少女の加虐性
穂乃果は自身の部屋で結界を作り、その中へと入っていった。
点門の中には椅子に縛り付けられた儚がいる。
椅子に縛り付けられた儚は頭を下にし、ぐったりとしていた。縛り付けられた儚は下着しか身につけておらず、それ以外の服は剥ぎ取られた状態だ。
「昨日の内に苛め過ぎちゃったかな? けど、穂乃果が悪いんじゃないよね? 穂乃果が穏便に済まそうとしているのに、契約書を渡さないそっちがいけないんだもんね?」
椅子に座っている儚の身体には、所々黒くなった火傷の跡がある。
契約書を出させる為と称して、儚に高圧電流を流していた為だ。その電流の熱によって肌の表面に火傷を負ったのだろう。
「ねぇ、寝てないで早く起きてよ」
穂乃果がそう言って、儚の前髪を無造作に掴み、顔を上げさせた。
今まで意識を失っていた儚が髪を引っ張られた痛みで「いっ」と小さな声を上げて、目を開けてきた。
「そうそう。ねぇ、契約書を渡す気にはなった? そうじゃないと今日も痛い目にあうことになっちゃうよ? あっ、でも今日は電流を流したりはしないよ? 少し痛いかもしれないけど、シャーペンで『私は悪い子です』って顔に彫ってあげる。ねっ? 嫌でしょ? そんな恥ずかしい文字がお顔に彫られちゃうなんて」
加虐的な笑みを浮かべた穂乃果が儚にそんな脅しを掛けてくる。
そんな言葉を掛けられた儚は、微かに震えていた。その震えが前髪を掴んでいる穂乃果にも伝わってきて、背筋がゾクゾクとした。
嫌いな奴が自分を前に脅えている。ああ、なんて気持ちいいのだろう?
儚の口にはキツく布が巻かれており、術式の詠唱はできない。
つまり今の穂乃果に儚はやられたい放題なのだ。
「じゃあ、穂乃果のお願いタイムを始めまーす。昨日も言った通り、貴女が持ってる契約書を早く穂乃果に渡してくれないかな?」
掴んでいた前髪を離し、穂乃果が儚へと尋ねる。
手にまとわりついた気持ち悪い髪の毛を払いながら。
昨晩からの出来事で穂乃果が本気である事は、儚も重々分かっているはずだ。
しかしそれでも儚は穂乃果を睨み付けたまま、首を頷かせては来ない。頷かないどころか生意気にも穂乃果の事を睨んでくる。
その態度に穂乃果はイラッとした。
「……なん、なのっ! その態度はっ!」
声を張り上げ穂乃果が部屋から持って来た一本のシャーペンの先を儚の太腿へと勢いよく突き刺した。シャーペンが儚の太腿に突き刺さり少量の血が噴き出す。
痛みで儚の顔が大きく歪み、目からは涙が溢れ出てきた。
布に縛られた口からはくぐもった声が溢れ出る。
「さっさと穂乃果の言うことを聞けばいいのっ! 今のアンタにそれ以外の選択肢なんてないんだから! 何でそれが分かんないの? 本当に頭が悪い女はっ!」
儚に罵詈雑言を浴びせながら、穂乃果は何度も何度も儚の太腿にシャーペンを突き刺す。
その内、持っていたシャーペンが儚の血で血塗れになった。
儚が肩を震わしながら痛みで涙を流している。
「いい? 次は胸に突き刺してやるから。でも大丈夫。多分こんな細いシャーペンで突き刺されたくらいじゃ、死なないだろうから」
赤く染まったシャーペンの先を指先に当てながら、穂乃果が更に儚に脅しを続ける。
穂乃果に尋ねられた儚は布を食い縛り、何かモゴモゴと話している。
「ん? なに? 聞こえない〜〜! もっとハッキリ話してくれなきゃ」
わざとらしく片耳を儚へと向けて、穂乃果が戯けた声を出す。
そんな穂乃果に対して、再び儚が「ん〜〜、ん〜〜!」と声をあげている。
「あはは。ウケる! 牛みたいに鳴いてる〜〜! キモっ!」
一頻り儚を笑い飛ばしたあと、穂乃果が儚の口を塞いでいた布を解き始める。あんまり苛め過ぎて意固地になられても困るからだ。
「はい。穂乃果は優しいから布を取ってあげる。あっ、でも術式を唱えようとしたら、すぐに布を喉の奥にまで突っ込むから。変な事はしないでよね?」
そう言いながら儚の口を塞いでいた布を取ると、涙目の儚が穂乃果の顔を睨みながら口を開いてきた。
「契約書、契約書って言うんやったら……ウチを魁と会わせて」
儚が開口一番にそう言ってきた。
「さっきまで泣いてた癖に、随分と強気な事を言うんだね?」
まだまだ自分に屈した様子のない儚に対して、穂乃果が若干苛立った様子で答える。
しかしそんな穂乃果の怒気を感じても、儚の態度は強気なままだ。
(この女、自分の置かれてる立場が分かってるわけ?)
