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鬼絵巻 〜恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第十章 想いと執着

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昔話の前段

 櫻真は夕方誰も居なくなった部屋で、ぼんやりとしていた。

 ついさっきまでいた浅葱の賑やかさと、桜子の労わりは消え、部屋には静寂が広がっていた。

(俺は……)

 ぼんやりとした頭で、客観的に自分の状況を思い起こす。

 夜も寝付けず、ご飯もろくに取らないまま、外へ出て学校へ行った……。

 そこで千咲とのやり取りを思い出す。

 妙に浮かされた千咲の熱が自分に絡み付いてくる感覚。

 その感覚を思い起こした櫻真は、思わずきつく目を瞑った。

 するとそんな櫻真の病室のドアを、軽くノックする音が聞こえてきた。

 ハッとして櫻真は音がしたドアの方へと視線を送る。

 巡回をしている看護師が、点滴の残量でも確かめに来たのだろうか?

「やぁ、倒れたんだってね。まさか君がそんなに体調を崩すとは……思いも寄らなかったよ」

 櫻真の予想を外し、スライド式のドアを開けてきたのは、薄っすらと笑みを浮かべる紫陽だった。

 紫陽の姿を見た瞬間、櫻真は自身の表情が強張るのを感じた。

 何故、紫陽がここに来たのだろう? ここぞ、とばかりに自分が持つ鬼絵巻を奪いに来たのだろうか? いや、そもそも桜鬼も一緒にいるのだろうか? 居たとしたら……

 櫻真は思わず顔を下に向けた。

 自分に声を掛けてきた紫陽に返事すらできずに。

「君は……もう少し律儀で愛想が良い方だと思っていたんだけど、僕の勘違いだったかな? ああ、それともこの間の件で嫌った相手に使う愛想はない、ってことかな?」

 櫻真の方へと近寄りながら、紫陽が余裕の笑みを浮かべて近づいてくる。

 その笑みは凄くねっとりとしいて、顔を背ける櫻真の肌に張り付いてくる様な気さえした。

「……貴方と話す事はないです。帰ってください」

 何とか声を振り絞り、櫻真が紫陽を突き放す。けれどそんな弱々しい櫻真の声など、まるで届いていないように、紫陽がベッド脇に立ってきた。

「あんまり冷たい事を言わないで欲しいな。顔見知りとして、倒れた君をお見舞いしに来たんだから」

「別に。そんなん求めてないです。桜鬼を無理矢理操っておいて何を言うとるんですか?」

 紫陽の言葉にさらに櫻真が反発する。

 すると笑みを浮かべたままの紫陽が、

「へぇ……。随分な態度だね」

 と呟くように言ってから、櫻真の首を勢いよく締めてきた。

 強く締め上げられた所為で、櫻真は声を上げる事が出来ない。それに加え、櫻真は病院に来てからもまともに食事をしておらず、首を絞めてきた紫陽の力に争う事もできなかった。

「一つ訂正しておくよ。確かに僕は彼女との契約を書き換えた。けれど僕は彼女の意思までは操っていない。彼女には自我があるからね。つまり彼女が口にする全ての言葉は、彼女の本意だ。僕の意思ではない」

 桜鬼の気持ちを自分は操作していない、と紫陽は執拗に意地悪く強調してきた。

 そしてその勢いのまま自分の本心を剥き出しにしてくる。

「正直言って、そういう態度が腹立つんだ。どんな時でも自分たちが優勢なのを誇示して、好い気になって、自分が享受しているものをさも当然かのように受け取っている。ああ、ムカつくな。本当に。彼女を、桜鬼を、ただの式鬼神としか考えてないお前たちが、のうのうと彼女の横に立ち、彼女と会話している。ああ、本当に忌々しいったらない」

 グッと力の籠る紫陽の手に、櫻真は抗えず、首を絞められるしかない。

 苦しくて、開いた口からは情けなく唾液が出て、目からは涙が溢れた。鼻から息を吸おうにも、頭が混乱していて、上手く息を吸う事ができない。器官が締め上げられ、苦しい。喉の内側と内側がくっついてしまうのではないか? とさえ思ってしまう。

 酸素が薄くなり、気が遠のきそうになる。

(俺を攻撃してきたのは、この人に操られとるからやと思うとったのに……)

 これはただの紫陽の妄言だと思えたら、どんなに良かっただろう? しかし今の櫻真にぶつけられている紫陽の怒りは本物だ。そしてその本物が伝わるからこそ、一枚しか残っていなかった薄いガラスが粉々に割られてしまった。

