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鬼絵巻 〜恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第十章 想いと執着

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ノンフィクション

「……まぁ、シールのことはもうええんやけど、やっぱり百合亜の契約書も儚と同じようになってはる?」

 桔梗が尋ねると、百合亜の近くにいた蓮条が百合亜から契約書を受け取り、代わりに開いた。

 そしてやはり百合亜の契約書も儚と同じようになっていた。

「同じみたいやね。うん、分かった。もう仕舞ってええよ」

 桔梗が納得して頷くと、儚に契約書を手渡し、蓮条も百合亜の契約書を巻き直す。

「それで桔梗は二人に契約書を出させて、何を確かめてはったん?」

 桔梗に尋ねたのは胸の前で腕を組む菖蒲だ。

「うん、ちょっとね。でもその説明は事が住んでからにさせてもらうから。椿鬼、これまでの観察結果を報告してもろうてもええ?」

 そう言って桔梗が自身の横に座っていた椿鬼に視線を向けた。

「畏まりました。では、これまでの経緯を拙い言葉になりますが、報告させて頂きます」

 椿鬼は小さい咳払いを一つして、話し始めた。

「私は昨日より主に頼まれ、敵の密偵をしておりました。観察対象は神宮寺紫陽、立川夜鷹、鳴海穂乃果です。勿論、それ以外の陰陽院にも目を向けていましたが、今回の件で主要となるのはこの三人です。この三人の中で一番、物理的に動こうとしているのは鳴海穂乃果です。とはいえ、その思考回路は単純且つ己の欲望に忠実なだけで、然程脅威とは言えないでしょう。そして次に立川夜鷹なのですが……」

 居住まいを正して話していた椿鬼の顔が少し歪む。

「実は彼女はつい先ほどまで、魄月花の主に接触しようとしていました」

 椿鬼の報告に桔梗以外の顔が一気に険しくなった。その中には夜鷹が接触しようとした菖蒲も含まれている。

「立川夜鷹が僕に?」

「はい。残念ながら私も読心術が使えるわけではないので、彼女が何を思い、魄月花の主に近づいたのかは分かりません。けれどそこでまた不可解な事が起きました」

「不可解なこと? 何が起きたんだ?」

 椿鬼の言葉に訝しげな表情で小首を傾げたのは、菖蒲の隣に立つ魄月花だ。敵が主である菖蒲に接近していた事もあり、彼女にとっては詳しく聞きたい話題なのだろう。

 儚の言葉に椿鬼が一度、首を頷かせる。

「魄月花の主の元へ向かおうとしていた敵が、何者かの術によって場所を移動させられたのです。私も不意打ちで起きた事だったので、誰がその術を仕掛けたのかは分かりません。ただ立川夜鷹が移動した場所は陰陽院の敷地内でした」

「魘紫も一緒にか?」

「ええ。魘紫も一緒にです」

 魄月花の投げ掛けに椿鬼が間髪入れずに答えを返す。

 答えを聞いた魄月花は顎に手を当てながら、「うーーん」と唸り始めた。

「もしかして魄月花は犯人を割り出そうとしてる?」

「ああ、まぁな」

「それなら僕は、もう大体の目星はつけとるよ」

「おっ、そうなのか。さすが椿鬼の主。やる事が早いな」

 魄月花が太腿を叩いて褒めると、褒められた本人ではなく隣にいる椿鬼が得意げな表情を浮かべている。

「それでその犯人は?」

「神宮寺紫陽。彼、一択やね」

「そう言い切るって事は、奴が何か尻尾でも見せよったん?」

 桔梗の返答に目を細めさせながら尋ねたのは菖蒲だ。

「うん見せとるよ。もうご機嫌に尻尾を振ってるような感じ」

 桔梗が苦笑を零してから、詳細を話し始めた。

「実はね、あの男の狙いは鬼絵巻をどうにかするやなくて……桜鬼を手に入れる事が目的だったみたいなんよ。だからさっきも櫻真君の所へ出向いて、意地悪を働いとった」

「なっ!」

「蓮条君の気持ちは分かるけど、一先ず落ち着いて。取り敢えず、櫻真君が大事になってはいないから。大半は奴が自分の気持ち悪いヒストリーを語ってただけみたいやし」

「そのヒストリーを語れる前に首を絞められ、語られた後に桜鬼から衝撃波を受けていますが、怪我はしていませんし、内臓系機能にも損傷はありません。細かいところを言えば、しっかりベッドに運び込んで寝かせてもいます」

 桔梗の説明に椿鬼が細かい補足説明を行ってきた。

 おかげで憤りを見せていた蓮条の勢いが緩和される。

 そのため、桔梗は予定通り話を続けることにした。

「じゃあ話をまた元に戻すね。さっきも言うた通り、奴の狙いは桜鬼自身なんよ。だから奴の中で鬼絵巻を狙うのは二の次になっとるんよ。鳴海穂乃果もね。けど立川夜鷹はそうやない。あの女の一番は鬼絵巻の破壊にある。だから従鬼との生活を楽しんでる二人と齟齬が生まれてるんよ」

