一つ目の話
「顔を合わせられないって……。そうは言っても櫻真。あたしたちは陰陽院に捕まった儚の救出に向かわないといけない。それはつまり自ずと桜鬼とも対峙する事になるんだぞ? そこを踏まえて言ってるのか?」
魄月花の疑問に櫻真はすぐに答えることができなかった。
本心を言ってしまえば、もう桜鬼と対峙したくはない。
「ーー儚を助ける為に手助けはしたいと思う。けどごめん。儚を助けに行くことはできへん」
櫻真がそう口にした後、恐ろしいくらい静かな沈黙が流れた。
魄月花からの罵倒が来るとも想像したが、それすらもなかった。
ただあったのは静かなる沈黙だ。
そんな沈黙が少し続いた後、魄月花が確認するような口調で櫻真へと尋ねてきた。
「櫻真、本当に良いのか? その決断で?」
魄月花の言葉は審判員のような重みがある。そしてその重みが櫻真へと容赦無く落とされ、頷くことも、首を横に振ることもできなかった。
「無理強いはしない。けどあたしはこの状況を打開しようとしてる奴の為に動く。それだけは頭の片隅に置いといてくれ」
魄月花がそう言うと、「話は終わりだ。身体を休めとけよ」と言って櫻真の部屋を後にしてきた。
一人、部屋に取り残された櫻真はベッドに横たわる事も出来ないまま、頭を下げて涙を流していた。
何が悔しくて、何が悲しくて、何が嫌で、何が情けないのか。
濁った感情が櫻真の胸中で攪拌され、掴むべき答えを隠してしまう。
部屋で取り残された櫻真の心の中は……ただ、ただ怖くて堪らなかった。
「まずは僕から話そうか」
車座に座る桔梗が口火を切った。
「これは僕がまだ京都に来る前に聞いた話なんやけど……」
北関東にあるA公園にある公衆トイレで起きる怪奇現象についての話だ。
「その公園は中々の心霊スポットでね。その噂を聞きつけた十代後半の子たちが夜、冷やかしの為にレンタカーで公園を訪れたらしいんよ」
A公園は広大で尚且つ山間という事もあってか、街灯が凄く少ない公園だった。
雰囲気だけで言えば、もう既に出そうという雰囲気が出ており、冷やかしに出かけたメンバーの中には、公園に入ってすぐに二人ほどが辞退したらしい。
けれど残った五人が勇気を振り絞って、公園内にある公衆トイレを目指していく。
噂によると、そのトイレの中の奥のトイレに入り『もう、死んでますよ』と一声を掛けると、何処からともなく『知ってるよ』という声が返ってくるらしい。
噂の公衆トイレに向かう五名は、誰がトイレの中で声を掛けるか、などの話で盛り上がっていた。その場にいた殆どが噂を噂としか捉えていなかったのだ。
公衆トイレは公園内でも一番奥にあり、昼間でも殆ど利用する人がいない閑散としたトイレだった。
五人でジャンケンをして、負けた仲間Bがトイレに入る。
それを残りのメンバーが動画撮影をしていた。
トイレに入った一人が例の掛け声を言う。
『もう、死んでますよ』
声は静かなトイレの中で、やけに大きく響く。動画を撮っていた仲間たちも思わず息を飲むほどだった。しかしその後に続くはずの返事がない。トイレの中に入った仲間がもう一度、掛け声を言うも、返ってこない。
ーーやっぱり、噂は噂。実際はこんなものだ。
と仲間の一人が口にして、トイレの中に入っていた仲間Bに「出てこい」と声を掛ける。
すぐにトイレから仲間Bが出てきた。
外で待っていた仲間が『がっかりだったな』『残念だね』などの言葉を出てきた仲間Bに声を掛ける。しかし仲間Bは、そんな言葉に対して浮かない顔をしていた。
仲間の一人が「どうしたの?」と声を掛ける。
すると顔を青くした仲間Bが小さなか細い声で、
「声、したよ」
と答えてきたのだ。
トイレに入っていた仲間Bの言葉に、全員が恐怖に襲われた。
その場に漂う空気も手伝い、誰一人として疑わずにその場を走って逃げ出したのだ。
そのまま走って逃げ出した五人は、公園の入り口まで辿り着いた。
そして公園の入り口に出た瞬間、トイレの中に入っていた仲間Bが急に笑い始めたのだ。
「アッハハハハ……」
突然笑い始めた仲間Bに対して、誰もが目を丸くさせていた。
ーー幽霊に取り憑かれたのかもしれない。
四人が仲間Bを見て、そう思っていた。
けれどそんな顔を引き攣らせる仲間たちを見て、仲間Bが口を開く。
ーーさっき、トイレの前で言った事は全て嘘だ、と。しかし全員が疑いもせず、全力疾走で逃げるものだから、堪え切れず笑ってしまった、と。
仲間Bからのネタ明かしに、全員が安堵し、そして大いに盛り上がり、笑いが起きた。
ーーそうだ。辞退した二人を同じように驚かしてやろう。
仲間の一人が笑いながらそう提案してきた。
すぐに全員が賛成し、辞退した二人がいるレンタカーまで戻った。
辞退した二人は車に乗り込んでおり、その影を見ながら五人は演技を始めた。
先ほどの本心からの恐怖はないが、それでもついさっきの事だ。上手く演技が出来るだろうと踏んでいた。
そして五人が少し大袈裟に急いだ様子で車へと乗り込む。すると急いで乗り込んできた仲間に対して、二人が驚き恐々とした表情を浮かべてきた。
二人のそんな顔を見た五人は、内心で喜びながらも暗い表情を続けていた。
辞退した二人が「何かあった?」「何で急いで来たの?」と声を掛けてくる。けれど五人はすぐに話す事はせず、重たい空気を続けていた。
運転手役の学生がゆっくりとレンタカーを走らせる。
走らせてからも、重たい空気を続けていた五人に痺れを切らした辞退組の一人が声を掛ける。
「どうして、誰も何も話さないの?」
車の中に響いた質問に、五人は笑うのを必死に堪えていた。
そして助手席に乗っていた仲間Bが先ほどの様に暗い声音で、作り話を口にした。
作り話を終えると、五人は各々で二人の顔を盗み見ていた。
二人とも噂は知っているし、夜の公園の不気味さに怖じ気ついたほどだ。
きっと凄く怖がっているだろう。
誰しもそう思っていた。
しかし辞退した仲間の二人は脅える事もなく無表情のまま「へぇ……」と一人が呟いただけだ。その薄い反応に五人は内心でがっかりしていた。
もしかすると、話の途中か、誰かの反応を見て、作り話だと分かってしまったのかもしれない。
五人は静かに残念がっていた。
その内、助手席に乗っていた仲間Bの端末が光り、着信音が鳴り始めた。
端末の画面を見た仲間Bが「はっ?」と短い驚き声を上げる。
そんな仲間Bに一人が首を傾げながら「どうしたの?」と尋ねる。すると表情を硬くさせたまま仲間Bが画面に浮かぶ名前を見せた。
その名前は辞退した仲間の一人だ。
驚いて他の仲間たちも仲間Bに電話を掛けているはずの仲間の顔を見る。
しかしその仲間は端末すら持っておらず、静かに車の後部座席から五人の顔をニタニタと笑いながら眺めていた。気づけばもう一人も同じ顔で五人を見ている。
「おまえら……」
仲間Bが思わず声を掛ける。
すると不気味な笑みを浮かべた二人が、
「「来たよ」」
と答えてきたのだった。