「あのさぁーー、穂乃果にお願いするんだったら、もう少し物の頼み方ってなぁい? 例えばさぁ……」
言葉を切り、穂乃果は儚が縛られている椅子を手で思い切り背後へと倒す。
椅子に縛られたままの儚は為す術もなく、椅子と共に床に倒れ込む。そして倒れた椅子を穂乃果が足で転がすように蹴り、儚の顔を足で思い切り踏みつけた。
「本当は土下座して欲しかったけど、椅子が邪魔で厳しいもんね? 穂乃果は優しいから、このくらいで我慢してあげる。あーあ、生理的に受け付けない女に譲歩してあげる穂乃果って、本当に優しい〜〜」
足の裏で儚の顔を床に押し付ける。
穂乃果に足で踏まれた儚の鼻からは赤い血が溢れ出ている。
実に愉快で言い様だ、と穂乃果は思う。
「踏みたければ踏めばええよ。ただ魁に会わせてくれへんのなら、絶対に契約書は渡さへんから」
「こんな惨めな格好でよくそんな口が聞けるよね? 貴女さぁ、心臓に毛でも生えてるんじゃない? 穂乃果だったら絶対に無理〜〜」
「……アンタの能書きなんてどうでもええから。はよ、選んでよ。このまま契約書を取ることできずに無意味に終わらせるか、会わせて次に進むか」
穂乃果に足で踏まれならも儚は強気な視線で穂乃果を見てくる。全く心の折れる様子のない儚に対して、穂乃果は妙な焦りを感じた。
これではまるで自分の方が馬鹿を見ているみたいではないか。
そう思うと無性に腹が立ったため、穂乃果は儚の腹を思い切り蹴飛ばした。腹を蹴られた儚が激しく咳き込む。
「自分が悪いんだからね。穂乃果に対して生意気な態度をするから。それでさっきの選択肢だけど……穂乃果はどっちも選ばない。だって選択肢を与えるのは穂乃果の方なんだもん。アンタに魁とは会わせないし。契約書も穂乃果のものにする。つまりアンタが言ってる事は全部、ぜーーんぶ、無意味なの」
床に椅子ごと倒れる儚を見下ろし、穂乃果が鋭く睨む。
するとその瞬間に穂乃果の身体に、ドッと重い物がのし掛かってくる感覚と酷い倦怠感に襲われた。油断すれば膝から折れて倒れてしまいそうな程だ。
視界がグラグラと揺れ始める。頭が鈍器で繰り返し叩かれているようにズキズキと痛む。そしてその痛みに伴ってか、肌から体温が奪われ、手足が痺れてきた。頭痛、身体の痺れ、それに加え、穂乃果を襲ってきたのは急激な吐き気だ。
自分の腹の中から胃液が逆流してくる。穂乃果は思わず口を手で抑えるが、逆流してきた胃液、未消化の食べ物、そして血が口の中から一気に溢れた。
(ど、いうこと?)
手にべっとりとくっ付いた吐瀉物と血を見て、穂乃果は目を丸くさせた。
けれどその驚きもすぐに頭の痛みに遮断される。手足の感覚すら穂乃果から奪われている。
まずい。不味い不味い不味い不味い……。
急激に悪化した体調に穂乃果の危機感が一気に溢れ出す。
「どうなってるわけっ!」
混乱したまま穂乃果が点門を開いて、結界から飛び出す。
点門を出た場所は、穂乃果に当てがわれた部屋だ。点門を出た所で足と足が縺れ、そのまま床へと倒れ込む。
「……か。だ……かぁ」
必死に声を出して助けを呼ぼうとするが、声が掠れて出てこない。
(魁はどこに居るのだろう?)
そうだ。従鬼ならば霊的交感を使って助けを呼ぶ事ができるはずだ。
床にうつ伏せで倒れたまま、穂乃果は魁を呼ぼうと意識を集中させる。
しかし、ズキズキと続く頭痛の所為で上手く霊的交感に集中する事ができない。このままでは、本当に命の危機だ。
上手く思考回路は回らないのに、恐怖心だけは止め処なく溢れてくる。
どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか? 全く理解ができない。そもそも自分の身体に何が起こっているのかすら分からない。
(ーーあの女が……何かした?)
そうでなければ、いきなりこんな不調を起こす訳がない。
「くっ……あぁあああああああっ!」
頭の痛みに抗えず、苦痛のまま穂乃果が叫び声を上げる。上げた瞬間に再び胃の中から黄色の胃液が血と共に溢れてきた。




