厳しい態度
櫻真は魄月花たちに連れられ、まともな準備もする間もなく家へと帰ってきた。
居間には櫻真と共に連れて来られた佳もいて、戸惑った表情で居間のソファに座っている。
魄月花は桜子が呼びに行った浅葱を待っているらしく、櫻真の背後に立ったまま口を開かない。そのため居間にはやや重量感のある空気が流れていた。
しかし直ぐに早足で廊下を歩く足音が櫻真たちの耳を打ってきた。
どうやら桜子が呼びに行った浅葱がやってきたらしい。
それを感じ取った佳が少し居住まいを正している。その間に少し焦った表情の浅葱が居間へと入ってきて、櫻真に声を掛けてきた。
「櫻真、体調はどう? 迎えに行けへんでごめんな。急いで詰めへんとアカン仕事があって、行くに行かれへんかったんよ」
周りなど気にせず、子煩悩を露わにする浅葱に対して櫻真が苦笑を浮かべた。
「父さん、気にせんでええよ。仕事やったんやから。それで、緊急事態ってどういうこと?」
櫻真が尋ねると、櫻真を気遣う表情を見せていた浅葱の表情が一気に険しくなった。
「それがな、昨晩に蓮条たちと連絡が付かなくなってしもうたんよ……。それで明け方近くに戻った魄月花が言うた話しやと、儚は陰陽院の奴らに連れてかれて、蓮条たちはそいつらが形成した厄介な結界の中に閉じ込められてしもうた。そうやろ?」
険しい表情の浅葱が魄月花に問い返す。
浅葱の言葉に佳が目を見開いて、短い動揺の声を漏らしている。
しかしそんな佳の動揺をそのままにして、魄月花が首肯しながら口を開いた。
「そうだ。あたしも含めまんまと神宮寺紫陽の策にやられた。というか完全に発想不足だな。点門を使って、儚ごと取られるとは思ってなかったんだ。そんで奴は菖蒲たちからの反撃を危惧して、殺そうとしてきたんだ」
「殺すって、まさかっ!」
信じられない、と言わんばかりに佳が声を上げてきた。
そんな佳に対して魄月花が肩を竦めさせる。
「奴を信じてたお前からすればショックな話かもしれないが、真実だ。奴が使った術式は『游魂剥離』。名前の通り結界内に閉じ込めた相手の肉体を溶かしながら、魂を剥がしていく術式だ。溶かすまでには数日掛かるが、普通に閉じ込められた奴だとまず出られない。その結界内に入ると、強烈な充足感に抱擁されるらしいからな」
「それじゃあ、早く助けへんと! このままやと蓮条たちが殺されてしまう!」
櫻真が勢いよくそう言いながら勢いよく立ち上がる。
「いや、待て、櫻真。菖蒲たちは殺されたりしない。さっきあたしも言っただろ? 普通に閉じ込められたならって。つまり菖蒲たちは普通には閉じ込められてない。菖蒲が奴の術に閉じ込められる前に、別の術式を発動させたからな」
「それじゃあ、蓮条たちはどこに居るの?」
魄月花に尋ねたのは、まだ険しい表情のままの浅葱だ。
「あーー、そうだな。例で例えると神宮寺紫陽の作った結界内にもう一つの結界を作って、そこに退避している状況みたいだ。一応、霊的交換が出来る程度の細い繋がりも途絶えてないからな。向こうの方でも結界から出る方法を模索するとさ。だから私たちは儚の救出を急いでくれ、だと」
菖蒲の言葉を伝え終えた魄月花が息を吐く。
すると黙って話を聞いていた浅葱が静かに口を開いてきた。
「現状は分かった。儚を助けるのもええ。むしろ……」
浅葱が言葉を徐ろに切り、鋭い視線で佳を見た。浅葱に鋭い視線を向けられた佳の顔が一気に強張る。
「君のお仲間がやった事なんやから、君で対処できへんの?」
冷たい声音の浅葱の質問に、佳は困惑の色を浮かべてきた。しかしそんな佳に対しても浅葱は一切の配慮もなく、鋭い視線で佳を凝視している。
