友人の会話
「タイミング、悪かったな」
「ホンマや。こういうのって時間が経てば経つほど、厄介な事になんねんな」
紅葉の家の前で肩を落としているのは、雨宮直規と坂口守の二人だった。
「まさかお姉さんの所に行ってるなんて、思わへんかった。ああ、雨宮が連絡してるやろ、とか考えなければ良かったーー! 俺のアホーー!」
両手で頭を抱えながら守が後悔を口にしている。
「アホ。何で地味に俺の所為にしてんねん。俺やて、守が連絡入れると思ったわ」
「雨宮も完全に俺に押し付けやん。むしろ櫻真と祥の事やて、まだ紅葉に言うてへんのやろ?」
「言うてへん。けどそれは守も一緒やろ?」
「うぅ、そうやけど。ほら雨宮の兄ちゃんって現役のホストなんやろ? その兄ちゃんにアドバイスを受けながら、今のこの混沌状況を雨宮の方が伝えられると思うて」
「無理や、無理。龍司なんて使い物にならへんし。それに守も知ってはるやろ? 俺の国語の評価。俺、説明文章を考えるの、ホンマに苦手やねん。自分で言うのもアレやけど、俺は文系やなくて理数系の男やから」
「うわっ、その逃げ方は卑怯やわ〜〜。文章を考えるのなんて俺にも苦手なのに」
お互いに責任を擦りつけ合いながら、雨宮と守は重たい気持ちのまま紅葉の家を後にした。
そして二人はその足で近くのファーストフードへと立ち寄った。
二人とも釈然としない気持ちのまま、家に帰る気持ちになれなかったのだ。
午後の授業で消費した胃袋を満たすため、二人はバーガーのセットを頼み、窓側にあるカウンター席に横並びで座る。
櫻真が居ない教室では、休み時間になる度に櫻真の話で持ちきりだった。
それこそ噂を聞きつけた別のクラスの生徒や、違う学年の生徒まで興味を抱いている状況だ。
「櫻真が目立つのは当然やけど、祥も目立つからな〜。ホンマに火消しが大変そうちゃう?」
隣を歩く守が雨宮に話し掛ける。
「そうやな。それこそ俺らが否定した所であんまり効果なさそうやし」
溜息を吐く雨宮の言葉に、守は激しく同意した。
「祥が肯定的な反応を見せてはるしな〜。絶対に俺らの言葉なんて無意味や。てか祥も何を考えてはるんやろうな」
まだ暖かいポテトを食べながら、守が呟きを漏らす。
するとバーガーを口にする雨宮がズレた眼鏡を掛け直しながら、肩を竦めてきた。
「ーー外堀から固めたろ、作戦かな」
雨宮の言葉に守が眉を顰めさせる。そんな守の表情を見た雨宮がさらに言葉を続けてきた。
「ほら、今のところ櫻真の否定がない状況やん? だから櫻真の否定すら「照れ隠し」として扱われる様になるまで、周りをガチガチに固められたら……道端の小石が宝石に化けるかもしれん」
「そんな上手く行きはる?」
守が懐疑的な受け応えをすると、雨宮が外の方へ視線を向けながら答えてきた。
「分からん。けど、今の状況が続けば有り得なくはないやろ」
雨宮の言葉に守が腕を組んで、唸り始める。
外堀から固めたろ作戦が成功するか失敗するかのシミュレーションを行っているようだ。
「櫻真やったら周りの言葉を否定できない気もするし……いや、でもさすがに……って言うて否定する気もする……ああ、ムズイ! どうなんやろ?」
シミュレーション失敗の守が眉を顰めて唸り続ける。
そんな守の様子に雨宮も同調しているらしく、首を頷かせている。
それから雨宮が守と同じようにポテトを食べていると、
「あれ? 雨宮と坂口か?」
自分たちと同じハンバーガーセットを手にする隆盛が話し掛けてきた。そしてそんな隆盛の後ろには別クラスの彩香の姿もある。
「おお。最上と蓮条と同じクラスの百瀬さん」
雨宮が反応を示すと彩香が律儀に頭を下げてきた。
「お前らも飯?」
「いや、飯って感じでもなかったんやけど、結果として飯になってるというか」
「なんだそれ? まぁいいや。折角だし一緒に食べようぜ」
そう言いながら愛想の良い笑みを浮かべてきた隆盛に、一瞬だけ雨宮と守で顔を見合わせる。
別に隆盛たちと同席するのは構わない。しかし二人がすぐに頷けなかったのは、隆盛の近くに立つ彩香に対して遠慮があるからだ。
隆盛が同席することを口にした瞬間、少し彩香が残念そうな表情を浮かべていたのを二人は見逃していなかった。
「俺らは別にええんやけど……最上の方はええの?」
「? ええのって良いに決まってんだろ? むしろ悪いことなんてあるか?」
しかし彩香の顔を見ていない隆盛は、雨宮たちの言葉に小首を傾げている。
そんな隆盛の態度に雨宮と守が、小さく溜息を吐いた。
近くで櫻真に恋する紅葉を見ている所為か、雨宮と守は何となく彩香が隆盛に対して抱く気持ちを察してしまう。
「鈍感っていうのも、ホンマに罪作りやな」
「ホンマやな。でも守。それは最上に始まったことやない。大概、櫻真もそれで紅葉を苦しめとったやろ?」
「そうやな〜」
守と雨宮はそんな会話を交わしつつ、隆盛と彩香と共に四人席へと移動した。
「結構二人は一緒にご飯を食べに行きはるん?」
席を移動した守が正面に座る隆盛と彩香に尋ねた。
「あっ、いえ……。最近は今住んでる寮に住んでいるので二人で食べるのは、あんまりしないですね」
少し慌てた様子で答えてくれた彩香の言葉に、守と雨宮はさらに申し訳なくなってしまった。
もし、これが紅葉なら肩を落として「櫻真との貴重な時間がぁ〜」と悲嘆していただろう。
とはいえ、もう今さら「やっぱり二人で食べれば」とも言えない。
「たまには良いよな。外で食うのも。てか、䰠宮の奴、祥と付き合ったんだな」
ハンバーガーを食べ始めた隆盛が徐ろに呟いてきた。
隆盛の言葉に雨宮と守が気まずそうな表情を浮かべる。
「祥が䰠宮を好きなのは聞いてたんだけど、まぁ付き合えて良かったよな」
「隆盛がこういう話をするのは珍しいですね。その、祥さんの気持ちを知ってたのにも驚きですけど」
暖かい紅茶を一口飲みながら、彩香が隆盛へと視線を向ける。
「ああ。吉野山に行った時に少し話すことがあったんだよ。そんときは何か自信なさそうな話し振りだったからさ」
「そうだったんですか。でもまぁ、祥さんみたいな子でもやっぱり恋をすれば、自信をなくしてしまうものなんですね」
隆盛の言葉に彩香が穏やかな声音で、相槌を打っている。
恋をして弱気になる女心に共感したのだろう。
だがこの彩香の気持ちをそのままにしてはいけない。そう雨宮と守の二人は思った。
そのため、守が恐る恐る挙手をした。
雨宮に対して『俺が言うわ』という意思表示でもある。
「どうした、坂口? いきなり手なんか挙げて」
「いや、その、この祝福雰囲気に水を差すような感じなんやけど……櫻真と祥は別に付き合ってないねん」
微かに口元を引き攣らせた守の言葉に、隆盛と彩香が呆然と目を瞬かせる。
「は?」
短い声で疑問を口にしたのは隆盛だ。