 ーーこんな苦しさが続くなら、いっそこのままここで殺されても良いかもしれない。

 そう櫻真が思った瞬間、櫻真を絞めていた紫陽の手が緩み、そのまま櫻真の喉から手を離してきた。絞められていた櫻真の気管が一気に広がる。

 解放された瞬間、櫻真は勢いよく咳き込んだ。

「済まないね。お見舞いに来たのに、その相手を感情のままに絞め殺してしまう所だった」

 咳き込む櫻真を見て、愉快そうに紫陽が笑ってきた。

「ほら、君があんまりにも冷たい対応だったから、ついカッとしてしまってね」

 一人で話し続ける紫陽を櫻真が涙目で睨む。

「怒ったのかな? ……ああ、そうだね。首を絞められて怒らない人はいない。僕も昔、首を絞められて殺された事があってね。その時は確かに僕も怒ったよ」

 ただの与太話を話すかの様な口調で、自分語りをしてくる紫陽。

 けれど彼の話は、かなり異質だった。

 そのため思わず櫻真も眉間に眉を寄せて、口を開く。

「……殺された?」

 この言い方ではまるで絞殺されたにも関わらず、生き返ったかの様な口振りだ。

 戸惑いの表情を浮かべる櫻真に、紫陽が愉快そうに目を細めて笑ってきた。

「そうだよ。殺された。他にも毒殺されたこともあるし、病気で死んだこともあるし、自殺だってした事もある」

 櫻真の反応を楽しむように、紫陽が淡々と語っていく。

「驚いた顔をしているね? けどそこまで驚く必要はないよ。生きてれば死ぬ。それって普通の事だろ? 君の魂だってソレを覚えていないだけで、同じ事を繰り返しているんだから」

「つまり、貴方は前世の記憶を持って……生まれ変わっとるってこと?」

「生まれ変わりではないよ。俺は俺のままだから。まぁーそれで言うなら……肉体を替えているって方が正しいね」

紫陽の言葉に櫻真は戸惑い、混乱していた。肉体を替えるなんて、そう簡単に出来るものではない。櫻真にはその方法すら分からない。そしてその方法が手に入れる為に、目の前の男はどれほどの禁忌を犯してきたのだろう?

 表情を歪めたまま口を開けなくなった櫻真には、想像することすらできない。

 そもそも何故、紫陽は肉体を替えるなんて事をしているのか?

 よくある永遠の命を望んでいる、とは思わない。先ほど紫陽の口からは【自殺】という単語を出していた。永遠の命を望んでいる者は、自ら命を絶つことはしないだろう。

「ーー何故、そんな事をしているのか? って顔だね?」

 怪訝な表情を浮かべる櫻真の心を読んだかのように、紫陽がそう口にしてきた。

「うん、そうだね。これも良い機会だ。特別に教えてあげるよ」

 紫陽が顔の前で徐ろに指剣を構えた。そして詠唱を始める。すると櫻真の身体は石にでもされてしまったかのように硬くなり、ベッドの上で起き上がれなくなってしまった。

 紫陽は強力な捕縛術を使用してきたのだ。

 再び紫陽が短い詠唱を唱えると、櫻真の頭だけが糸で操られる人形の様に紫陽の方へと向けられてきた。

 目を閉じることはできない。鼻で呼吸をすることはできる。けれど口を開くことはできなかった。

「以前、夜鷹さんにも張り付けられていたけど……その時よりも今の方が良いよ。滑稽だ」

 くすくすと笑う紫陽を見て、櫻真は強い恐怖を感じていた。

 次に何をされるのか分からない状況。

 何かをされたとしても、自分に抗うことはできない窮地。

 これら二つが櫻真にのし掛かり、櫻真の身体から嫌な汗が流れ落ちた。

「桜鬼。君も出てくれないか? 今から彼に話すことは君にも知って欲しいんだ」

 紫陽が口にした桜鬼という言葉に、櫻真の身体に電流の様な緊張が走った。身体中を流れる血液が漣を打っている。

 しかしそれが外に出ることはなかった。紫陽の術を掛けられた櫻真の身体は、筋肉の一つもまともに動かせないからだ。

「……話したい事とは?」

 櫻真の動揺などを知るはずもない桜鬼が、音もなくスッと姿を現した。

 姿を現した桜鬼は綺麗な眉を顰め、訝しんだ様子で紫陽を見ている。ベッドに張り付けられている櫻真の方には一瞥すらしない。

 そんな桜鬼の態度に櫻真は苦しくなって、顔を背けたくなった。

 しかし幾ら顔を背けたくなっても、今の櫻真はそれすらできない。

「䰠宮櫻真君が知りたいみたいなんだよ。どうして僕が室町時代より肉体を替えて、ここに居るのか。その理由を」

「ほう。それは妾も初耳じゃのう。確かにその話、興味はある」

 桜鬼が同意しながら頷くと、紫陽が少し照れるようにはにかんできた。

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