「今の状況は俺から見ても間違ってると思います。だから何とかしたい気持ちもあります。けど俺一人だけでは無理やと思います」
浅葱から放たれる圧に飲まれながらも佳がそう答える。
「一人で無理なら、あとどのくらい必要なん? 厳しい事を言わせてもらうと、僕から言わせれば、こっちの手を煩わせないで解決して欲しいくらいなんやけど?」
「…………申し訳ありません」
「謝りは要らん。君に謝られたって意味はないし。謝るのはその主犯格やろ? 僕が今君に求めてんのは、解決策の方」
頭を下げた佳に対して、浅葱が冷たく切り捨てた。そしてそんな浅葱の言葉に対して、佳は二の句を継げなくなっている。櫻真はそんな佳と浅葱のやり取りを見兼ねて嘴を容れた。
「父さん、祝部君をそんな責める必要なんてーー」
「あるわ。……そうやろ? 今までこの子が陰陽院として櫻真たちの前に立ってたんやから。それとも何? 自分の立場が悪くなると陰陽院から外れはるん?」
そう言いながら、浅葱は深い溜息を吐いていた。
その様子から浅葱が、とても怒っている事が見て取れる。だからこそ櫻真もさっきのように簡単に言葉を投げ返すことができない。
「ーー取り敢えず、この話で僕らの意思は充分に伝わったな?」
硬い表情の佳に対して、浅葱が問い掛ける。
「はい、分かります」
佳が真面目な声音でそう答えると、浅葱がそこで一息吐きながら櫻真の横に腰を掛けた。
「分かったのなら、もう君を責めたりせん。勿論、やれる事はやって貰うけどな」
さっきよりも幾分、声音を和らげた浅葱がそう言うと、頭を下げていた佳が顔を上げる。
「もう一つ僕から言わせれば、魄月花を含む従鬼も何してんの? こういう有事の時に主を守るのが従鬼とちゃうの〜? って問いたくはなるし」
浅葱が顔を上げた佳から視線を魄月花へと移す。
すると浅葱から指摘を受けた魄月花が、痛い所を突かれたと言わんばかりに、顔を引き攣らせる。
しかし浅葱はそんな魄月花にも遠慮なく言葉を続けた。
「従鬼は強いんやろ? 頼りになるんやろ? でも事件が起こる度にハラハラ展開になってはるのは、何でやろう?」
「いやぁ……まぁな。うん、浅葱が言ってる事も分かるぜ? けどほらそこは、私ら従鬼と主は時として一蓮托生でもあるから。ハラハラ展開が起きても多少は目を瞑って欲しい所ではあるなぁ〜と」
「そこ頼んだら終わりやろ。ホンマに僕も頭が痛くなるわ」
眉を顰めた浅葱がそう言いながら、お茶を一口飲む。
それからすぐに浅葱に仕事での連絡が入り、魄月花による状況説明は一度終わりとなった。
居間から出て櫻真が、女中さんに先導されながら玄関へと向かう佳を見ていると、
「䰠宮。さっき聞いた話を住吉たちにしてもええやろうか?」
佳が櫻真の方へ振り返り、そう尋ねてきた。
櫻真は少し考えてから、小さく頷き返す。
佳に話したのだから、隆盛たちに話したらいけないという事にはならないだろう。
「おおきに」
律儀に佳が櫻真にお礼を言い、玄関から静かに出て行った。
(足は止まらへんねんなぁ……)
玄関から出て行った佳の後ろ姿を見ながら、櫻真はふとそんな事を思った。
けれど櫻真はすぐにそれを頭の隅へと追いやり、去った佳の方へ背中を向ける。するとそんな櫻真の正面に魄月花が立っていた。
「櫻真、部屋で休みながらでも良いから、あたしと話してくれるか?」
真剣な表情の魄月花に尋ねられる。
櫻真は魄月花の言葉に力なく頷いた。
「ーーええよ」
真剣な表情の魄月花の言葉を拒否できる事はできない。それこそその気力さえ、今の櫻真にはなかった。




