足掻き2
魘紫の前に結界が張られる。けれどその瞬間に夜鷹の肩から血が吹き出した。一瞬、何が起こったのか分からない様子で、夜鷹の目が見開かれる。
しかしすぐに目を見開いた女は理解した。
「まぁまぁ。ええええ。そうでしたね」
血で赤く染まった肩から下の腕をだらんと降ろし、誰もいない虚空を見つめる。
先ほどまでそこには、魘紫に向けて銃弾を放つ椿鬼がいたはずだ。
けれどそこに狙撃手である姿は霧散している。そう魘紫を狙っていた椿鬼は誰にも気づかれる事もなく、幻術で本物と偽物を入れ替えていたのだ。
そして本物の椿鬼は気配を殺し、魘紫ではなく夜鷹を狙っていた。
相手に一手を決めた椿鬼の傍らで、刀を構えた鬼兎火が魁の前に立ち塞がっていた。
足を縦に広げ、腰を低く下ろす。刀身は顔の横。霞構え。構えた刀身は業火を纏い、夜の闇を跳ね返すように、紅く光っていた。鬼兎火が少しの間、息を読み、攻撃の間合いを計っている。そして刹那の時間で呼吸を整える。地面を強く蹴っていた。
構えを変え、下段から上段へと刀の斬線を描く。その瞬間に炎の斬撃が魁へと放たれた。
けれどその炎の斬撃を魁が大槍で薙ぎ払う。薙ぎ払われた大槍が次の瞬間に、鬼兎火に向かって振り下ろされた。槍は基本的に打撃には向いてない。
けれど魁の容赦ない膂力によって振り下ろされた槍は、大斧と同じ程の威力を誇っていた。鬼兎火はその攻撃を後ろへ跳躍し躱す。
大槍はそのまま振り下ろされ地面を割ってきた。地面から砂埃が舞う。
跳躍していた鬼兎火は空中で身を翻し、再び魁へと肉薄した。自身に向かってくる鬼兎火に対し、魁が大槍の矛先を向ける。向けた矛先から雷を纏った刺突を繰り出してきた。
魁が刺突を振るう度に、無作為な電撃が周囲へと飛び散り始める。
蓮条はその攻撃で鬼兎火がダメージを受けないよう、術式で鬼兎火へと結界を張る。
魁が放散する電流が鬼兎火を守る結界へと当たり、鬼兎火の周りでは無数の光弾が弾けるように光っている。けれど魁による本攻撃は、宙を舞う電撃ではない。
鬼兎火を貫かんとする刺突の攻撃だ。
魁から容赦なく繰り出される刺突に対して、鬼兎火は刀で受け止め、弾き、隙を見計らっては反撃を繰り広げている。
蓮条はそんな鬼兎火に対して、更なる力を与える為に術式を詠唱し始めていた。
けれどそれは魁を使役する穂乃果も同じだった。
「土行の法の下、地よ鋼となりし刃となれ。急急如律令!」
「火行の法の下、毒気を纏いし火柱よ、全ての物を焼き溶かせ。急急如律令!」
蓮条の術式によって、鬼兎火の周りの地面が膨れ上がり、さらにその土柱の中から無数の無骨な刀が姿を現した。土から生まれたばかりの刀には、柄はもちろん、刃紋すらない。
けれどそれは土から生まれし、鋼鉄の刃。その切れ味は本物だ。
宙に現れた刃に蓮条はさらに火行を追加する。無骨の刃たちが発火し、炎を纏った刃は真っ直ぐに魁に向かって、飛んでいく。
しかしその刃と共に鬼兎火が突貫することはできなかった。
穂乃果が放った術式が鬼兎火を包み込んでいたからだ。怪しい紫色の光を放つ火柱が、鬼兎火の立つ地面から一気に天高くまで吹き出し、あっという間に鬼兎火自信を飲み込んできたのだ。けれど蓮条に焦りはない。鬼兎火には守護の術式を掛けているし、何より鬼兎火の属性は火行だ。火行の術式に対しての耐性はある。
(厄介なのは、炎に混じる毒気やな……)
蓮条は指剣を構え、炎と共に鬼兎火へ襲い掛かっている毒気に対する対策を練り始める。
「呪禁の法の下、清浄の風よ現世に広がりし邪毒を吹き払え給え。急急如律令!」
火柱に包み込まれた鬼兎火を救出せんと、浄化を纏った清浄の風が周囲に吹き荒れる。
清浄の風が火柱の表面を削るように衝突していく。そして削られた火柱から現れたのは次なる攻撃を放つために刀を構えていた鬼兎火だ。
そして鬼兎火が魁に向かって飛び出した瞬間、蓮条の頭上から強烈な雷が落ちた。
白光りする稲妻が蓮条の張っていた結界を突き破る。
空気を震わす轟音と振動が一体を包み込んだ。稲妻が蓮条へと落ちた瞬間に儚が絶叫する。けれどその音すらも魁が落とした落雷が掻き消す。
渦中の蓮条ですら、一瞬自分の置かれた状況が分からなくなる程の凄まじさだ。
落雷が静まり、辺りには破壊の余韻かのような砂塵と焦げた土の匂いが充満する。
けれど、蓮条が立っている場所だけは焦土化していない。
「魄月花、おおきに」
蓮条が半泣き状態の百合亜を守る魄月花へと振り返る。
すると指剣を構えた魄月花が片目を瞑り、反応を返してきた。蓮条が魁の攻撃に飲み込まれる瞬間に叫んでいた儚も目元を潤ませて、ホッと安堵している。
けれどその空気を引き裂くように、
「余所見はしない方がいいよぉ? 穂乃果たちがその隙を突かない訳がないんだから」
穂乃果の言葉が飛んできて、魁と対峙していた鬼兎火が宙へ吹き飛ばされていた。
「鬼兎火っ!」
仰向けの状態で宙に飛ばされた鬼兎火を見て、蓮条が叫ぶ。
地面に落下する鬼兎火を受け止める為に、蓮条が風の術を展開した。
風の緩衝材により、地面との衝突を免れた鬼兎火がすぐに意識を取り戻し、口の中に溜まった血を吐き捨てる。
そんな鬼兎火の元に、蓮条が急いで駆け寄った。




