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鬼絵巻 〜恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第11章 〜夢の終わり〜

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呪われた縁

日曜日の夜、䰠宮家では状況が大きく動いていた。

「良かったは良かったが、何がどうなってんだ?」

 䰠宮本家の一室で魄月花は胡座をかきながら、腕を組んでいた。

 魄月花の前には、布団に寝かされた儚の姿があった。

 眠る儚には自宅に呼んだ看護師によって、栄養剤の点滴が打たれている。処置をしていた看護師もつい先ほど帰り、部屋には静けさだけが残っていた。

 儚は丁度一時間ほど前、䰠宮家の庭先で倒れているのを女中の一人が発見したのだ。

 助け出そうとしていた儚が本家の庭先に現れた事に、魄月花はまず驚喜し、櫻真は静かに安堵していた。

 倒れていた儚の状態は、軽度の栄養失調と体の数カ所を怪我していたが、命に関わるものはなかった。まさに不幸中の幸いだろう。

 とはいえ、魄月花はどうやって儚がここまで辿り着いたのかが疑問だった。

 魄月花は昨日からずっと儚の行方を探していた。

 遠夜の嗅覚を使い陰陽院内を探し回ったが、儚を見つけ出す事は出来なかったのだ。

 儚が見つかったのは良い。けれどそれで万事良しには出来なかった。

 無事に保護できた事に対する安堵の後に、儚がどうやってここまで来たかの経緯が重要になっていた。この状態の儚が自力で䰠宮家に逃げ帰ってきた可能性は低い。それを踏まえて考えると、どうしても魄月花の頭には嫌な筋書きが浮かんでしまう。

 ーー契約書を奪われ、用無しになった儚が紫陽たちによって解放された。

 少し考えただけでも、口から溜息が出そうになる。

 儚が帰って来られた事だけを素直に喜べないのが、何とも世知辛い。

 しかし一番あり得る可能性は敵による解放なのだ。

真相を知りたいが、それを知っている儚は疲れ果て眠っている。

 魄月花は胸中に跋扈する、焦ったい気持ちを霧散するようにその場から立ち上がった。

 あのままあそこに居ても、気持ちがモヤモヤするばかりだ。

 そしてその自分の気持ちを発散するために、儚の眠りを邪魔したくはない。

(菖蒲とも連絡が取れないしな……)

 霊的交感で菖蒲に儚の事を伝えたいが、今は結界内にいる菖蒲と繋がらない状態だ。

 とはいえ、自身の探知で遊魂剥離の術が消滅していないのは確認済みだ。

(菖蒲たちがまだ無事なのが、せめてもの救いだな)

 廊下を歩きながら魄月花は櫻真の部屋を通り、そっと部屋を覗いてみた。

 部屋の中は電気が点いておらず暗くなっている。けれどそこに櫻真がいる気配はあった。

「儚は点滴を打たれて眠ってる。看護師の話だと睡眠剤も打ったから、起きるのは明日の朝くらいだろうってさ」

「……そっか。なら良かった」

 ベッドで横たわっていた櫻真から、簡素な言葉が返ってくる。

 けれどその言葉に続くものはない。

そんな櫻真に対して、魄月花は何か言おうと思った。しかしそう思っても魄月花自身、櫻真になんて声を掛ければ良いのかが分からない。

 櫻真が桜鬼に対して複雑な心境を抱いているのは分かる。

 けれどその心境の詳細が分からないのだ。

(うーん、困ったもんだ)

