塗り固められた嘘
そしてそれは陰陽院内では、あまり話したくないということも。
(益々、俺の話と類似してそうやな)
佳はそう思いながら、早歩き気味に先へ行く彩香の後を隆盛と共に追う。
追いながら、自分が䰠宮家で聞いた話を聞かせた時の、二人の反応を考えていた。
二人は佳よりも紫陽との付き合いが長い。やはりその分、自分が話すものは二人にとってキツい内容であるはずだ。
しかし、もはや佳の中で『言わない』という選択肢も取れない。
(俺もちゃんと覚悟を決めとかへんと)
物思いに耽りながら、隆盛と彩香と共にバスを使いやって来たのは、『伏見夢百衆』というレトロな雰囲気のあるカフェだ。
この建物は酒処月桂冠の本店として、大正八年に建築されたとものだ。
内装は昔の趣を残した和洋折衷の造りで、照明の光もその内装に合わせて落ち着いた色になっている。
店内には併設された喫茶の他に、十七蔵元の清酒や伏見の銘菓が陳列されている。
その陳列棚を抜け、彩香は脇目も振らず、一つの席へと向かっていた。
「あれ? 遠夜と明音……なんだよ、お前ら待ち合わせしてたのか?」
先にテーブルにいた二人へと隆盛が声を掛ける。
佳たちの視線の先にいたのは、四角いテーブル席に真向かいで座る明音と遠夜の姿だ。二人の前にはテーブルには、既に注文していた暖かいブラックの珈琲と珈琲オレ、それからおぜんざいが置かれていた。
「いいえ、してませんよ。ただお二人の意見も聞きたくて……行き掛けに連絡を入れたら、お二人ともこちらにいるというので、申し訳ないですけど合流させて頂きました」
「あっ、彩香ちゃんは気にしなくて良いからね。私たちも少し気持ちが煮詰まらなくて、一休みしてただけだから。ーー私たちとしても良いタイミングだったかも。ねっ、遠夜?」
申し訳なさそうにする彩香に明音が首を振り、遠夜にも同意を求めている。
するとそんな明音の言葉に、遠夜も静かに頷いた。
「さっ、三人とも座って座って」
空いている隣の席を手で示す明音にそう言われ、佳たちは言われるがままに席についた。
まだお昼前の時間帯という事もあって、入店しているお客の数も少なく、殆どの人は日の光が差し込む窓側の席についていた。自分たちが座っているのは、窓側席の反対にある壁側だ。
これなら落ち着いて、現状況と今後についての話をできるだろう。
佳はお店自慢の水出しコーヒーと酒饅頭のセットを頼み、彩香は同じセットだが、それを和紅茶に変更した物を頼み、注文を決め兼ねていた隆盛は、彩香の勧めで『酒粕あんトースト』と甘酒を注文した。
「何もそこまで緊張しなくても良いのに……」
「緊張なんてしてねぇーよ。俺はただじっくりメニューを見てただけだっつーの」
彩香の言葉に隆盛がムキになって返している。
そんな二人のやり取りに苦笑を浮かべながら、佳は静かに口を開いた。
「和んだ所で申し訳ないんやけど、俺の話を聞いてもろうてもええかな?」
佳がそう切り出した瞬間、席の空気が一気に張り詰めた。
表情を引き締めた四人が頷くと、佳は覚悟を決めて話し始めた。䰠宮家で聞いた話や、櫻真たちの様子について。
「……正直、俺もこの話を聞いた時はショックやったし、䰠宮たちに何も返す言葉が浮かばへんかった」
「それは、奴らの言葉や様子に絆されたわけじゃなくてか?」
遠夜の確認に佳は静かに頷いた。
「……絆されたわけやない」
櫻真の様子や、浅葱の怒りを垣間見て、何も思わなかったわけではない。沈む櫻真の様子には心も痛くなったし、浅葱の厳しい言葉には頭が上がらなくなった。
けれどその二人の気持ちに押されて、言葉が出なくなったのではない。
「多分、俺も元々今回の紫陽さんの動きには疑問を抱いとった。だから䰠宮たちの話に納得してしまったんやと思う」
佳は妙に申し訳なくなって、視線を下へと下げた。
けれどこれは今の自分の偽りない気持ちだ。
「祝部君の気持ちは分かります。私もその……似た気持ちを抱いていたんです」
すると彩香も自分が紫陽に対して不信感を抱いていて、その経緯について話してきた。
「……不信感を抱いてしまったからかもしれないんですけど」
経緯を話し終えた後、彩香が固い表情で続けてきた。
「紫陽さんは矛盾しています。学園祭の事件の時……まぁ、先ほどの祝部君の話しで紫陽さんと夜鷹さんで起こしたマッチポンプだった事が判明していますが、それを分かってなかったとしても、普通に考えれば紫陽さんが可笑しいのは気づきます。あの時は私たちに『従鬼は危険』と謳っていたのに、今は従鬼を頼もしい存在として扱ってるんですから」
彩香はこれまで見た事ないほど表情を険しくさせている。
