遠い人
「正直、䰠宮の話はホンマに驚いたし、䰠宮の話に頷く事にも躊躇いはある」
「そうやろうな。祝部君はホンマに慎重やから」
「いや、そうやない。俺が䰠宮の話に直ぐに頷けへんのは……䰠宮が嘘を言うてると思っとるんやなくて、紫陽さんたちを信じたい気持ちがあるからや」
佳の言葉に櫻真は思わず怪訝な顔付きになった。
「変な話やな。その言い方だとまるで……」
紫陽に対して佳が何かしらの不信感を抱いているような口振りだ。
櫻真の言葉に佳が眉を顰めさせる。これまた櫻真の考えを肯定するのを躊躇っている様子だ。
「䰠宮……。俺もこの件に関してもう一度、自分で考えて答えを出したい。陰陽院の一人としてやなく、祝部佳として」
佳が櫻真にそう言い終えると、またすぐに息を吸い吐いてから口を開いた。
「でも今日、䰠宮と話したかったのはこの事やなくて……俺な、千高に好きやて言うたんよ」
声はひっそりとしていたにも関わらず、櫻真の耳には酷く鮮明に聞こえた。
驚かなかったといえば嘘になる。
しかし佳が紅葉に告白したからといって、櫻真が何か言える義理はない。
そのため佳の言葉を聞いた櫻真は、
「どうして、それを俺に?」
という返ししか出来なかった。
そして櫻真の言葉を聞いた佳も小さく頭を振りながら、答えてきた。
「明確な理由はないと思う。多分……うん、そうホンマに多分……」
言葉を濁す事が少ない佳にしては、珍しい言葉が返ってきた。
恐らく自分の中でも何故、櫻真に自分が紅葉に告白したことを口にしたのか分かっていない様子だ。衝動、なのかもしれない。と櫻真は少し戸惑う佳を見てそう思った。
そしてそんな佳の反応が櫻真にとって、少し遠い人の様に感じてしまった。
「そっか。でもその事に関して言うと、俺は何も言えへんよ。それこそ祝部君の告白に対してどう応えるかは紅葉の問題やから」
櫻真があっさりとした口調で佳に返す。
するとそんな櫻真の態度が気に障ったのか、佳が眉を少し顰めてきた。
「そう言わはるのは、やっぱり祥と付き合っとるからか?」
語気を強めた佳に対して櫻真が静かに首を振る。
「ちゃうよ。俺は別に祥さんと付き合ったりしてへんし」
「えっ? 付き合ってへんって……でも学校ではみんな……」
「祥さんが誤解を生むような事を言うたらしいんよ。それで周りの人が勘違いを起こしはってるだけや」
そう言って、櫻真は一つ溜息を吐いた。
言葉と共に思い出されたのは、昨日の祥との事だ。
病室のベッドの上で掘り起こされる記憶は、自分の物のはずなのにやたらと他人事のように感じた。そうあの時の事が全て夢であったかのようだ。
「じゃあそしたら、䰠宮はどうするん?」
「どうするって?」
「誤解を解かへんとアカンやろ?」
「うん、まぁそうなんやろうな」
櫻真は気の抜けた声音で首を頷かせた。正直な事を言えば、櫻真は学校で広がっている誤解を解くことに、尽力しようとは思っていなかった。
噂が誤解である以上、自分が必死に何かせずとも、その内に火は消化されるはずだ。
けれどそんな櫻真の内心を他所に、佳が複雑そうな表情を浮かべてきた。
だが複雑そうな表情を浮かべているだけで、佳が櫻真に何かを言ってくるわけではない。
そのため櫻真は再び口を閉じ、無言のまま時間を費やしていた。
それから佳が再び口を開いた。
「ーーそれこそ祥との誤解をどうするかは䰠宮しだいやろうけど、放置したりはせん方がええと俺は思う。……紫陽さん達のことは俺の方でも様子を見てみるわ」
櫻真にそう言い残して、佳が病室から出て行こうとした瞬間。その佳の足を止めるほどの勢いで、魄月花がやってきた。
病室に入ってきた魄月花が櫻真と佳の姿を見る。
「朝からやり合ってた感じはないな……」
ぼそりと魄月花が呟き、出て行こうとしていた佳の肩を掴んで、そのまま自分と一緒に櫻真のベッド近くまでやってきた。
いきなり肩を掴まれ、櫻真の元に連れてかれた佳も戸惑った様子だ。
しかしそんな戸惑う佳を他所に、魄月花が櫻真へと口を開いてきた。
「緊急事態だ、櫻真。このまま家に帰るぞ。今、お前の母親が手続きしてるから」
立て続けに起こった予想外の出来事に、もう既に櫻真はどう反応すれば良いのか分からなくなっていた。頭を頷かせることすらできない。
しかしそんな櫻真にも気遣う余裕がないらしい魄月花が、雑破な手つきで櫻真の荷物をまとめ始めている。
どうやら、さっきの言葉は本気のようだ。




