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鬼絵巻 〜恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第十章 想いと執着

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小骨

 夜鷹が穂乃果の言葉に頷き、紫陽の私室へと向かった。

紫陽の部屋は、夜鷹たちが使っている部屋とは別棟にある。紫陽に当てられている部屋は、平屋建築とはいえ、一人で使うには広すぎる規模の部屋だ。

 陰陽院の中でも厚遇を受けている紫陽だからこその部屋だろう。

 自動の二枚扉の玄関を抜け、夜鷹と穂乃果が部屋へと上がる。

 紫陽は三十畳ほどの広さがある居間にいた。キッチンとの仕切りがない居間には、大きな窓ガラスがあり、照明器具からテレビ、ソファ、テーブルなどの調度品の色合いが統一され、開放感を感じる部屋になっていた。

「集まって貰って悪いですね。どうぞ、ソファに掛けてください。今、お茶を入れますから」

 夜鷹たちにソファを進めると、紫陽がお茶を入れるためキッチンへと歩いていく。その姿を見ながら、夜鷹と穂乃果はソファに腰を下ろした。

「品の良い部屋〜〜。穂乃果も将来住むとしたら、こんなお洒落なのが良い!」

 そう言いながら、穂乃果が隣に座らせた魁の腕に抱きついている。

 奪った従鬼に自我がない事に文句を言っていた穂乃果だが、今は自身の目の保養にしているようだ。

(アレではまるで、動く抱き枕ですね)

 魁の腕に抱きつきながら悦に入る穂乃果を見て、夜鷹はそんな感想を抱いた。

 けれどそこに嫌悪感は感じない。抱き枕を抱きしめて喜んでいるくらいなら可愛いものだ。

 ただその抱き枕を可愛がるあまり、その気持ちが暴走しないかが心配ではある。

「さぁ。お茶をどうぞ。凝った物ではありませんが」

 茶器をお盆に乗せてやってきた紫陽は、慣れた手つきでカップに色の良い紅茶を注いでいく。

「ウダプセラワ。スリランカが原産の紅茶です。ストレートでもミルクでも美味しい紅茶ですから、お好みでどうぞ」

 ニッコリと笑いながら紫陽が紅茶の説明をしてきた。

「では、遠慮なく。あら? もう一つのカップには注がないのですか?」

 空のカップを指差し夜鷹が小首を傾げさせる。

 霊体化させたままの魘紫はともかく、穂乃果の隣にいる魁は実体化している。そのため夜鷹は魁の為に、紫陽はもう一つのカップを用意したのだと思っていた。

 けれど紫陽がそのカップに紅茶を注ぐことはしない。

「ああ。これは桜鬼の分で用意したんだ。今、彼女を呼んで来よう。隣の部屋にいるから」

 何気ない様子で夜鷹の質問に答えた紫陽が桜鬼を呼ぶため、再び夜鷹たちの前から離れる。

 その後ろ姿を夜鷹が見ていると、紅茶を飲む穂乃果が口を開いてきた。

「別に第八従鬼を呼ぶ必要なんてないのに。話し合いなら穂乃果たちだけでやればいいんだから」

「鳴海様も同行させているではありませんか?」

「穂乃果はいいの。だって魁は穂乃果の癒しだもん。あっ! もしかして紫陽さんもあの従鬼の事を癒しにしてるのかな? ん〜〜、それだったらなんかショック〜〜」

 自分のことは棚上げにして、穂乃果が口をへの字に曲げている。

 従鬼といえど、他の女が男性から大切にされている、という状況が許せないらしい。

「この点に関しましては、鳴海様はブレませんね」

「えっ、どういう意味?」

「いえ、何でもありません」

 夜鷹もストレートで紅茶を飲みながら、頭の中で先ほどの紫陽の姿を思い浮かべる。周りの人間に対する紫陽は礼節があり、自分の味方である桜鬼に対しても紳士的に振舞っても可笑しくはない。桜鬼は他の二人の従鬼と違い自我もあるのだ。臍を曲げられないように丁寧に扱っている可能性もある。

 とはいえ、夜鷹の中で何か少し引っ掛かる。

 そう魚の小骨のような、そんな小さな引っ掛かりだ。

(優先順位は低いとしても……)

 紫陽の様子も注視しておいた方が良いだろう。

夜鷹が豊潤な香りの紅茶を味わいつつ、一緒に運んで来られたスコーンを口にする。

 するとそこへ、少し表情を強張らせた紫陽が戻ってきた。

 紫陽の後に桜鬼が続いてやってくる様子はない。

「第八従鬼は来ないのですか?」

「そうだね。彼女も一人で考えたい事があるみたいなんだ」

「考えたいこと?」

「そう。実はさっき䰠宮櫻真君の様子を見に言ってね。そこで鬼絵巻を奪う事ができなかったんだ」

 紫陽からの報告に夜鷹が目を見開く。

 自分たちの知らぬ間に紫陽は単独で動いていたらしい。驚愕の報告をしてきた紫陽がテーブル越しで夜鷹の正面にある椅子に腰を下ろしてきた。

「そうだったのですね。では彼の様子が可笑しかった事をご存知だったのですか?」

 夜鷹の言葉に紫陽が肩を竦めながら頷いてきた。

「彼の動向は式鬼神を使って探らせていたからね。卑怯な手口とはいえ弱っている彼を相手にする方が被害も少ないし、すぐに鬼絵巻を手に入れられると思ったんた。けれど彼は思いの外、抵抗を見せてきてね。あと一歩及ばずだった」

「えっ?」

「えーー、あの子より紫陽さんの方が強いのに駄目だったの? 何で?」

 夜鷹の言葉に重なるように、穂乃果が疑問を口にしてきた。

「彼が鬼絵巻を回収した契約書を術式で隠していてね。桜鬼でも見つけることができなかったんだよ」

 心底残念そうに紫陽がソファに座りながら、肩を落としている。

「でもそれじゃあ、向こうの人たちを寝込ませたらダメって事だよね? うわぁ、力加減を調整しないといけないとか、本当に億劫なんですけど?」

「まぁ穂乃果もそう言わず。根気良く行こうよ」

 文句を口にする穂乃果に対し、いつもの態度で宥める紫陽。そんな紫陽の顔を夜鷹は少し呆気に取られた表情で見つめていた。

「夜鷹さん、どうかしましたか?」

「えっ、いえ別に……」

「あっ、そういえば夜鷹さんも報告したい事があるって言ってなかった?」

 穂乃果がブルーベリージャムをたっぷり付けたスコーンを食べながら、視線を向けてきた。

紫陽も無言のまま、穂乃果に一瞬向けていた視線を夜鷹に戻してきた。

 二つの視線に促されるままに、夜鷹が口を開く。

「ええ。実は先ほど……」

 夜鷹が山科駅で何者かに仕掛けられた術について話す。

 とはいえ、山科駅に向かった目的について「菖蒲に鬼絵巻を探させる」ではなく「鬼絵巻を譲渡するよう、説得するため」という理由に変えて説明することにした。

 手札にあるカードをこの場で全て出すのを、夜鷹は良しとしなかったのだ。

 話を終えた夜鷹の顔を紫陽がジッと見てきた。

 無言で紫陽から見つめられ、夜鷹の身体に緊張が走る。

 紫陽は夜鷹が語った話の信憑性を見極めているのだろうか?

 とはいえ、話の内容が内容だ。夜鷹が表情を少し険しくさせていても不自然ではない。

 だからこそ、夜鷹は表情を無理に取り繕うことなかった。

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