人やな)
どんなに櫻真が謝らなくて良いと言った所で、菖蒲はそれで納得はしないだろう。菖蒲は自分の非を認めず、見て見ぬ振りができる人ではない。
櫻真はそんな菖蒲の人柄を知っている。
だからこそ、櫻真は口を一度結んでから再び口を開いた。
「ええですよ。その代わり菖蒲さん、俺はこれから桜鬼を迎えに行きたいって思ってます。それに力を貸してくれませんか?」
櫻真が菖蒲の顔を真っ直ぐに見て尋ねる。
視線の先にいる菖蒲は驚いたように目を見開いてきた。けれど直ぐに表情をいつもの冷静なものへと戻し、首を頷かせてきた。
「勿論や」
「ありがとうざいます」
櫻真が菖蒲に笑みを浮かべると、それにつられるように菖蒲も笑みを浮かべてきた。
そこへ、やれやれと言わんばかりの表情で桔梗が椿鬼、儚と共にやってきた。
近くに姿がない、と思っていたが……どうやら桔梗は結界から脱出してすぐに葵の気配を追っていたらしい。
「この辺りで気配を探ってみたけど、やっぱり葵の奴はいないね。逃げられてしもうた。って菖蒲ちゃんは櫻真君との蟠りが解けはったん?」
櫻真と菖蒲の顔を交互に見て、桔梗が笑みを浮かべてくる。
察しの良い桔梗は、櫻真たちの様子を見てすぐに状況を判断したらしい。そんな桔梗に対して菖蒲が頭を頷かせる。
「そんな感じやな。しかも桜鬼を迎えに行くっていう宣言付きで」
「へぇ。それはええことやね。それこそ櫻真君が迎えに行ったら、案外あっさり桜鬼が戻ってきはるかもね? それこそ、あの性悪オッドアイも悔しさのあまり歯軋りするやろうし」
桔梗が冗談とも判断つかない言葉を言いながら、満面の笑みを浮かべてくる。
「桔梗の奴が意地悪そうに思われるのって、こういう所が原因だよね」
笑う桔梗を見て瑠璃嬢が肩を竦めさせる。
「悪く見られて結構。僕はやられたからにはきっちり返すのが主義やから」
「まぁ、その気持ちは分からなくはないけど」
桔梗にそう返してから、瑠璃嬢が桔梗と共に来た儚の方へと視線を向ける。
「儚の方は、もう動いて大丈夫なわけ?」
「うん、ウチの方は平気。そうやなかったら瘴気を払えへんやろ?」
「まっ、平気なら良いけど」
口元に笑みを浮かべた儚に対して瑠璃嬢が小さく頷き返す。
するとそんなやり取りを黙って見ていた魄月花が口を開いてきた。
「何はともあれ、このタイミングで菖蒲達が戻って来れたのは良かった。桜鬼たちの所に乗り込むにしても、菖蒲たちが居てくれた方が良いしな」
「魄月花一人で敵陣に乗り込むなど蛮勇でしかないだろうな」
「おっ、魑衛。言ってくれるな〜? でもお前らが外に出れたのはあたしの尽力もあってって事を忘れるなよ?」
「ふん。恩着せがましい奴だ」
「まぁまぁ。下らない言い合いはそこまでして。一度、休みましょう。お互いの状況を確認しないといけないし」
「私も鬼兎火の言葉に同感です。ここで小さい事を言い合う前に主たちを休ませるのが先決でしょう」
魄月花と魑衛の話し合いに鬼兎火と椿鬼が割って入る。
鬼兎火たちの言う通り、ここにずっと居続けるわけにもいかない。
そのため櫻真は少し離れた所にいた隆盛たちに声を掛け、その場を後にした。




