足掻き
平安神宮近くにある岡崎公園内は、平日の日が沈んだ時刻という事もあり人気はない。
それでも蓮条は人気のない公園を見回し、警戒を続けていた。
『彼らは僕らの気配を探ってやってくるやろうから、僕らが居る場所に現れるよ』
移動中に桔梗が口にした言葉だ。
きっと紫陽たちからしても、蓮条たちが人気の少ない場所に移動したのは好都合だろう。
「……来たみたいだね」
一番早く暗闇の中へと言葉を放り込んだのは、目つきを鋭くさせる瑠璃嬢だ。
瑠璃嬢の言葉に合わせて、魑衛、鬼兎火、椿鬼の三人が蓮条たちの前へ出た。
「こんばんは、䰠宮の皆さま」
いつもの調子で挨拶を投げてきたのは、魘紫を横に携えた夜鷹だ。
その隣には魁の横を勝ち気な表情で歩く穂乃果がおり、さらに奥には桜鬼と共にこちらにやってくる紫陽の姿があった。桜鬼以外の二名の瞳に生気は感じられないが、こちらを鋭く睨んでおり、魁の手には大槍が、桜鬼の手には刀が握られている。
「ふん。誠に情けない奴らだ。むざむざと敵の手中に落ちるとは……」
刀を下段に構えた魑衛が三人の従鬼を睨む。
その魑衛に合わせて、椿鬼がライフルを構え、鬼兎火も刀を握り締める。
蓮条の胸中に一気に緊張が走った。
(大丈夫。俺たちには鬼兎火たちがついとるんやから)
緊張で強張る身体を解したくて、蓮条は自分自身に言い聞かせる。自分たちの前に立つ鬼兎火たちが桜鬼たちに劣っているとは思わない。
鬼兎火たちも手加減など一切無しに桜鬼たちと戦う覚悟を持っている。ならば蓮条も鬼兎火たちと共に戦う覚悟を備えなければいけない。
先ほどの話し合いが始まる前、蓮条は部屋で鬼兎火からこんな事を言われていた。
『何があっても、私は蓮条を守る』と。
硬い決意を口にした鬼兎火に自分も精一杯に報いたい。
蓮条は静かに息を吸い込むと、準備していた護符を取り出した。
「ーー解せぬな。戯け者たち」
緊張の空気を震わせたのは、自分たちの方へ一歩足を出した桜鬼だ。こちらに視線を向ける桜鬼の瞳には生気がある。しかしその表情は蓮条も見た事がないほど冷たく凍りついていた。
「ふん。解せぬのはこちらとて同じ。貴様に戯言を吐かれる筋合いはない」
桜鬼の言葉に魑衛が牙を剥き、それと同時に殺気を一気に膨らませた。
殺気と共に魑衛が自身の声聞力を膨れ上がらせる。それと同時に魑衛へと瑠璃嬢が一枚の護符を投擲した。
瑠璃嬢の術式によって、魑衛は禍々しさが一層強くさせ、頭部から角を生やした姿へと変化させた。
そして有無も言わぬ速さで魑衛が桜鬼へと肉薄する。
刀を構えたまま突貫した魑衛の速さはまさに光速の速さだ。
息を飲むことも出来ない速さの刺突が桜鬼の顔面へと繰り出される。けれどその魑衛の刺突に対して、桜鬼は顔色ひとつ変えずに刀で軽々しく振り払った。
激しく金属と金属が衝突する音が、静寂に包まれていた公園中に響き渡る。
そこから止む間もなく激しい剣戟音が木霊し始める。
けれど始まったのは、桜鬼と魑衛による剣戟音だけではない。大きな花火が打ち上がったかの様な大きな音が至近距離から聞こえてきた。
蓮条たちの鼓膜を突き破るかのような銃声と共に、火薬の匂いを撒き散らしているのはライフルの自分の第二の手かのように操る椿鬼だ。
椿鬼の銃弾は夜鷹に向かって、真っ直ぐな軌道を描いている。
「鬼に銃弾なんて……本当に物騒な組み合わせですこと。魘紫、行きなさい」
今の主である夜鷹の言葉に反応した魘紫が、夜鷹を狙う銃弾の前に立つ。そして何気ない顔で大口を開くと、
「あああああああああああっ!」
途轍もない大きな声を上げてきた。
思わず蓮条たちが耳を塞ぐ。すぐさま後方にいた魅殊の術式によって物理的な音が遮断される。おかげで蓮条たちの鼓膜が破らずに済んだ。
けれど先ほどの銃声が霞むような大きな声は、大波のように空気を震わせ、その衝撃で飛んで来た銃弾の先端をいとも容易く押し潰してくる。
押し潰された銃弾はマズルエネルギーを失い、空中で破裂し、その抜け殻が無様に地面に転がり落ちた。
「あんなに大きな声を出すなんて、本当にはしたないですね」
ライフルに取り付けられたスコープから目を離さず、椿鬼が愚痴を零す。
そして大声を上げてきた魘紫に向かって、銃弾を連射した。
小柄な体格にも関わらず、椿鬼は反動の大きいライフル銃を連射する椿鬼の姿はまさに異様だ。椿鬼が放つ銃弾を魘紫が先ほどと同じ衝撃波で撃ち落としに掛かる。
だが次に椿鬼が放った銃弾は、先ほどの結末にはならなかった。
音の衝撃波を受けても、銃弾が宙で弾けることも、薬莢が地面に転がることもない。真っ直ぐに目の前にいる魘紫に向かって、飛んでいく。
「銃弾に術式を仕込んでいる様ですね。全く厄介な事をしてくれます」
嘆息を漏らした夜鷹が、飛来する凶弾の手から魘紫を守る様に結界を張る。
その瞬間に椿鬼の後ろにいた桔梗が笑みを浮かべた。




