↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼絵巻 〜恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第11章 〜夢の終わり〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

382/401

何も知らないまま

 頭が妙にボヤけている。視界が明確ではなく、いつもボケた風景が広がっていた。

 夢な気がした。きっと夢だろう。これまでに魘紫はこんな感覚になった事はなかった。

 だから今見ている夢は、凄く長い気がした。そして詰まらない。美味しい物が食べられるわけでもなく、楽しくもない。

 いつも遊んでいる百合亜、藤、魅殊の姿が見えない。何処を見ても何処を見ても魘紫の視界に仲良い三人の姿が見当たらないのだ。

 どうして、自分だけ一人でいるのか? そう思うと魘紫はかつてない程の心細さに襲われてくる。こんな物寂しい気持ちになったのはいつ振りだろう? もうずっと遠い記憶のような気がする。そうもう自分では思い出す事ないほどの遠いーー……。

 このままこの詰まらない夢から覚めなければ、百合亜たちとの記憶もそうなってしまうのだろうか? 思い出せない記憶になってしまうのだろうか?

(嫌だ! そんなのは嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!)

 魘紫は夢の中で必死にもがいた。

 もう自分はこんな視界がボヤけている世界に居続けるのは嫌だと。

 けれどどんなに魘紫が大きい口を開けて叫んでも、自分の声すらこの世界は反響してくれなかった。何故、自分はこんな所に来てしまったのだろう?

 百合亜と喧嘩してしまったからだろうか?

(ーーちぇっ。あんな詰まらない喧嘩なんてしなきゃ良かった)

 喧嘩しなければ、こんな所で自分は一人にならなかったのに。

 百合亜の学校で出されるチョコパンは美味しい。初めてあのチョコパンを食べたとき、魘紫は凄く感動した。こんなに甘くて美味しいものがこの世にあるのかと思ったくらいに。

 けれどチョコパンは、毎日出るものではない。

 だからこそ、百合亜と喧嘩してしまったのだ。

 美味しいものはお腹が膨れるまで食べたい。だから百合亜が自分にチョコパンをくれるまで駄々を捏ねてやる。そう魘紫は憤っていた。

 けれどその結果が、これだ。

 チョコパンに拘ったが為に、自分は百合亜たちと遊べなくなった。大きい声で笑えなくなった。そう、それこそ喧嘩すらできなくなってしまった。

「うっ、うっ、うわぁあああああああああああああああああっ!」

 声の反響しない世界で魘紫は大きな声で泣いた。

 目から大粒の涙が溢れ出てくる。鼻から大量に鼻水も出てくる。それなのに声を上げているはずの口が震えない。音が出ない。自分はこのままこの静かな世界に潰されてしまう。

 怖い、怖い、怖い。いや怖いと思えている内はまだ良い。マシだ。

 これよりも一番怖いのは、怖いと思うことすら分からずに消えていくことだ。

 何も知らないまま消えていくことだ。

 魘紫はそれが一番不運である事を知っている。だからこそ今はそれら全てを出そうと決めているのだから。

 もう何も知らずに消えていくのは嫌だ。

 その気持ちを精一杯に出そうと魘紫が手を正面の方へ伸ばす。

 何かの確証があったわけじゃない。ただ前に出すことで先に進めるような気がしただけだ。

 進むなら後ろではなく前が良い。

 魘紫は顔を涙で濡らしながら、手を伸ばし続けた。

 そしてそんな魘紫の耳に、先ほどまで届いて来なかった音が微かに聞こえてきた。

「ああああ〜〜! 怖いよ、怖いよぉーー!」

 わぁと泣きながら、恐怖する百合亜の声だった。

友達であり主である百合亜が泣いている、怖がっている。ならば、自分は一刻も早く百合亜を助けなければいけない。こんな所で自分が泣いている場合ではない。

 泣き腫らした顔を引き締め、魘紫はただ闇雲に百合亜の姿を追うために顔を動かす。

『ええ、ええ、そうよ。起きなくちゃ』

 魘紫の気持ちに答えるように、別の声が魘紫の耳に聞こえてきた。

「起きる! 起きる! どうやったら、俺は起きれるんだ?」

『簡単よ。ただ泣いてる声に向かって走れば良い。韋駄天の貴方なら走り切る事が可能でしょう?』

 魘紫を茶化しているのか、鼓舞しているのか、どちらとも付かない声色でそう言ってきた。

 そしてその声に魘紫は頷いた。

 不思議と今なら地べたのないこの空間でも走れる気がした。

(早く百合亜を助けてやらねぇーと)

 百合亜の泣き声は背後から聞こえた。すぐさま魘紫は方向を変えると、一切の迷いなく百合亜の泣き声に向かって走り抜ける。暗い中を。何の目印もない所を魘紫は走る。

 泣いている百合亜を助けるために。

 けれどその走る魘紫を背後から蠢く闇が追って来ている。

 あの闇は魘紫を元の場所に連れ戻さんとする闇だ。あの闇に捕まってしまえば、もう二度と百合亜たちと会えないだろう。魘紫は直感的にそう思い、恐怖に足元を掬われそうになる。

 しかしそんな恐怖を魘紫は頭を振って、知らないフリをした。

 ここで自分が足を止めてしまえば、百合亜には会えない。泣いている百合亜を助ける事はできない。喧嘩の仲直りだってできない。

(そんなのは嫌だ!)