「それは危ぶんで、神宮寺紫陽は立川夜鷹の動きを監視して、許容範囲を超えたらセーブを掛けるようにしとるわけか」

 菖蒲の言葉に桔梗が静かに首肯し、それからすぐに失笑を零す。

「えっ、いきなり笑ったりして……どないしたん?」

 笑った桔梗に儚が驚きながら質問を投げてくる。

 突然笑い出した桔梗に儚以外の人も頭の上に疑問符を浮かべている。

「ごめん、ごめん。ちょっと愉快なことを考えてしもうて。ほら、自分の行動を妨害された立川夜鷹も流石に犯人を知りたがるやろ? それで彼らもそれについて話し合ってたんやけど……犯人役に葵が大抜擢されとってね。しかも葵が犯人でほぼ確定状態の空気なんよ。あーー、面白い。これも日頃の行いが悪い所為やね」

 桔梗が額を手で押さえながら、愉快そうに笑いながら答えた。

 今の神宮寺紫陽からすれば、葵の存在は凄く好都合だっただろう。

 葵はこちらとも陰陽院たちとも良好な関係ではなく、迂闊に近づくことができない相手なのだから。

「でも葵の性格なら、自分が悪者にされとるのを見過ごす様には思えへんけど」

「耳に入ってればね。けど、さすがに直近すぎて姉さんの耳に入ってないんじゃない?」

 片目を眇めさせる蓮条に、瑠璃嬢が答えている。

「瑠璃嬢の言う通り、葵はまだこの事を知らない可能性は十分にある。けど僕は知ったとしても、葵はすぐに動かないと思うよ?」

 二人に対して桔梗が自身の見解を述べると、二人が眉を顰めてきた。何故? と言わんばかりの顔だ。

 訝しげな表情を浮かべる二人に苦笑を零しつつ、桔梗が口を開く。

「葵が嫉妬にまみれた人物が大好物で、自分が楽しんではる内はその人物に手出しはしないやろうから」

「姉さんの生態について詳し過ぎじゃない?」

 桔梗の言葉に瑠璃嬢が鋭く突っ込んできた。目を細めさせる瑠璃嬢に対して、桔梗が辟易とした様子で溜息を吐く。

「ーーこれも嫌な経験でね。散々、葵に弄り倒された僕だから言えるんよ。まぁ僕は何とか葵の安い挑発に乗らないように耐えたけどね」

 正直、葵が暇潰しにがてらに自分に取り付いて来た時は、鬱陶しさの極みだった。

 葵は桔梗の感情を逆なでするような、キーワードや話を嫌というほど語ってくるのだ。しかもそれが全てノンフィクションであるから、殊更に始末が悪い。

(少し思い出しただけでも忌々しい)

 過去の陰鬱な過去を思い出して、桔梗が顔を顰める。

 それだけで桔梗以外の全員に、桔梗が心の底から葵を嫌っている事が伝わった。

「ーー虫酸が走る話はこの辺にして。僕らも少しここから出ようか?」

 一息吐いて、桔梗が忌々しい過去の記憶から現実へと意識を戻す。

 今は、過ぎ去った記憶で腹を立たせている場合ではない。

「移動? どこへ?」

 ソファから立ち上がった桔梗を仰ぎ見て、儚がそう尋ねてきた。

「そうやね。とりあえず人気がなくて広い所がええかな。奴らはまた僕らを襲ってくる気みたいやから。ここに居るのは良くないやろ?」

「それやったら、岡崎公園辺りに移動するか? あそこやったら、今の時間は人気もないやろ? 近くの平安神宮の参拝時間も過ぎとるし」

菖蒲の言葉に桔梗は静かに頷き、それから百合亜と藤を見た。

 目的地は公園と言っても、夜の公園に幼い百合亜たちを連れて歩くのは気が引ける。けれど百合亜の契約書も狙われている以上、置いてく判断も下し難い。

 そしてそれは魁を取られた儚にも言えた。

 桔梗の頭の中に分散という文字も頭に浮かんだが、すぐに桔梗は頭を振った。自分たちが分散して敵が分散せずに一点集中してきたら、それこそ危険だ。

 少しの間、考え込む桔梗を百合亜と藤がキョトンとした表情で見つめ返してくる。

 無垢な四つの瞳に見つめられ、さらに桔梗は逡巡し、そして覚悟を決めた。

「ーー菖蒲ちゃん、分かってるとは思うけど、百合亜と藤、それから儚の事は頼むね」

「分かった。まぁ、この状況を考えると連れてく他に手はないやろうな」

 そう言って、菖蒲も桔梗の言葉に頷いてきた。

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