早業
桔梗が一つ目の話を終えると静かに暗い二つの部屋を移動し、一番奥にある百灯の行灯がある部屋へと入った。
一つの行灯の火を消し、奥にある鏡で桔梗は自分の顔を見た。
鏡を見た瞬間に、外の方からガタガタと物音が聞こえてきた。まだその音は小さいけれど、故意的に誰かが立てなければ出ない物音だ。
(結界内だろうと、寄って来よるモノは来よるみたいやね)
桔梗は静かに息を吐いて、皆がいる部屋へと戻った。一番奥の部屋で感じた気配はこの部屋では感じなかった。まだ百の物語に寄って来ているモノが少ないのだろう。
部屋へと戻った桔梗へと、葵が声を掛けてくる。
「いいわね、桔梗ちゃんは。大学で愉快なサークルに入っているお陰で、話すネタも多いでしょう? さっきのは実体験かしら?」
「さぁ。どうやろうね? 僕が所属してはるサークルの人は……心霊現象が好きな割に全くその現象に縁が無い人たちやから。大きな現象に巻き込まれたのも一度くらいやし」
「……岐阜での一件か。あの時は流石に溜息吐いたわ」
当時の事を知っている菖蒲が、小さく肩を竦めてきた。
「岐阜での一件? 何か大きな事件に見舞われたのですか?」
「うん、そうやね。少し悪質で力の付けた悪霊が出たことがあってね。まだ椿鬼が現界してない時やけど。割と血生臭い案件で厄介だったわ」
「かなり厄介な案件じゃん。やっぱ桔梗って不幸だよね」
爽やかな笑みを浮かべて椿鬼に返事をしていた桔梗に、瑠璃嬢がやや呆れた表情で言下してきた。そしてそんな瑠璃嬢の言葉に蓮条も「確かにな」と相槌を打っている。
「まぁ、そうですね。貴方は䰠宮の中でも珍しく幸薄そうですから。もしや前世で悪い行いでもしていたのですか? そう、私を騙した外道と同じく」
「アレと一緒にしないでくれる? 凄く不快やから」
夜鷹の茶々入れを桔梗がスパッと切る。
それから仕切り直すように、桔梗が口を開いた。
「さて、次に話すのは時計周りに蓮条君でええかな?」
桔梗が蓮条の方へ視線を向けながら尋ねる。すると蓮条は直ぐに居住まいを正して頷き返してきた。
それから直ぐに蓮条によって、百物語の二話目が語られる。
佳は彩香と共に隆盛の部屋を訪れていた。
不安を抱いて隆盛の私室を訪れた二人だったが、そんな佳たちの心配を余所に、隆盛は寝相悪くベッドの上で眠っていた。
そんな隆盛の姿に彩香が安堵して直ぐに、大きな声で隆盛を叩き起こす。
「隆盛っ!! いつまで眠っているつもりですかっ!! 早く起きなさいっ!!」
何の前触れもなく大きな声で起こされた隆盛が、驚いた様子で目を開ける。けれどその表情は寝惚けている状態だ。
そんな隆盛に対して彩香が容赦無く、追撃を与えた。
「水行の法の下、彼の者の顔を清流で清めよ。急急如律令!」
彩香が詠唱を口にした瞬間、隆盛の頭上に丁度人の頭一つ分くらいの大きさの水塊が現れた。
そしてその水塊が隆盛の頭上に自然落下した。
隆盛の頭と衝突した水塊は、そのまま破裂し隆盛を水浸しにする。
「うおっ、おい、ちょっ、冷てぇえ!」
寝惚けていた隆盛も堪らずに、意識を覚醒させて驚く声を上げた。
そして水塊をぶつけて来た彩香に対して、キッと怒りのままに睨んできた。
「彩香! いきなり何すんだよ!?」
「休日とはいえ、いつまで経っても起きない隆盛がいけないんです。心配したって言うのに……。それに! 水で濡れたくらい朱雀を使役させているんですから、どうってことないでしょう?」
「いや、そういう問題じゃねぇーよ! むしろ祝部も何で止めてくれなかったんだよ! 下着までビショ濡れだぜ……」
「すまん。止める暇もない程の早業やったから……」
下着まで濡れた事に嘆く隆盛に、佳は思わず同情してしまった。
水を掛けられて起こされるなんて状況は、テレビの中でくらいしかない。
とはいえ、彩香を咎める気にもなれなかった。ここに来るまで隆盛の身を案じていた側からすると、気持ち良さそうに眠る隆盛の寝姿は、咄嗟に怒りたくなる程に気の抜けた風体だったのだ。それに隆盛に起きて貰わなければ、話したいことも話せない。
(百瀬が何の話をしたいのかは分からへんけど……)
恐らく自分が話す話と関連しているような気がする。
そのため佳と彩香は隆盛の準備が整うのを、部屋で待っているしかない。
ただ少し気になったのは、待っている間に彩香の様子が落ち着かない点だ。
「百瀬、どうかしよったん?」
「あっ、いえ……少し気になる事が幾つかあって。けど、大丈夫です。気にしないで下さい」
「そう言うても、いつも落ち着いてる百瀬にソワソワされてると、気になってしまうんやけどなぁ……」
「うっ、そうですよね。確かに……」
佳が苦笑を浮かべてそう言うと、彩香が痛い所を突かれたと言わんばかりに言葉を詰まらせて来た。
「実は、少し気にしてる事があって」
「よぉし! 準備完了! それで彩香と祝部の用って何なんだ?」
彩香の言葉に重なるように、洗面所の方へ行っていた隆盛が戻ってきた。
「ーーでは、少し場所を変えましょうか。休日にずっと部屋にいるのも勿体ないですから。良いですか?」
「ああ、俺はええけど」
「俺も良いぜ。せっかく着替えたしな」
彩香の言葉に佳と隆盛が頷くと、彩香が少し早歩きで歩き始めた。
「なんで彩香の奴、いきなり早足なんだ? 行きたい店でもあったんかな?」
「そういう訳やないと思うけど……」
首を傾げさせる隆盛に曖昧に答えながら、
(さっき言い掛けた事と関係がありはるんかな?)
内心で佳はそう見積もっていた。