 魘紫は、自分の限界を突破するような気持ちで足を動かし続けた。そしてそんな魘紫の前に大きな朱色の門が見えてきた。

 門の大きさは、魘紫が仰ぎ見ても天辺が見えない程の大きさだ。

「あそこだ。あそこに百合亜がいるんだ!」

 走る魘紫が独り言を呟く。

 巨大な朱色の門は固く閉じられているが、魘紫は何も考えなかった。

 門が閉じられていようと魘紫には関係ない。ただ自分はこの速度で走り続け、門の先へ行くだけだ。開かないのなら、その門に向かって突貫するだけなのだから。

 魘紫は速度を落とさず、門へと走る。

 すると門は魘紫が衝突するか、しないかの寸前で音もなく開いた。魘紫は開いた門の先へと足を踏み入れる。踏み出す。

 すると足を踏み出した瞬間に、意識が一気に鮮明になった。さっきまで心許なかった五感が全て回復し、クリアになる。

 とても不思議な感覚だが、自分がようやく自分に戻れたような感覚だ。

 しかしそんな魘紫を出迎えたのは、とても臭くて嫌な臭いと、魑魅魍魎の気配と暗闇。

(せっかく出られたのに、また暗い所かよ)

 どうせなら明るい場所に出たかったと思いながら、魘紫は恐怖で涙する百合亜の元へと瞬時に向かった。暗闇の中で泣く百合亜の前に立つ。

 先ほどの暗闇に比べれば、今の暗闇なんて暗闇ではない。五感の戻った魘紫の視界には、桔梗の腕の中で泣く百合亜の姿がはっきり捉える事が出来ていた。

 百合亜の前にやって来た魘紫の背中に、ドロっとした液体が背中に掛かった。

 けれどその液体が何なのか気にするよりも先に、桔梗の腕を掴む無数の手を見た。

 桔梗の腕の中には泣いている百合亜の姿がある。

(この手が、百合亜を怖がらせる悪い手だな!)

 百合亜を泣かす奴は許さない。そう思いながら魘紫は無数の手に向かって掌打した。

 魘紫の掌打を受けた無数の手が一瞬の内に四散する。

 室内が大きく揺れた。ひっきりなし百合亜たちを襲っていた悪霊たちの動きが止まる。

 その瞬間に暗かった部屋に、橙色の光が室内を照らしてきた。

 八つの蝋燭からなる結界が展開され、部屋に侵入してきた魑魅魍魎たちが一気にその姿を消してきた。

 八つの蝋燭の光は想像以上に明るい。その明るさに魘紫が内心でホッとしていると、そんな魘紫に百合亜が口を開いてきた。

「魘紫! 魘紫が助けてくれたのーー?」

 まだ目に沢山の涙を溜めたままの百合亜が、魘紫の顔を凝視してきた。そんな百合亜に対して、魘紫は大きく頭を頷かせる。いつもの魘紫ならば自分の活躍を得意気にする所だが、今は百合亜と喧嘩してしまった事が頭を過ぎり、モジモジとしていた。

 するとそんな魘紫に気づいてか、百合亜がニッコリと笑みを浮かべてきた。

「魘紫! 百合亜、もう怒ってないよ! だから仲直りしよ! ごめんね」

「俺も、俺の方こそごめん! ごめんな、百合亜!」

 百合亜に対して謝った瞬間に、魘紫の瞳から涙が溢れた。

 またこうして百合亜と話せるのが嬉しい。こうやって百合亜と仲直り出来たのが嬉しい。

「うん、いいよ!」

 いつもの調子で百合亜が元気よく許してくれる。

「へへ。許してくれてありがとな!」

 魘紫も百合亜につられる様に満面な笑みを浮かべる。

 つい先程までの窮地の空気が一変し、百合亜と魘紫の間に穏やかな空気が流れる。

 けれど、他の者たちがその空気に当てられる事はなかった。

 何故なら、この場にいた殆どの者が驚きと混乱と怒りに震えていたからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポイントを頂けると、とても嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。