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鬼絵巻 〜恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第11章 〜夢の終わり〜

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鬼絵巻を集める道具

 蓮条が話を終え、先ほどの桔梗と同じような手順を踏んで部屋へと戻る。

「先程の物がホラーだとしたら、こちらはホラーミステリーというカテゴリーでしょうか?」

 夜鷹が戻ってきた蓮条を一瞥して、笑みを浮かべてきた。

 蓮条は夜鷹に対して、目を細めたままつっけんどんな対応を返す。

「あらあら、そんな反抗的な態度をしなくても宜しいのに……よもや私たちは一蓮托生の仲なのですよ」

「勝手に一蓮托生にせんといて。迷惑や」

 やはりツンとした態度で蓮条が夜鷹へと返す。

 すると夜鷹は大袈裟な素振りで着物の袖で口元を隠すと、

「私は悪鬼に騙された挙句、ここで暴れ狂う怪異に怯えている。それなのに似た境遇の人たちからは排他されるなんて……あんまりです。ヨヨヨ」

 自分のした事を棚上げし、そんな事を言ってきた。

 恨み辛みを言う夜鷹に、蓮条たちは冷ややかな視線を送る。夜鷹に何と言われようと、蓮条たちの夜鷹に対する評価が変わることはない。

 ただ蓮条が話し終えた時に、外にいる怪異の気配が強くなったのは確かだ。

 蓮条たちがいる語り部屋に張られた八つの蝋燭の火がユラユラと揺れている。言うまでもないが、部屋は無風状態だ。

「ねぇ、まだお外に出られないの? 百合亜、何だか怖くなってきちゃった」

 眉尻を下げながら、百合亜が桔梗へと引っ付く。

 不安そうにしている百合亜の頭を桔梗が優しく撫でた。

「百合亜、怖いやろうけど。もう少し辛抱しはってね。大丈夫。僕らがおるから百合亜に怖いことなんて怒らへんよ」

「ん〜〜、でも怖い〜〜。出たい〜〜。それにここ、寒いんだもん」

「そ。なら、少し待ちはってね」

 桔梗が百合亜にそう言って、簡単な術式を掛ける。桔梗が百合亜に掛けたのは、清浄の術式だ。まだ幼く、蓮条たちよりも感受性の高い百合亜に清浄の術式を掛け、悪霊たちの気配すら遮断できるようにしたのだ。

 百合亜に術を掛ける桔梗を見て、菖蒲が藤に同じ術を掛けている。

「自分にプロテクターも付けられないなんて、本当に幼稚ね」

「幼稚も何も子供だから。姐さん無理にコメント残そうとしない方がいいよ」

「あら、瑠璃ちゃん。私は無理にコメントなんて残そうとしてないわ。ただ私はこの場を盛り上げようとしているだけで。ささ。次は瑠璃ちゃんの番よ」

「あっ、逃げた。……まぁ、良いけど」

 瑠璃嬢が横に座る葵に目を細めながら、

「じゃあ手短に」

 と言って話し始めた。



 ーー身体が凄く重い。

 桜鬼はフラフラとした足取りで、紫陽が桜鬼に賦した一室へと入った。

 窓が西向きのためか、朝を迎えても部屋はどこか薄暗い。調度品にはベッドの他にソファや小さなテーブルが置かれているが、それ以外の装飾品は置かれていない。そのためか温かみのない簡素な部屋となっていた。

 しかしそんな寒々しい部屋でも、今の自分にはお似合いに思える。

 桜鬼は薄暗い部屋に置かれたベッドの上に、身を投げ出すように倒れ込んだ。立っている事が辛く、早く横になりたかったのだ。しかしどんなに身体を横になり目を瞑ろうとも、全く休んでいる感覚にはなれなかった。

