一石三鳥
百物語とは数名の者で集まり、百の物語を話し終えると本物の怪異に襲われるという、日本に古来より伝わる怪談会だ。
L字型の和室の一室に集まり、怪異話をするのだ。
「まさか、結界内で怪談話をする羽目になるなんてね。しかもこの面子で」
「主の心中、私も心の底からお察し致します」
桔梗の嘆きに椿鬼が同調する。
頷く椿鬼を見ながら、桔梗はここに来るまでの経緯を回想していた。
この結界に閉じ込められた意識を失った桔梗たちは、少し離れた所で見つけた屋敷の光に向かって歩いて行った。すると桔梗たちの前に着物を着た子供が前に現れたのだ。
現れた子供は虚ろな表情で「参加者が集まり次第、屋敷内で百の物語を語ってほしい」と頼んできたのだ。子供の話ではここの屋敷の主がそれを望んでいるという。
しかし桔梗が詳細を詳しく尋ねても、子供たちはただ百物語をして欲しい、とだけ伝えてくるのだ。これでは埒が明かない、と桔梗は詳しい事を訊くのを諦めて、百物語に参加することにした。
どのみち、この閉鎖空間から出られる兆しは掴んでいない。むしろ、この百物語こそが脱出の糸口になっている可能性だってある。そう考えた桔梗は椿鬼と共に屋敷の中へと招き入れられ、同じく百物語に参加する人がいる、という部屋へ案内された。
そして桔梗は案内された部屋で見た光景に、驚きと共に辟易とした気分を味合わされたのだ。
(蓮条君たちは良いとして、何で奴らまで……)
桔梗は真向かいを一瞥してから、うんざりとした溜息を吐いた。
するとそんな真向かいに座る二人の女性から異論が入る。
「物語が始まる前からそんなに嘆いて、如何なさいました?」
「そうよ、そうよ。盛り上がりそうもない飲み会に来てしまったメンズみたいな顔をするんじゃないの」
「……いや、だから。君らが居るのがおかしいんやて。ホンマに」
なんの反応も取りたくない、と思っているが、桔梗は取らずにはいられなかった。
目の前に腰を下ろしているのは、自分と同じく百物語の準備を待つ夜鷹と葵だ。
そんな夜鷹と葵から、両端に座る菖蒲と瑠璃嬢も気持ち距離を取って座っている。そしてそんな二人と自分を含め、桔梗の横に座る蓮条も異物な二人を冷ややかに見ていた。
きっと誰もが心中で同じことを考えているだろう。
ーー何でお前ら二人がここに居るのか? と。
しかしここに葵がいる事で、桔梗はこの百物語に脱出の糸口があるのを確信していた。
「葵がここに居るということは、この百物語イベントは脱出に必須項目なんやろうね?」
念のため確認するように桔梗がそう言うと、葵が目を細めて笑みを返してきた。
「もう桔梗ちゃんったら、私と言う存在に期待してしまっているのね。でもそうね……隠して置いても仕方ないから、答えてあげる。ええ、そう。これは優しい葵が用意してあげた非常口。けれど、ただの非常口では詰まらないでしょう?」
「非常口に個性は必要ないんやけどね……」
「桔梗。葵に正論をぶつけるだけ無駄や」
溜息を吐いた桔梗に、諦めの境地に入っている菖蒲がそう言う。桔梗と菖蒲から渋面を浮かべられている葵はケロリとしていた。
こんな葵に助けられたと言うことに、悔しさを感じて桔梗が肩を落としていると、
「アンタ、のうのうと座ってるけど……少しは自分の身を心配した方が良いと思うけど?」
瑠璃嬢が鋭い視線で菖蒲の隣に座る夜鷹を睨んでいた。
そして睨まれた夜鷹の首元に蝋燭の光を反射させ、美しく光る刃が当てられている。
背後から近づいた魑衛の刃だ。
「あらあら。まだ十代の小娘だと言うのに、恐ろしい限りですね。けれど私の方にも魘紫がおります。そう易々と首を刎ねられる気は毛頭ありません」
首元に刃を当てられているにも関わらず、夜鷹は落ち着いた様子で答えてくる。
「ふん。何を言う? 貴様が魘紫に下手な命令をした瞬間。その時が貴様の絶命の時だ」
「あら? 魑衛ってばお顔と同じく厨二言葉を連発ね」
