百物語
「菖蒲ちゃん、腹立つ気持ちは分かるけど……耐えた方がええよ。僕らが悔しがるほど、コイツの養分になるだけやから。それに最初の葵の出方を観察するのと、少し葵を翻弄できたと思えば無駄でもないやろ?」
それこそ葵が自分と菖蒲が協力関係者と睨んでいても、菖蒲と桔梗がその証拠をはっきりと見せず櫻真側であるように見せていれば、葵も下手な行動は出られない。
だからこそ、琵琶湖に行った際に葵が桔梗の元へ鬼絵巻を寄越してきたのだから。
桔梗が菖蒲の協力者かどうかを調べるために。
もしあの時に桔梗が櫻真に鬼絵巻を渡そうとしていたのなら、葵は桔梗を菖蒲の非協力者として見ていただろう。
しかしそれをすることはできない。むしろしてはいけない。
仮にあの時、桔梗が葵よりと見せかけて行動すれば、その後の葵が図に乗るだけだ。
腹の中では桔梗を怪しみ続けながら、良いところで桔梗を使おうとするだろう。
桔梗からすればそんなの御免だ。
だからこそ、葵があの動きをした後は菖蒲との芝居を辞めにした。
桔梗の返答に葵が詰まらなそうな顔で「ふーーん」と返してくる。葵からすればもう少し慌てふためいている様を見たかったのだろう。
「まっ、桔梗の言う通りやな。それに僕が櫻真を邪魔しても、桜鬼がしてくる事は従鬼としての範疇に収まるものやった。それを踏まえて考えても桜鬼が櫻花を認識している線はだいぶ薄まったんよ。後はどのタイミングで櫻花が表に出てくるのか、それを知りたかったのは確かやな。ただ最初の話に戻すと、鬼絵巻を破壊しようとすれば櫻花が出てくる可能性が高いし、そもそも鬼絵巻から溢れる呪詛でやられる可能性もある。だから単身で鬼絵巻を破壊するのはやめた方がええ」
最後に菖蒲から諭された、夜鷹が少し視線を下げて思案し始めた。
「では、鬼絵巻を破壊せずに前回のように契約書を燃やす、ーーと言ったら、きっと私は彼女に殺されるのでしょうね?」
夜鷹が深い溜息を吐き出しながら、葵の方を見る。
すると葵が満面の笑みで、
「ピンポーン。その通り」
と答えてきた。
「しかも……まだ契約書を燃やした後で殺されるならまだしも、燃やす前に殺されたらそれこそ死に損。そんな状況になれば私は地縛霊になるしかありませんね」
「オホホ。そしたら私が素敵な術式で強制浄化してあげるわ。行き先は地獄かもしれないけれど。そもそも魂すら残るかも怪しいけれど」
葵の冗談にも取れない言葉を前に、さすがの夜鷹も大きな溜息を吐いている。
けれどこれで夜鷹が予期せぬ動きをする可能性は、限りなく低くなっただろう。
桔梗がこの結果に内心で満足していると、溜息を吐いていた夜鷹が表情をコロリと変え、
「では、私を騙した鬼畜豚野郎に鬼絵巻破壊を試させます? 嘘は大罪。ならばその罪を償うために、一か八かの掛けに出て、相打ちして貰うというのはどうです?」
と提案してきた。
やはりまだ紫陽に騙されていた事を根に持っているらしい。
けれど、それは自分たちに損しかない事を菖蒲が説明し棄却した。
一通りの話が終わった所で、再び瑠璃嬢が言葉を掛けてきた。
「話を変に蒸し返したくはないけど、一つ気になったから訊くわ。……何でそれを最初の時点で櫻真に言わなかったわけ? 言ってれば櫻真だって鬼絵巻を集めたりしないのに」
何気ない瑠璃嬢の疑問に、菖蒲が眉を顰めさせている。
「それは……菖蒲ちゃんにも甘い所があるからなんよ」
押し黙ってしまった菖蒲に代わり桔梗が答える。
「見落としてたって事?」
「いいや。見落とした訳やないよ。それこそ話さないって決めたって事は話すっていう選択肢もあったという事やから。けどそれをしなかったのは、一重に櫻真君を菖蒲ちゃんが可愛いがとったから」
「……どういうこと?」
未だに上手く状況を掴めていない瑠璃嬢が首を傾げさせる。
「考えてみて。もし家にこれから『敵かもしれない奴が住むから』って話したら、瑠璃嬢はそこに居れはる? かと言って悪い奴にも見えない桜鬼を『出て行け』とも言われへんやろ? 仮に『敵なんやろ?』って問い詰めたとしても、桜鬼が分かってなかったら、そこで凄く気まずくなるだけやと思わへん? そして逆に桜鬼が櫻花を知っていたら、それはそれで櫻真君たちが危険になるからね」