 櫻真の部屋をそっと後にして、魄月花は思わず肩を竦めた。

 今の櫻真の心境を理解していない自分が下手に声を掛けるわけにもいかない。無知のまま言葉を浴びせると、時として相手を傷つける事になってしまうからだ。

「取り敢えず、あたしはあたしのやれる事をやるしかねぇーか」

 独り言を呟き、魄月花は息を吐き出した。

 菖蒲から頼まれた「儚の救出」は予期せぬ形で達成されてしまった。紫陽の手中にある鬼絵巻は、魄月花の役割故に手を出すことはできない。

 そのため魄月花が後やれる事は紫陽の動向を観察しながら、菖蒲たちを救出することだ。

 魄月花は静かに自分のやるべき事を纏めながら、ふと窓の外を見た。

 空には薄雲に光を遮られた月が見え隠れしている。その月を見ながら魄月花はしみじみとこれまでの自分を追想してしまった。

 他の従鬼とは違い、自分には最初からの記憶がある。

 理不尽な悲劇から始まった復讐の怨嗟。そしてそれに縛られ続ける自分たち。

 考えると、ほとほと嫌気が湧き出てくる。

 けれど魄月花はそれを嫌に思っても、憎むことはできなかった。

 この呪れた縁があったからこそ、自分は体験し得なかった事を体験しているのだから。

 勿論、その中には楽しいこと、嬉しい事だけではない。辛い事だってある。当然だ。従鬼という歪な形であれ、自分たちは日々を過ごしているのだから。

 徐に見上げた月を見て、魄月花が感傷に浸っていると……

『魄月花、聞こえるか?』

 これまで霊的交感が途絶えていた菖蒲の声が聞こえてきた。

 妙に間の悪い菖蒲に対し、魄月花が苦笑を零しつつ菖蒲の声に反応を返す。

 そして菖蒲に儚が戻ってきた事を報告した。



 月曜日の朝。

 櫻真は静かに学校に行く準備をしていた。

 桜子や浅葱からは学校を休む事を勧められたが、櫻真はそれに首を振った。

 前の様に気分が悪いわけでもないし、家に居ても特にやることがない為だ。それに一人で部屋に居たら、途方もない事を考えてしまいそうだった。

 櫻真は心配そうにする桜子を横目に、学校へと向かった。

 背後に霊体化した魄月花の気配もする。

 恐らく魄月花が同行するという事で、桜子たちも櫻真が登校する事を認めたのだろう。

 もう既に学校には、多くの生徒が登校していた。登校する櫻真に気づくと、周りの生徒が興味深そうに櫻真の顔を一瞥している。

 救急車がやって来たのだから、学年問わず生徒の間で騒ぎになったのだろう。

 けれど学校で倒れた、という状況以外の情報はないため、櫻真の顔を見るくらいしか反応が取れない様子だ。

 いつもなら生徒に注目されるのは苦手だが、今はあまり気にならなかった。

 櫻真は生徒たちからの視線を浴びながら、教室へと入る。櫻真が教室に入ると、一気に生徒たちの視線が櫻真に向かった。ほんの一瞬だけ生徒同士の話し声も止んだ。

 櫻真に声を掛けようか迷っている様な空気。そしてその空気を最初に破ったのは、櫻真が倒れた日に、一緒に学校へと来た守だった。

「櫻真! もう体調は大丈夫なん? ごめん。俺、櫻真が倒れてはるくらい体調悪いと思わへんかったから……」

 櫻真を学校に連れて来てしまった事を気にしているのか、守が申し訳なさそうにしている。

「守が謝る必要なんてあらへんよ。自分の体調を無視して学校に来たのは俺なんやから。心配してくれて、ありがとう」

「でも、ホンマに今日は大丈夫なん?」

 守にお礼を言っていた櫻真に、雨宮が横から声を掛けてきた。

「うん、土日でゆっくり休んだから。雨宮もありがとう」

 苦笑を浮かべて答えると、雨宮が徐に櫻真の肩を叩いてきた。

 肩を叩かれた櫻真が目を瞬かせて呆然とする。

この肩叩きに一体どんな意味があるのだろう?

「雨宮、何で櫻真の肩を叩きはったん? 叩かれた櫻真も戸惑ってはるやん」

「俺は激励のつもりで肩を叩いたんよ。目立つのが嫌いな櫻真を考えると、ホンマによう来たなって」

「……雨宮の言葉ってフォローになってるのか、なってへんのか分からへんわ」

 雨宮の言葉に守が呆れた表情を浮かべている。

 そんな二人のやり取りを見て、櫻真は少しだけ気持ちが明るくなった。

 やはり学校に来たのは正解だったと思う。そんな事を櫻真が考えていると、教室にいた女子がはしゃいだ声を上げてきた。

「千咲ちゃん、䰠宮君が来たで。䰠宮君が来てくれて良かったな〜」

 一人の女子の言葉に続いて、他の女子も似たような黄色い声音で部活動を終え、教室に入ってきた千咲を取り囲んでいる。

 千咲は取り囲んできた女子に苦笑を浮かべつつ、櫻真の方を一瞥してきた。

 そして櫻真と目が合うと、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべてくる。

 千咲の周りにいる女子は、千咲を小突きながら「話さへんの?」と茶化し続けていた。

 そんな少女に対して、櫻真が思わず眉を顰めさせる。

 どんな心境で千咲が自分に笑みを浮かべてくるのか理解ができない。生徒に囲まれて恥じらう千咲は、自分を嗾けた時の少女と同一人物の様に思えない。

 櫻真の視線には、千咲が得体の知れない誰かにしか見えなくなっていた。

「櫻真。少し廊下に出はる?」

 櫻真から流れる強張った空気を感じ取ったのか、雨宮が尋ねてくる。

 雨宮からの提案に櫻真は静かに頷いた。

 周りの女子に煽られて、その気分のまま千咲から話し掛けられても、櫻真は上手く答えることができないだろう。

 櫻真が雨宮や守と共に廊下へと避難しようとした。

 するとそんな櫻真にクラスの男子、下北が口を開いてきた。

「䰠宮も逃げはることないやん。もしかして照れてとんの?」

 下北が櫻真へと声を掛けた瞬間に、周りにいた男子がニヤニヤとした笑いを浮かべてきた。話し掛けてきた下北も口元は笑っている。だが目は少しも笑ってはいなかった。

 下北が櫻真をよく思っていないのがすぐに分かる。

(似てはる……)

 櫻真を見る下北の視線が紫陽のものと。

 だからこそ櫻真の中で、下北と紫陽の姿が重なり、無意識の内に櫻真は下北を睨み返していた。櫻真の胸の内から怒りが沸々と込み上げてくる。

「ーー別に俺は祥さんと話す事なんてあらへんから」

 下北を睨んだまま櫻真が棘のある声を出す。

 櫻真が口にした言葉に教室中がシンと静かになった。そしてその櫻真の言葉には女子に囲まれていた千咲も驚きと困惑の表情を浮かべている。

 教室中に満ちる張り詰めた空気に、生徒たちが動揺していた。

しかしその動揺の中から真っ先に抜け出したのは、櫻真の視線の先にいる下北だ。

「はっ? その言い方なに? なんなん?」

 低い声音で下北が櫻真を凄んできた。

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