覚悟と告白
佳は鴨川の岸辺にあるベンチに座り、午前中にあった紅葉の事を考えていた。
勢いで学校を飛び出した佳は、紅葉の家へと向かい、戸惑う紅葉の母親に頭を下げていた。
困り顔を浮かべる紅葉の両親を余所に、佳を部屋へ招き入れたのは部屋着姿の紅葉だった。
「……寝てなくて、驚いたやろ?」
佳が部屋に入ると、紅葉がベッドに座りながら元気のない声で紅葉が話し掛けてきた。
自分がここに来る前にも泣いていたのか、紅葉の目は赤く腫れている。
元気のない紅葉の姿に、佳は胸を痛めながら首を横に振った。
「いや、体調不良で休んだとは思うてへんかったから……」
「あはは。ダサいな、あたし。ズル休みがバレバレやん」
佳の言葉に紅葉が苦笑を浮かべてきた。
自分に気遣い無理して笑っているのが一目瞭然で分かる。
「千高、ええよ。無理して笑わへんでも。千高が今日、学校休んだのって、祥と䰠宮の事がショックでなんやろ?」
部屋の入り口の前で立ったまま佳が紅葉に尋ねる。
すぐに紅葉からの返事はなかった。苦笑を浮かべていた紅葉の口は硬く閉じられている。佳が口にした言葉に強く反応しているのが分かる。
やはり佳の予想は正しかったらしい。
「……千高が凄くショックを受けてはるのは分かる。千高は䰠宮のこと、好きやもんな」
佳は身体を硬くさせたままの紅葉に語り掛ける。
正直、想像以上に悲しんでいる紅葉を前にして上手い言葉が思い浮かんではいない。
けれどこのまま紅葉の言葉を待っていては駄目だ、とは思う。
だからこそ、佳は自分の気持ちを拙い言葉で並べていく。
「今の千高の気持ちが分かる、なんてことは言わへん。ーー多分、俺には分からないと思う」
悔しそうに表情を歪めて佳が苦笑を零す。
するとそんな佳に対して、紅葉が口を開いてきた。
「一つ答えて欲しいんやけど、祝部君があたしの所に来たのは何で?」
紅葉からの質問を受け、佳が顔を上げて答えた。
「それは、俺が千高に元気になって貰いたいからや」
「祝部君が言うてる事も分かるよ。それこそ……あたしもずっとこのままで言い訳がないとも思うとるし。昨日から他の子からの連絡も来とるもん。けど、それでも気持ちの整理が全く追いつかへん」
苦しそうに首を振る紅葉の姿に、佳は次の言葉を言うべきか逡巡した。
「昨日からいっぱい泣いとるのに全然すっきりしない。そんなウジウジの自分にも腹は立ってくるし。ようやく朝になって端末を見たと思ったら、櫻真が倒れたって連絡が来とるし。もう、ホンマに、色々無理や……ホンマにこんな自分、嫌いになりそう」
自分の気持ちを吐露する紅葉の目から涙が溢れ、両手で顔を覆い泣き始める紅葉。
そんな紅葉の姿に佳は居た堪れない気持ちに襲われた。
今の自分がどんな言葉を紅葉に掛けたとしても、紅葉の気持ちが晴れる事はないだろう。
その事実に佳は悲しくなる。怒りたくもなる。
けれど……佳はそんな自分勝手な気持ちを腹の底へと押し込めて口を開いた。
「千高。俺な、千高のことが好きなんよ」
佳の言葉はそんなに大きくはない。しかしその言葉はやけに大きく部屋中に響いた。
「えっ?」
先ほどの佳の言葉に驚いた紅葉が泣き顔のまま顔を上げてきた。
「先に言っておくと、俺の気持ちに応えて欲しいとか、そんな事を思うてへんよ。千高が䰠宮の事を好きなのは知っとるし。俺の告白を聞いて千高に困って欲しい訳でもないから。でも言わないといけん、と思った。そうやないと、ホンマに千高が自分の事を嫌いになってしまいそうで」
嫌だった。自分が好きだな、と思った紅葉が居なくなってしまいそうな気がして。
だからこそ、紅葉に自分の気持ちを伝えて、少しでも知って欲しかった。
気休めにしかならなくても、今の紅葉を魅力的に感じている人間がいるという事を。
「泣いてしまう自分に腹が立つ、って言うとったけど……腹なんて立つ必要なんてない。悲しい時に、腹立つ時に泣きたくなるのは普通やし、気持ちにどう整理をつけるのなんて、人それぞれや。俺な、䰠宮に対して凄く嫉妬しとったんよ。俺に無いものを持ってる䰠宮が妬ましくて。それでその気持ちを拗らせて、䰠宮が俺の事を見下している様にも感じてしもうて……」
自分自身の気持ちを口にしながら、何故だか佳も泣きたい気分になってきた。
佳は何とかその気持ちを抑えて、言葉を続ける。
「最悪やろ? そんな俺と比べたら自己嫌悪して泣いとる千高は、全然可愛い方や」
ーー本当はもっと上手に紅葉を励ますつもりだったのに。
(やっぱり、俺は格好がつかへんな)
もしこの場に居るのが櫻真だったら、どんな対応を取ったのだろうか?
微苦笑を浮かべながら、佳はそんな途方もない事を考えてしまう。
語り相手である紅葉は中空を見て、何かを考え込んでいる様子だ。しかしその目からは先ほどの涙は流れていない。ましてや自分に嫌悪を抱いている様子も見えなかった。
(今の俺ができることは、きっとこのくらいやろうな……)
こんなかっこ悪い告白と懺悔で、紅葉を励ますことはできたとは思わない。
けれど紅葉が自分を責めて泣く事を止められたのは、良かったと思う。
「千高……。ホンマは俺が言える義理でもないんやけど、仰山悩んでもええよ。勿論、疲れるまで悩めとは言いたくはあらへんけど、その範囲を超えない程度に悩んでええねん。ほな、俺はこれで帰るな。……いきなり来てしもうて、ごめん」
佳は紅葉にそう言い残し、部屋を後にした。
そして紅葉の部屋を後にしてから、色々な事を考えていた。
紅葉のこと。紅葉に対しての自分の気持ち。櫻真のこと。そしてこれからの自分について。
好きなだけ悩んでも良い、と紅葉に言ったのだから、佳も好きなだけ悩む事にしたのだ。
「ーーよし、決めた」
川の水面が薄暗い色に染まり始めた頃、佳はふぅーっと息を吐き、立ち上がった。
その表情には一つの覚悟が現れていた。




