三つ目の怪談
今までだったら、紫陽の言葉を聞いて、納得してしまったかもしれない。
たとえ自分たちが鬼絵巻を集める駒として作られた存在だとしても、己の願いを叶えてくれない道具を、痛い思いをして集める事に何の意味があるのかと。
憤慨すらして、鬼絵巻を集めることを放り出していたかもしれない。
「だからこそ、だからこそ妾は早く終わらせてしまいたい……」
目の前にいる紫陽を見ずに桜鬼は、自分の本心を口にしていた。
そしてそのまま紫陽の方を見ずに、桜鬼は目から涙を流して言葉を零す。
「妾の願いは貴様が口にする解放ではない。妾の望みは早期の終わりじゃ」
むしろ今の自分はそれしか考えていない。
するとそんな桜鬼を前にして、紫陽が両腕を掴んでいた手の力を緩めて、そして涙を流す桜鬼を抱き締めてきた。
「そうか。君はこんなにも疲れてしまっていたんだね。でも、もう少しだけ待っていて欲しい。きっと俺が君の願いを叶えるから。勿論、君を縛っている呪縛も解いてみせるよ」
自分を抱き締めながらそう言ってきた紫陽に対して、桜鬼はただ放心状態となっていた。
ーーやはり、特に喜びや有り難みなんてものは感じなかった。
瑠璃嬢が口を開いた。
「これはあたしの小学校だった頃の話」
小学四年生だった瑠璃嬢が学校の休み時間に、一人の上級生の女の子が目に止まった。
その女の子は足が不自由で車椅子に乗っている子だった。
「けど、その女の子は足が悪いわけじゃなかったんだよね」
「つまり、それはその女の子がズルしよってたん?」
蓮条が瑠璃嬢に尋ねると瑠璃嬢が首を横に振る。
「いや、最初は事故で足を負傷したみたいなんだけど、怪我も普通に治るでしょ?」
「うん、治る」
「けどその子の話は治った後も歩けなかったわけ」
「この流れで言うと、後遺症って訳でもなさそうですね」
蓮条の次に言葉を投げたのは椿鬼だ。瑠璃嬢はその椿鬼にも軽く首を頷かせる。
「完治当初は周りがチヤホヤしてくれるから、嘘ついて歩けないフリをしてたみたい。まっ、要するに楽して、甘やかされたかったわけ」
「へぇ。まるで瑠璃嬢みたいやね」
「ちょっと、一々茶々入れすんのやめてくれる? ウザいんだけど?」
「ホンマのことやろ? まっ、続けて、続けて」
「本当に桔梗ってウザいよね」
「桔梗から嫌味を貰いたくないんやったら、瑠璃嬢も私生活をちゃんとせえ。それでその女の子はどうなりよったん? 嘘なんてずっと続けられへんやろ?」
菖蒲が桔梗を睨む瑠璃嬢を窘めながら、話の先を促す。
「……まぁね。けどその嘘を続けてたらまた歩けなくなったんだよね」
「何で? 病院とか通ってへんの?」
蓮条の疑問に瑠璃嬢が首を横に振る。
「通ってた。けどダメ。足は動かない。その女の子の足を、二本の黒い手が抑えつけてるから。だから車椅子から立ち上がる事も簡単には出来ないんじゃない?」
「性質の悪い霊に取り憑かれてしまったという事?」
鬼兎火が小首を傾げて瑠璃嬢の方へ尋ねる。尋ねられた瑠璃嬢は目を細めさせた。
「それこそ霊だったら、あたしが祓える。けど、そいつは祓えない」
「つまり悪霊でもないって事ね」
「そう。あれは自分自身で作り出した思念だね。皆んなにチヤホヤされたいっていう気持ちがあんな変なのを生み出して、自分を動けなくさせたみたい。多分、ああいう類って、自分自身が気づいて改心しないとダメなパターンでしょ?」
瑠璃嬢の言葉に、菖蒲や静かに頷いた。
「そうやな。自分の心が作り出した物は自分で何とかするしかない。それでその女の子は、歩ける様になったん?」
「なってない。私が通ってたのは私立の小中高のエスカレーター式だったんだけど、こっちに来るまでに見かけた感じだと歩けてないね」
瑠璃嬢はそこで話を終えると、その場で立ち上がり、桔梗、蓮条に続いて行灯を吹き消しに行った。そして瑠璃嬢が部屋に戻って行く。
先ほどの場所に戻ると菖蒲の膝の上に座る藤と目が合った。
「その子はもう絶対に歩けないの?」
どうやら藤は先ほどの話を引き摺っていたらしい。
藤から問われ、瑠璃嬢は少しの間考えた。長らく動かしていない足だと筋肉が落ちてしまい、中々元に戻すことは厳しいだろう。
それに改心させると言っても、もう長年「歩く事が出来ない可哀想な自分」と己を思っていた少女だ。そう簡単に「本当は歩ける自分」を想像することは容易ではないだろう。
とはいえ、希望を期待している藤に希望のない答えは出来ない。それくらいの良心は瑠璃嬢にだってある。
「絶対ではないんじゃない。そいつが死に物狂いで足の筋肉を復活させれば。別に壊死してるわけじゃいし」
「壊死って?」
「壊れてないってこと」
瑠璃嬢がそう答えると、藤が「そっか」と呟いて納得したような表情を浮かべてきた。
「意固地になってたら、無理かもしれないけどね」
せっかく収まりそうだった場に葵が冷や水を掛ける。けれどそんな葵の言葉に夜鷹が反応を返した。
「いえいえ。人間はそこまでダメな生き物ではありません。そう、幾ら我欲に塗れた者でも悟りに至れば、真人間になれるのです」
そう、私のように……。という言葉が続きそうな様子で夜鷹が目を瞑る。
しかしそんな夜鷹に対して、葵が「お前が徳を積んでる顔かよ」と突っ込みながら口をヘの字にしていた。
瑠璃嬢も夜鷹に対しては、葵と同意見だ。けれど葵と一緒というのも癪に障るため、瑠璃嬢は無言を貫いた。
少しの間、部屋から会話が消える。
けれど部屋内には多くの音が鳴り響いていた。
物語の数が増えるにつれて、どんどん辺りの空気が質量を増やしている。
「さてと、次は葵様がお話してやろうかしら?」
葵が口元に笑みを浮かべながら、名乗りを上げてきた。
その瞬間に室内が大きく揺れた。