 それどころか全身の身体が痛む。傷口は火に炙られているのかと思うほど熱く、傷口がジクジクと痛む。いつもならこの身体の痛みも声聞力で素早く治癒していた。

 けれど今は声聞力を上手く全身に回すことができない。

 しようとすれば頭が割れる程に痛むのだ。

全身に絶え間なく走る痛みに、桜鬼が表情を歪ませる。

 するとそんな桜鬼の元へ紫陽がやってきた。

 桜鬼は痛みで歪む顔を見られまいと、身体を横向きにして、紫陽の方へ背中を向ける。

「まだ動く気にはなれなさそう?」

 桜鬼は静かに首を頷かせた。

 首を頷かせた桜鬼の元に紫陽が近づいてくる気配を感じる。桜鬼は静かに息を飲んで、痛みの走る身体を強張らせた。

「……穂乃果が倒れたよ。やっぱりあの子くらいだと、第三従鬼を扱えなかったみたいだ」

「当たり前じゃ」

 魁を扱う為には、相当の声聞力量が必要だ。

 それで言うなら魁の主であり、魁が戦っても疲れを見せなかった儚は相当の声聞力量を有している。本人は自分を卑下しているようだが、量だけで言えば魁が使えた主の中でもトップクラスにいる事は間違いない。

