猿芝居
「おばちゃんのお話は終わった? いい加減、百合亜に魘紫を返してよ〜〜」
怒る大人の事情などどうでもいい百合亜が、夜鷹へと小さな手を伸ばす。
すると怒りを露わにしたいた夜鷹も流石に口を閉じる。
「返してよ、と言われましても「はい、良いですよ」とは頷けません。私にはまだ私を騙した男が持つ鬼絵巻を破壊するという使命がありまして……それに私はおばちゃんと呼ばれる年齢ではありません。呼ぶのなら『お姉さん』と呼んで下さいませ」
首を横に振りながら夜鷹が名称変更を百合亜に求めている。
けれどそんな求めが百合亜に通じるはずもない。
「ええ〜〜、返してよ、返して、返して! 大人が子供の物を取ったらダメって先生に習わなかったの? おばちゃん」
その場で激しい地団駄を踏みながら、顔を皺くちゃにしながら猛抗議をする。
夜鷹の言葉など自分の我を爆発させる百合亜にとって、雀の涙よりも小さい。
「魘紫を返して、早く返して返して、返せぇえええ!」
「それに鬼絵巻を壊したら駄目だよ。壊したら魅殊たちが居なくなっちゃうもん。僕、魅殊たちと離れたくない」
思うがままに自分の感情を口にする百合亜を援助するかのように、藤が夜鷹へと訴える。
百合亜も藤も凄く幼い。幼いからこそ、その口から出る願いは無垢なるものだ。
だからこそ夜鷹もそんな二人の訴えに、どう対応すれば良いのか迷い、表情を歪めている。
そんな夜鷹に対して、葵が石を投げてきた。
「葵からも一つ助言があるんだけれど、宜しいかしら?」
困惑の顔を浮かべていた夜鷹が縋るように、葵の方へと視線を移す。
「世の為に鬼絵巻を破壊する、って救世主様になろうとしているのは良いのだけれど、それしない方が良いわよ?」
葵の言葉に反応を示したのは夜鷹だけではない。
桔梗と菖蒲はもちろんのこと、蓮条や瑠璃嬢、そして従鬼たちも反応を示す。
「ーー理由は? まさか鬼絵巻の完成が見たいからなどとは言いませんね?」
「嫌な聴き方をする尼ね。勿論、葵の望みは鬼絵巻を完成させる事だけど……今回は良い忠告をしようと思っているのよ」
そう言いながら葵が意味ありげな視線で菖蒲と桔梗を一瞥してきた。
やはり葵には千里眼の力があるのでは? と思ってしまう。そうでなければ、鬼絵巻に関する知識を知っていたとしても、桔梗たちが話そうとするタイミングまでは分からないはずだ。
(ーーああ、ホンマに嫌になるわ)
桔梗は心の中で辟易とした溜息を吐いていた。
「今の貴女の実力で鬼絵巻へ下手に手を出したら、殺されるだけよ?」
不穏な葵の言葉に、夜鷹の表情が一気に険しくなる。
「随分と暴力的な言葉ですね? 答えて下さると思いますので尋ねますが、鬼絵巻に手を出したら、一体誰に殺されるのでしょう?」
「そんなの、鬼絵巻の主である櫻花に決まってるじゃない? アレが肥大した呪いの根源なんだもの」
「櫻花?」
反射的に呟いたのは葵の正面に座る蓮条だ。そして蓮条は徐ろに葵や菖蒲、そして桔梗の顔を見てきた。
「葵の言う通り櫻花は鬼絵巻の大元。そして桜鬼の中に宿るもう一つの人格のことや」
「つまり、桜鬼は二重人格ってこと?」
蓮条に続いて疑問を投げてきたのは、微かに目を細める瑠璃嬢だ。
「大まかに言うとそうやな。ただ櫻花の人格が現れ始めたのは前々回くらいからや。しかも長い時間出てくるわけやないから、殆どの人が気づかれへん。とはいえ、先日も話した通り前回の主だった虎太郎が契約書を焚書したのも、恐らく櫻花の存在に気づいての事やろうから。そうやろ? 葵」
