喜ばしい援軍
魄月花は霊体化しながら陰陽院の方へ偵察していた。
椿鬼のように完全に気配はできないものの、それなりに偵察はできる。
今は櫻真からの供給もあり、力を行使することに支障はない。
(櫻真のやる気を引き出せなかったのは、残念だったが……)
心ばかりは第三者が無理に矯正するものでも、強制するものでもない。
とはいえ、その櫻真の気持ちを待てるほどの余裕も今の魄月花にはないのだ。
さすがに儚を殺すなんて馬鹿な真似はしないとは思うが、儚の身が危険な所にあるのは変わらない。
侵入した陰陽院の敷地は、䰠宮の本家より一回り小さい規模だ。とはいえ、一人で偵察するには広大ではある。
(地場の強さに代わりはないが……趣は丸きっり変わってやがるな)
昔来た陰陽院の敷地と今の陰陽院の敷地を比べて、魄月花は微かに唸った。
これではどこら辺に儚を捕まえているのか目星もつけにくい。
(下手に能力を使うと、魁に気づかれそうだなしなぁ。でもなぁ……)
少しの間、魄月花は一人で考えてから、静かにため息を吐いた。
手当てをしたとはいえ、自分は万全ではない。魁の攻撃は防げたとしても、魁を使役する術者や紫陽が出てくる場合もある。そうなると一人で対処するのは、何かと大変だ。
頭の中で魄月花も色々と考えた。
けれど魄月花は儚を見つけ出すために、術式の詠唱を始めた。
何か一騒ぎが起きたらその時はその時だ。
それに一騒ぎが起こる面倒さよりも、人命救助の方が最優先だろう。
そう考え直した魄月花が捜索の術式を詠唱し始めようとした瞬間。
「何で、俺たちまで攻撃しようとしてんだよっ!!」
少し奥に建てられた建物の中から、聞き覚えのある声が響いてきた。
感度を上げた魄月花の聴覚でなければ、幾ら怒鳴り声とはいえ聞き取れていなかっただろう。
しかしその声は魄月花へと届いていた。
(確かあの声は、陰陽院の住吉隆盛って奴の声か?)
そして隆盛の声が上がった傍に、微かだが魁の声聞力の気配もする。
何かある、と感じ取った魄月花は急いで声と気配がする方へ向かった。
魄月花が向かった先には、魁と対峙するように立つ隆盛たちの姿がある。
(おいおい、飛んだ急展開だな?)
予想外の状況に魄月花は霊体化の状態のまま目を細めさせた。
「さっき言った通りだ。ここに入ろうとするなら……お前らも敵と見做すだけだ」
「はぁ? なにケチ臭いこと言ってんだよ! 本当にお前は敵も味方も分かんねぇーのかよ!」
腹を立てている隆盛に対して、魁からの反応はない。
魁が立つ場所の裏には点門が設置されている形跡がある。恐らくあの点門の向こうに儚が捕まっているのだろう。
(……ん〜〜、これは上手くすれば漁夫の利が狙えるか?)
いや、そもそも自分がここで隆盛たちに加勢すれば、あまり大事にならず魁を押しのけられるはずだ。
しかしそう考えた魄月花の出端を折るように、彩香が熱り立つ隆盛を言葉で止めている。
「隆盛、戦ってはいけませんよ。私たちが戦ってしまえば、そこにいる従鬼ではなく鳴海さんの命に関わってしまいますから!」
「分かってる! 分かってるけど……じゃあ、どうすんだよ! せっかく捕まってる場所が分かったっていうのに!」
困惑した隆盛の声。
そしてその一連の言葉により、魄月花は何となく状況の概要を知ることができた。
恐らく隆盛たちは佳から自分たちが話した事を聞かされたのだ。そしてそのまま直ぐに儚を助ける為に動き出したのだ。
魄月花からすれば、喜ばしい援軍だ。しかしその援軍も思うようには動けないらしい。
(やっぱり一端の術者が理性のないアイツを使うのは、無理があるか)
それを考えながら魄月花は考える。
自分が隆盛たちに加勢すれば鬼に金棒。魁の攻撃を防ぎつつ、魁が守る点門を突破できるだろう。しかし問題なのは、その間に放たれるであろう魁の攻撃だ。
魄月花の防御力があれば、魁の攻撃は怖くない。幾ら攻撃力が高かろうと、当たらなければダメージになりはしないのだから。
とはいえ、魄月花の防御は魁の攻撃を打ち破っているわけではなく、跳ね返しているに過ぎない。つまりその跳ね返された攻撃はあらぬ方向に飛んで行く事もある。
自身を跳ね返されたことに腹を立てた復讐のように、魁の攻撃は飛んで行った方向に爪痕を残していくのだ。
それに今の魁に不用意な攻撃を撃たせれば、穂乃果の生命力を削ってしまうのだ。
(状況を知らぬ振りして、突っ込むか?)