 儚に足りないのは、その力を使う覚悟なのだ。

「……不機嫌そうだね。何か気に入らない事でも?」

桜鬼から発せられるピリピリとした空気を感じたのだろう。

 怪訝そうな声音で紫陽が尋ねてきた。

 ーー何か気に入らない事でも。

 先ほどの紫陽の言葉を桜鬼は胸中で復唱する。

 気に入らないことなら、それこそ幾らでもあった。

 䰠宮家に対して醜い妬みを曝け出しながら、驕り高ぶる紫陽に対して不快になる。

 桜鬼の気持ちなどまるで理解していないのに、理解している口振りをされるのも嫌になる。

 けれど、その不快感を口にする事は出来ないし、権利もない。

 ーー自分は鬼絵巻を集める為にいる従鬼なのだから。

 自分自身で浮かんだ言葉に、桜鬼は胸を傷ませる。

 身体に走り続ける外傷の痛みを忘れてしまうほどだ。

 けれどその内部の痛みを押し退けるように、外部の痛みが自分を襲った。

 痛みで声が漏れそうになる。身体が動きそうになる。けれどそれを懸命に堪える。

「貴様、昨日の術で䰠宮の者を……どこへやった?」

 黙っていれば、全身を蝕む痛みに負けるような気がした。そのため、桜鬼は微かに顔を紫陽の方へと鋭い視線を送る。

「ああ、彼らなら結界の中にいるよ。彼らを好き勝手にさせていたら、今後の行動を邪魔されかねないからね」

「結界内にずっと閉じ込めてなど置けぬ。ーー䰠宮を侮るでない」

「侮っている訳ではないよ。だから彼らを特殊な結界に放り込んだんだ。游魂剥離(ゆうこんはくり)の結界にね」

「なっ!」

 身体に走る痛みなど忘れ、桜鬼は紫陽の方へと振り返った。

 すると紫陽が妙に満足そうな笑みで驚く桜鬼に口を開く。

「そんなに驚くことでも無いと思うよ? 邪魔者が入れば排除する。それは当然じゃないかな? ほらだからこそ、桜鬼も䰠宮櫻真と初めて対峙した時に殺そうとしたんだろ?」

 紫陽から放たれた言葉に桜鬼は痛みを通り超して、笑い飛ばしたくなった。

 そうだ。身体も凄く痛いことだし、ここは気狂いでも起こしたように笑おうか。

 しかし、そんな衝動は所詮下らないものだ。一瞬の興奮は一瞬で冷めてしまう。

「何か勘違いしている様じゃが……妾は無意味な殺生を好んではおらぬ」

 鋭い視線のまま桜鬼が紫陽を見る。

 すると紫陽が妙に冷めた目で桜鬼を見てから、小さく息を吐いてきた。

「幸か不幸か、彼らはしぶとく生きているよ」

「何故、そう言える?」

「遊魂剥離の術が消滅してないからね。あの術は対象者が絶命すると自動的に消えるんだ」

 スラスラと答えた紫陽に対して、桜鬼は険しい表情を浮かべた。

 この口振りからすると紫陽は、これまでも遊魂剥離の術を駆使してきたのだろう。

 いや、そもそも自分が邪魔だと思う者を容赦無く殺していたに違いない。

桜鬼は内心で辟易とした溜息を吐く。

「では、䰠宮の者を殺すのは辞めて、次の手段に出るべきじゃ」

「次の手段?」

 桜鬼は静かに首を頷かせた。

「ここに鬼絵巻の一つがあるであろう? その鬼絵巻を破壊する」

 桜鬼の言葉に紫陽が目を見開いてから、すぐに表情を険しくさせた。

「……その案には乗れないな。前にも話した通り、ここにある鬼絵巻を破壊する事はとても勿体無い」

頑な態度で拒否する紫陽に、桜鬼も怪訝な表情を浮かべた。

(この男、何の腹積もりをしている?)

 紫陽の考えがまるで分からず、桜鬼は目を細めたまま口を閉じていた。身体が痛む。本当ならば何も考えず、ベッドに横たわっていたい。

 そんな本音を頭の隅に置いて、桜鬼が紫陽を見る。

 するとそんな桜鬼の表情に対して、紫陽の表情が哀しげに揺らいだ。

「何故……」

 ぼそりと紫陽の口から漏れた独り言。けれどやはり桜鬼には分からない。紫陽が何を言いたいのかが。

「桜鬼、君は俺がこれまでにどんな事を言っていたのか覚えているかな? そもそもどう受けとめていてくれたのかな?」

 暗澹たる瞳を浮かべた紫陽が桜鬼に尋ねてきた。

「どう受け止めていた?」

 戸惑いのまま桜鬼が呟くように言葉を口にする。

 するとその瞬間に紫陽が両手で桜鬼の両腕を勢いよく掴んできた。

「君は本当に酷いね……。俺は君に精一杯に本心を曝け出していたのに。俺がここに至るまでは全て君の隣に立つ為だったのに。君を䰠宮から解放する為だったのに。それなのに、それなのに君はそんな俺に対して、君は何も思わないの?」

 独白のような言葉を吐きながら、強い力で桜鬼の腕を紫陽が掴んでくる。

 䰠宮からの解放。

 確かに紫陽の口から何度か聞いた言葉だ。

しかし、桜鬼からすればその言葉に対して疑問しか浮かばない。

「何故……貴様がそう思ったのかは知らぬが、妾は䰠宮からの解放など望んだことはない」

 目を細めたまま桜鬼が威圧を放つ紫陽に本心を言う。

 ここで紫陽に本心を隠した所で何の意味もない。

「はっ、ははは。解放されたいと思ってなかった? 桜鬼、それは嘘だ」

 乾いた笑いを紫陽から浴びせられ、桜鬼は眉間に皺を寄せる。胸の淵から不快の感情がこみ上げてくる。何故、自分がこの男に失笑を買わなければならないのか?

 桜鬼には不快でならない。

 しかしそんな桜鬼の態度に気にする素振りもなく、紫陽が言葉を続けてきた。

「君はずっと、ずっと䰠宮の鬼絵巻集めに縛られていた。奴らは自分の覇権争いのために鬼絵巻という道具を作り、君を縛りつけた。でも何故、君が鬼絵巻を集める必要がある? 何故、䰠宮の者と一緒にいる必要がある?」

 紫陽からの問い掛けに対して、桜鬼は二の句が継げない。

 鬼絵巻は䰠宮の当主を決めるための道具。恐らくそうだろう。鬼絵巻が従鬼の願いを叶えないという事実が何よりの証拠だ。


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