厄災の根幹
するとそんな櫻真の視線に気づいた魄月花が一息ついて、櫻真へと口を開いた。
「悪い、悪い。そんな顔をすんな。てか、そういう訝しんだ時の顔、菖蒲に似てんな。さすがは甥だ。まぁ、そんな与太話は置いとくとして……安心しな。ちゃんと櫻真にも話す。これはあたしの憶測だから、話す制限は掛かってないだろうしな。多分。けど、その前にあたしから幾つか質問をさせてくれ」
魄月花の言葉に、櫻真は口を閉じたまま頷いた。
「櫻真は桜鬼の事をどう思ってる?」
真剣な表情で魄月花から尋ねられ、櫻真は喉元が一気に狭まった感覚になった。
「俺、は……」
引き攣りながら言葉を絞り出す。けれど視線は魄月花を真っ直ぐに捉えることができず、一心に少し遠くの畳の上を見つめていた。青々としていたい草の色が時間の経過を体現するように、その色を変えている。感慨深い光景に櫻真は何とも複雑な気持ちになっていた。
(早く魄月花に返事をせんとあかんのに……)
次に続く言葉が詰まらないモノに邪魔をされて、上手く出すことができない。
「ーーこの質問は保留にするとして、次の質問な」
中々返事が出来ない櫻真を見兼ねてか、魄月花が次の質問へと移ってきた。櫻真は自分の情けなさに押し潰されそうになりながら、力なく首を頷かせた。内心で次こそはちゃんと答えようと考える。けれどその気持ちの片隅で不安も膨れている。
「櫻真は、桜鬼を奴らから取り返す気持ちはあるか?」
不安が的中したと思った。
けれど何か言わなければいけないとも思う。
(俺が答えへんかったら、不味い気がする)
別に魄月花に強要されているわけではない。けれど櫻真の中でちゃんと答えなければ、と自分自身が圧迫してくる。ここで答えられなかったら、全てに見放されてしまうような、そんな途方もない感覚に櫻真は襲われていた。
早くちゃんとした答えを言おうと思えば思うほど、身体に力が入る。妙に心臓を打つ脈が速くなっているのが分かる。櫻真は口を薄く開いて、空気を吸う。
言うしかない、と思った。
「正直な事を言えば、桜鬼を取り返す気持ちにはなれてへん」
自分の素直な気持ちを口にしたとき、櫻真は冬にも関わらず背中から汗が一気に出た気がした。言う前よりも言った後の方が動悸も速くなり、全身が微かに震えていた。
罪悪感と怯えが櫻真の中でのたうち回る。
その気持ちに押し潰されないように、櫻真が膝の上で握り拳を強く握った。
「……櫻真、顔を上げな」
頭上から魄月花の声が降ってくる。
どうやら櫻真は自分でも無意識の内に、さっきよりも頭を下げていたらしい。
櫻真が恐る恐る顔を上げた。魄月花は自分の言葉をどう捉えただろう? やはり薄情だと思っただろうか? そんな事を考えながら櫻真が顔を上げる。
すると顔を上げた先にいた魄月花は、少し困ったような表情を浮かべていた。
「悪かったな、櫻真。あたしが意地悪い聞き方した所為で困らせた。ただ、少し弁明させて貰うと、あたしは少し櫻真を試したかったんだ。今の状況でも櫻真は桜鬼を取り返す事を選択するのかどうかを」
魄月花の言葉を聞いた瞬間、櫻真は内心で絶望的な気持ちになった。
自分は選択を間違えてしまった、と。
けれどそんな櫻真の表情に気づいた魄月花が慌てて口を開く。
「あっ! 勘違いすんなよ! あたしはただ、どうして自分が回りくどい言い回しをしたのかを話してるだけで、櫻真を責めちゃいないぞ。むしろ、櫻真の気持ちは……言葉よりもその態度でアリアリと伝わるってるし。それにーー」
魄月花が仕切り直しのように言葉を切り、一呼吸を入れてきた。
そしていつも男勝りの魄月花にしては、珍しい女性らしい穏やかな表情で言葉を続けてきた。
「櫻真は怖いんだろ? この状況で桜鬼を取り返しても、どう接したら良いのかが分からなくて」
魄月花の言葉に櫻真は自然と頷き返した。
頷いた瞬間、櫻真は無性に泣きたくなった。いや少しでも気を緩めたら泣き出してしまいそうだった。
けれどここで泣いたら、それこそ目の前にいる魄月花を困らせてしまう。
櫻真はさっきよりも大きく息を吸い、腹の底から込み上げる感情を静めさせる。
「接し方が分からないと、一緒にいることなんて、まぁ無理だもんな。けど元の話に、そう櫻真が桜鬼と契約した時の話に戻すとな、櫻真が桜鬼を起こすって選択は正しかったと思うぞ」
「ーーどうして、そう思いはるん?」
「櫻真がその選択をしてくれたお陰で、全員が命拾いしたからな」
「命拾い?」
魄月花から出た不穏な言葉に、櫻真が眉を寄せる。
「ああ。あたしの憶測が正しいのなら櫻真が白昼夢であったのは桜鬼じゃない」
「えっ、それはどういう……?」
怪訝な顔で櫻真が尋ねると、先ほどまで穏やかな表情を魄月花が引き締めて、
「櫻真が白昼夢で会ったのは、鬼絵巻の災厄の根幹である櫻花だ」
そう答えてきた。