いやでもそれを後に菖蒲にバレたら、烈火の如く怒りそうだ。却下。
魄月花は直ぐに一枚の護符を取り出す。一か八かにはなってしまいそうだが、ここでただ見ているだけよりは、良いだろう。
取り出した護符を魄月花は膂力だけで、魁の後ろにある点門へと投げ入れた。
魄月花が投擲したものに今の魁が反応を示さないはずがない。今の魁は池の淵で無心に餌を待つ鯉のようなものだ。そしてやはり魄月花が投擲した護符に魁が反応してきた。
点門の中へと吸い込まれるように入った護符に続いて、魁が点門の中へと入っていく。
魄月花は急いでその魁の後ろへ続いた。
あまり期待をしていない作戦ではあったが、魄月花の想像以上に効果を発揮してくれた。
霊体化していた魄月花に続いて、ハッと慌てた様子の佳たちが点門へと続く。
(……儚を助け出したら、直ぐに点門を開ける準備をしとかないとな)
頭の中で考えつつ、魄月花は点門内に視線を向ける。
何もない、本当にそこに六畳ほどの広さの空間だけがあった。結界内に儚の姿はなく、あるのは横に倒れた椅子と縄だけだ。
「いない……」
小さな声で呟いたのは、目を丸くさせた佳だ。しかしそれは霊体化している魄月花も同じ心境だった。微かにだが儚が居たと思わせる気配が残っている。
つまりほんのつい先ほどまで、儚はここに居たということだ。
(一体、どうなってる?)
予想外な状況に魄月花が呆然としていると一瞬間、結界内に稲妻が光った。
光の後に隆盛たちからの悲鳴が上がった。反射的に魄月花が悲鳴の上がった方へと視線を向けた。もう既に点門内に隆盛たちの姿はない。どうやら先ほどの魁の攻撃によって外へと吹き飛ばされてしまったようだ。
もう点門内に守る者、いや見張る者はいない。もぬけの殻だ。故に隆盛たちが点門に入ろうが、魁が攻撃する理由はないのだ。
けれど今の魁にその分別がつくはずもない。
辟易とした溜息を吐きながら、魄月花は直ぐに点門の外へと出た。
点門の出た先にある部屋の床には、吹き飛ばされた隆盛たちが置かれていたベッドを破壊して床に倒れていた。
「クソォ。馬鹿力にも程があんだろ……」
床から上半身を起こした隆盛が、背中や腰を摩りながらぼやいている。隆盛の横には同じく吹き飛ばされた佳、彩香、遠夜、明音の姿があり、各々がゆっくりとその場で立ち上がっている。擦り傷や打撲はしているものの、大きな傷を負った者はいないようだ。
点門の方からは、ゆっくりとした足取りでこちらに戻ってくる魁の影が映る。
魄月花は直ぐに用意していた点門を開き、魁からの攻撃に備えていた隆盛たちごとこの場を離れる。その様が儚を連れ去った紫陽と酷似してしまった事は、微妙な気持ちだが致し方ない。
魄月花の存在に気づいていなかった隆盛たちの驚く声が聞こえる。
けれどその声はすぐさま点門の中へ、魄月花と共に消えた。
魄月花が隆盛たちを連れて移動した場所は、䰠宮家の庭先だった。
「はっ? ここは?」
「ようこそ、䰠宮家へ」
ぽかんとしている隆盛の言葉に、魄月花がそう答えた。
「あっ、お前は!」
「おう。第一従鬼の魄月花だ。祝部以外の奴と会話するのは……何だかんだ、初めてだよな?」
気さくな調子で魄月花が声を掛けると、隆盛がやや肩透かしを受けたように目を瞬かせた。そんな隆盛に代わり、近くにいた混ざり者の遠夜が口を開いてきた。
「どうやら霊体化した奴は、臭いも追えなくなるんだな」
「まっ、字の通り霊体化してるからな。さすがに霊から臭いはしないだろ? いや、それともあたしが知らないだけであるのか?」
魄月花の投げ掛けに、遠夜が無言のまま肩を動かしてきた。
真面目にこの話を続ける気はないらしい。その様子をやや呆然としながら見ていた佳が次に声を掛けてきた。
「ーーどうして俺らをここへ?」
やや困惑している様子の佳に魄月花は「ああ」と短く相槌を打つ。
「あのままお前らも阿保な魁と対面してても無駄だろ? それにあのままだとあたしも出るに出られないしな。まぁ、話そう」
魄月花が縁側の方へと足先を向ける。魄月花の態度に顔を見合わせる隆盛たちだったが、黙って魄月花の後についてきた。