「うんうん、そうそう。そこまでは偉かったのよね〜。姐さんとしても最初は本当にヒヤヒヤしたわ。菖蒲辺りが余計な事をベラベラ喋ってたら……あおりん、本当に困っちゃったわ」
「まぁ、僕としても正しい選択ではあったと思うよ? それこそ自分を良い歳こいて「あおりん」とか言っちゃう痛い人が脅しも掛けてくるし」
桔梗が葵を牽制しながら、黙る菖蒲を見る。
菖蒲はこれまで櫻真に真相を語らなかった事を、後悔している節があった。
例えば今のように桜鬼と対峙した時に、仲良くなっていればいるほど櫻真の気持ちが辛くなるからだ。そして櫻真は自分たちの想像以上に桜鬼と仲良くなっている。
だからこそ、櫻真は桜鬼が孕む危険性を知り、激しく動揺し落ち込んでしまったのだ。
「……一応、期待せずに葵に尋ねるんやけど」
「はいはい。何かしら? 先ほど私に悪たれを吐いた狐ちゃん」
癇に障る葵の言い回しにイラっとしたものの、桔梗はそれを飲み込んだ。小さな怒りの為に、大きな情報を逃すわけにはいかないのだから。
「桜鬼は櫻真君に『鬼絵巻を集めたら自分たちの願いを叶えるから、自分の記憶を取り戻したい』って言うてたらしいんやけど、それについて君は何か知ってはるの?」
葵はこの中で一番、諸事情に詳しい人物だ。
そして自分たちの疑問が葵の支障にならなければ、答える可能性は高い。
(とはいえ、僕らを翻弄するのも大好物やからーー)
葵の賽がどちらに転ぶかだ。
桔梗からの質問を聞いた葵が目元だけを微笑みながら、黙っている。
(教えない方の天秤に傾きよったかな?)
すぐに反応を示さない葵を見て、桔梗が内心で肩を下げた。
けれどそんな桔梗を余所に、菖蒲が口を開く。
「さすがの葵でも初耳やったか?」
静かな声音の菖蒲に対して、笑っていた葵の顔が不愉快そうに歪む。
「あら菖蒲ちゃん、それはどういう意味かしら?」
「魄月花と以前に、話してた事があるんよ。葵は櫻花に対して興味はあっても桜鬼の方には興味がないやろうな、ってな。だから桜鬼に関する情報は葵も品薄なんやろ?」
菖蒲がそう言うと、葵が「はぁあああ〜〜」と盛大な溜息を吐いてきた。
そしてくだを巻いたような言い方で、葵が言い訳をし始める。
「だってぇ〜〜、仕方ないじゃあない? これまでの桜鬼なんて『鬼絵巻を集める事が一番』見たいなぁ〜〜、少年ジャンプ系女だったんだからぁ。むしろ今のジャンプも多少は恋愛を入れるわよぉ?」
全くブレない葵の主張に桔梗は頭を抱えたくなった。
葵が自身の趣味としているのは『絡み合った人間関係・拗れた人間関係』だ。そして人間関係の縺れは大抵の場合、野心、嫉妬、恋心が絡んでくる。
葵はその人間が織りなす関係性をとても楽しんでいる。だからこそその関係性を縺れさせる為に、横槍を入れて掻き回すのだ。
(厄介にも程がある)
「つまり君が桜鬼の心を幼稚と見做して、全くマークをしてなかったと。君はここぞという時に使えへんね」
葵への期待値も下がり、桔梗が溜息を吐いた。
これで桜鬼が口にした言葉の真意は分からず仕舞いという事だ。
「つぅ〜〜か、そんな疑問に思うことでも無くね? ただ単に桜鬼の中に櫻花の意識の一部が彫み込まれてただけでしょう? それを「分からへん、分からへん」って言うてる方が愚かというものよ」
プライドが刺激された葵がどうとでもない、と言わんばかりに言葉を吐き捨ててきた。
その瞬間、桔梗と菖蒲は表情を変えぬまま小さくガッツポーズを作る。
(良かった。プライドが高いアホで)
自身の観察眼についてぶつくさ話す葵を見ながら、桔梗はそう思った。
「ーー怪談会にお集まりの皆様、大変長らくお持たせ致しました。これより百物語を始めさせて頂きます」
白い布で顔を覆った精霊もどきが桔梗たちへと声を掛けてきた。
そのため桔梗たちの会話は終了し、百物語の開始となった。