菖蒲が真剣な表情で葵へと視線を向ける。
すると葵は喜劇話でも語るかのような声音で口を開いた。
「ええ、その通り。だから䰠宮家の当主争いが長い事、お預けになってたわけ。桜鬼が他の従鬼よりも遅れて現界したのもその為よ。ふふ、葵の分かりやすくて素晴らしい解説でした」
「自分で言うな。むしろその話は葵が言う前に菖蒲さんたちが話しとったし」
「はい、蓮ちゃん。ボソボソした声で突っ込むな。姐さんにはちゃ〜〜んと聞こてるぞ〜〜」
「蓮条君、コレには地獄耳もついてはるから気をつけてね」
「まぁ、葵の自画自賛は放っておいて、話を戻すで」
話が逸れそうになったのを、菖蒲がピシッとした声で戻してきた。
おかげで再び緩みそうになった部屋の空気が、再びピンと張る。
「今回の現界の中で、櫻花らしき気配を感じ取ったのは二回。一回目は鞍馬山で。二回目は数日前に気配があった。どちらも櫻花に気づかれへん程度に魄月花が偵察しに行ったから、間違いはない」
「! つまり鞍馬で私を吹き飛ばしたのは……」
「櫻花やな。いつもの桜鬼の気配とは違ってたやろ?」
菖蒲の言葉を受けて、魑衛がすぐに思い当たったように頷き返してきた。
「ちょうど先日に話していたばかりだ。桜鬼から禍々しい気配を感じたと。するとつまりその気配が櫻花という者なのか?」
「そうや。櫻花が表に出てきよる事は、今のところ少ない。けど出てきたい節は見られる」
菖蒲がそう言い終わるやいなや、今度は蓮条が口を開いてきた。
「一つ訊きたいんですけど、桜鬼はその櫻花の存在を認識してはるんですか?」
尋ねた蓮条は少し焦っているような口ぶりをしている。
(櫻真君の事を思ってか……)
やはり蓮条からしても桜鬼の事で落ち込んでいる櫻真を見ていられないのだろう。
「桜鬼は知らへんと思うで。それこそ自分の契約書を虎太郎が焚書したことすら知らなかった感じやからな」
「本当にそう? 桜鬼が純粋無垢な仮面を被って、櫻花を知らないフリをしている可能性もあるわよ? むしろその可能性を疑っていたんじゃないの?」
葵が細めた目で笑いながら、菖蒲に訊き返す。
その口振りは桜鬼への対処をどうするべきか、悩んでいた菖蒲を見ていたかのような口振りだ。
(……いや、見よったのか)
葵ならば苦悩する菖蒲の姿を遠くから観察して、笑っていてもおかしくはない。
そんな葵に対して菖蒲は首を頷かせた。
「もちろん、初めは疑ってた。過去の記憶が完全に僕の中に入ってきとる訳やないし、それこそ事情を知っている魄月花でさえ、桜鬼の内心を読み取ることはできへんから」
「ああ。だから菖蒲たちは鬼絵巻を櫻真に取らせたがらなかったり、桔梗と可笑しな猿芝居をしてたわけね」
「ブッ。猿芝居……」
「ふふ、猿芝居……演者ですのに猿芝居……」
瑠璃嬢の言葉に、葵と夜鷹が頭を背後に向けて失笑してきた。
「下品な君らに笑われると無性に腹立つね」
「ホンマやな。むしろその猿芝居をさせた要因は誰にあると思ってんねん?」
自分と同じように少しイラっとした様子の菖蒲が笑う葵を睨む。
「あら、成人を迎えた大人が人の所為にするのは良くないわよ? だって私が二人で猿芝居をしてちょ、なんて頼んでないでしょう?」
葵の言葉に菖蒲がムッとした表情を浮かべたが、葵は口元に手を添えて「オホホ」と笑うだけだ。