不信感を抱いているとはいえ、やはりその心境は複雑なのだろう。
丁度、その時に佳たちが頼んでいた商品が運ばれてきた。
(俺も紅茶にしとけば良かったかもな……)
そう思いながら、佳は暖かい珈琲を一口飲んだ。
「立て続けにこんな話をするのは悪いが、俺たちもお前らに話すことがある」
顰めっ面を浮かべる遠夜が、気持ちを落ち着かせようとしていた佳たちに話しかけて来た。
立て続け、というくらいだ。
恐らく遠夜たちが話すことも、自分たちにとって良くない話だろう。
「ああ、いいぜ。俺たちに気にせずに話せよ」
覚悟を決めた様子の隆盛が遠夜に答える。
「陰陽院が鬼絵巻を狙う理由を、お前らは知ってるか?」
遠夜からの言葉に、佳たちは思わず目を丸くさせた。陰陽院が鬼絵巻を狙う理由について、佳たちは話し合っていたばかりだ。
結局、その時は答えが出ずに終わってしまっていた。
そのため遠夜からの問い掛けは、佳たちを心底驚かせた。
「実は俺たちもそれについて話とった。けど答えは出なくて……。朔月さんは知ってはるんですか?」
「ああ。とはいえ、俺らがそれを知ったのもつい昨晩の話だ」
「では、その陰陽院が鬼絵巻を取ることになった理由は、何なんですか?」
緊張した面持ちで彩香が遠夜に尋ねる。
佳も尋ねた彩香と同じように緊張していた。
これから語れる遠夜の話から、自分たちは何を得て、何を失ってしまうのか?
佳や彩香、それに隆盛までも身体を強張らせて、遠夜の口が開くのを待っていた。
「ーー陰陽院の手を裏で引いていたのは、東京にいる䰠宮の分家の奴らだ」
遠夜が口にした言葉に、佳たちは愕然としてしまった。
驚きのあまり頭が真っ白になり、上手く反応が取れない。しかし時間が経つにつれ、砂浜に満ちる波のように思考が戻ってくる。
その瞬間に自分たちが陰陽院に対して抱いていた疑問が、全て解けたような気さえした。
「な、なんだよーー! それーー!」
勢いよく立ち上がりながら、隆盛が大きな声で叫ぶ。
いきなり大きな声を上げた隆盛の方へ、店内にいたお客さんや従業員からの視線が向かう。その視線の中には、佳たちも含まれていた。
「気持ちは分かりますが、静かにしてください。他の人もいるんですから」
慌てて隆盛を宥める彩香の言葉で、さすがの隆盛もハッとした様子で席に座る。
「悪い……」
「別に謝る必要なんてない。お前が動揺する気持ちも分かるからな」
素直に謝罪した隆盛に遠夜が返し、少し冷めてしまった珈琲を飲んでいる。
すると再び彩香が眉を顰めたまま、遠夜と明音の方へ口を開いた。
「つまり私たちは、ただの手駒に使われていたという事ですね?」
「嫌な話にはなるけど、そういう事になるね」
答えた明音の声音も沈んでいた。
「おい、何で俺らが手駒になるんだよ? どういう事なんだ?」
「お前が知らないかもしれないが、䰠宮の本家と分家には深い溝があって、昔から覇権争いをしていたらしい。だからこっちに東京から来てる䰠宮の人間もいるだろ?」
「だったら何も俺らを使う必要なんて……」
「保険だろ。それこそ陰陽師の力は京都の本筋の方に集中してるからな。正攻法での勝負に勝ち目がないと判断した。それで遠いとはいえ縁者で力のある神宮寺紫陽を筆頭に置いて、陰陽院を動かし始めたんだ」
遠夜が「分かったか?」と問うように唇を噛んでいる隆盛を見る。
隆盛もそんな遠夜の視線に答えるように、
「そんなの、最悪にも程があんだろ……」
と悔しそうな声音で呟いた。
そしてそれに続くように、隆盛が本当に小さい声で「強さの証明って、そういうことかよ……」と吐き捨てた。
ーーまさか、こんなにも嘘で塗り固められていたなんて。
佳も言葉にしないまでも悔しさで堪らなくなった。自分たちが陰陽院として櫻真たちと争っていたのは、裏で手を引く奴らに力を与える為じゃない。
自分たちが陰陽院に入ったのは、災厄から世の中を守るためだ。
しかしそんな佳たちの目的は、ただの理想でしかなかった。もっと嫌な言い方をすれば、佳たちがしていた事は、櫻真たちの妨害でしかない。
(多少なりと覚悟してたとはいえ……)
遠夜たちから齎された事実に、佳たちはショックを受けていた。
佳の横に座る彩香も険しい表情のまま口を閉じている。隆盛も珍しく何の反論も言わないまま、ただじーっとして何かを考えているようだ。
「この話を聞いて、お前らが次にどうするかはお前ら次第だ。それこそ俺たちのスタンスに代わりはない。本当の危機が迫る兆しが見えない限りは、これまでと同じく傍観者でいる気らしい。まっ、警察みたいな役割だな」
遠夜は少し眉を顰めて、小さく溜息を吐いた。