「黙れ。私はただ普通の言葉を話している。それこそ厨二とは何だ?」
夜鷹との話に割って入ってきた葵を魑衛が訝しげな表情で見る。
「おほほ。そうね、分かりやすく教えてあげると、魑衛みたいな人の事を指す言葉よ」
「私のこと? まるで要領を得ないな。瑠璃嬢、この阿婆擦れは何を言っている?」
益々疑問の色を強めた魑衛が瑠璃嬢の方へと向く。
すると瑠璃嬢は葵の会話にうんざりとした様子で溜息を吐いてきた。
「魑衛、葵姐さんの言ってる事は流して良いから。それこそあたしから言わせれば、従鬼自体……そもそも陰陽師っていうのも厨二だし」
「そうなのか?」
瑠璃嬢の言葉に魑衛が目を丸くさせる。瑠璃嬢は驚愕する魑衛に首を頷かせた。
「納得できるし、否定もできへんから嫌やね」
桔梗が額に指を当てながら、深々と溜息を吐く。
その間にもこの民家に元々いた精霊紛いの者たちが、静かに百物語の準備を始めている。
百灯の青い薄紙の貼られた行灯に、怪談会に参加する者の青い着物、机や鏡などを用意している。
「まぁ、厨二云々は取り敢えずええとして。魑衛、今は刀を納めとき。この際やから立川夜鷹にも話しておく事があるしな。葵、この場で茶々を入れたら許さへんからな」
菖蒲が夜鷹の隣にいる葵を厳しい目つきで睨む。この場で菖蒲の邪魔をするとしたら葵だろう。菖蒲から一睨みされた葵は、わざとらしく眉尻と肩を下げてきた。
「全く菖蒲ちゃんったら失礼しちゃうわ。まるで葵をお邪魔扱いするなんて。それに私が邪魔をするはずないじゃない」
「邪魔をしない、と言い切るってことは、やっぱり全ての事情を把握しとるわけやな?」
険しい表情の菖蒲が尋ねると、葵がしたり顔で微笑んできた。そんな葵の表情に、桔梗も菖蒲と共に辟易とした溜息しか出てこない。
「……腹立つ話ではあるけど、邪魔せんのならええわ」
「なら僕らも青い着物を着てから話そうか。百灯の行灯を用意しはるのにまだ時間が掛かりそうやから」
そう言って、桔梗が行灯をゆっくりとした足取りで奥の部屋に運ぶ精霊紛いを見る。
精霊紛いは顔を白い布で覆い隠し、着用している者は薄青色の水干に白のくぐり袴を履いている。姿からすれば、平安時代の童子のようだ。
とはいえ彼らは精霊ではないだろう。本物の精霊がこの結界内に入るはずないのだから。
(まっ、恐らく彼らは……)
「桔梗の言う通りやな。着物は上から羽織る形でもええやろ」
「あら? 上から羽織らずともガッツリ着替えて下さっても構いませんよ? 私は男性の肌を見ても動揺はしませんから」
「おほほ。良かったわね。上手くすれば、ここにいる美人の柔肌も見れるチャンスよ。ええ、これぞまさにラッキースケベ」
夜鷹と葵の言葉で菖蒲から怒気が上がる。
「面白くもないアホな事を言いよらんで、さっさと着ろ。勿論、服は脱ぐな」
「僕らとしては、見たくない物を見せるなって感じやしね」
「あらまぁ、失礼な方たちですね」
「仕方ないわ。この二人はむっつりスケベタイプだもの。特に眼鏡の方」
めげずに下らない事を口にしている二人を他所に、他のメンバーが青い着物を上から羽織る。それこそ、いつ出口が見つかるかもしれない状態で、自分たちの衣服を脱ぎ捨てたくはない。
しかしそんな桔梗たちに反抗してか、夜鷹がこれみよがしに自分の服をスルスルと脱ぎ始めた。大胆で愚かな夜鷹の行動に、椿鬼や鬼兎火が怪訝な表情を浮かべている。
桔梗たちは見たくもないので夜鷹の方を一切無視し、百合亜たちに青い着物を羽織らせる。
これなら自分も見たくもないものを見ずに済み、百合亜たちにも不純なものを見せずに着替えさせられる。
(まさに一石三鳥)
桔梗がそんな事を思っていると、
「私の美ボディを見ないで宜しいのですか? 修行中以外で見る事は中々ありませんよ?」
夜鷹が桔梗たち男性陣を誘い込むような言葉を口にしてきた。




