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博物館寄贈品室の怪異台帳 〜いわく付き収蔵品は、正しく記録すれば祓える〜  作者: 黒木 あん


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第17話:あと一点

 桐谷さんの影の台帳をたよりに、消された記録を、私は、ひと月かけて、載せ直した。


 三上さんが番号を剥がした品。切り取ったページの品。一つ残らず、来歴を確かめ、封じを、書き直した。区分外収蔵庫の空気は、日ごとに、澄んでいった。夜、一人でいても、見られている、という気配が、もう、しなかった。載っていない品は、もう、いなかった。


 員数点検の、最後の日。


 私は、区分外の品を、端から端まで、数えた。手前から、奥へ。一区画ずつ。慎重に。桐谷さんの影の台帳と、私が書き直した表の台帳を、突き合わせながら。


 数字は、合った。


 一点を、除いて。


 表の台帳と、影の台帳と、実際の品。三つを突き合わせて、最後に、一点だけ、埋まらない欄が、残った。桐谷さんの影の台帳にも、それだけは、来歴が、書ききれていなかった。品名の欄に、彼女の細い字で、こう、書いてあるだけだった。


「区分外・整理番号 K─」


 Kの次の、数字が、ない。書きかけの、あの一行と、同じだった。桐谷さんは、影の台帳にすら、この品を、記録し切れていなかった。品名も、来歴も、封じも、空欄のまま。ただ、整理番号を書きかけて、Kの次で、ペンが、止まっていた。


 この一点が、区分外の、いちばん奥に、ある。


 載せてはならない、いちばん大きい品。桐谷さんが、記録しようとして、書ききれず、奥へ入って、消えた、あれ。員数の、合わない、最後の一点。


 私は、その空欄を、長いあいだ、見ていた。


 宮下さんが、鍵束を鳴らして、入ってきた。私が、影の台帳と、表の台帳を、両手に持って、最後の空欄を見つめているのを、老人は、じっと、見ていた。


「合ったか」宮下さんが、言った。


「あと、一点だけ」私は、答えた。「奥の、いちばん大きいのが。桐谷さんも、書ききれなかった、あれが」


 宮下さんは、しばらく、黙っていた。制帽のつばの下で、皺の深い目が、暗い奥の棚を、見ていた。それから、老人は、ゆっくりと、言った。


「あんた、消された記録を、全部、載せ直したな。桐谷が逃がしといたやつを、一つ残らず。……三上に、脅されても、やめんかった」


「はい」


「載せなきゃならん品を、載せた」宮下さんは、頷いた。「あんたは、もう、分かってる。記録が、封じだと。消せば、ほどけると。載せることが、この部屋の、命綱だと。……桐谷が分かってたことを、あんたも、分かった」


 老人は、腰の鍵束から、一本、古い鍵を、外した。私が、見たことのない、鍵だった。


「連れていく」宮下さんは、言った。「区分外の、いちばん奥へ。桐谷が、何を書ききれなかったのか。あの、最後の一点が、何なのか。……あんたは、もう、それを、知る資格がある。知って、そのうえで、逃げるか、続けるか、決めればいい」


 私は、綿手袋を、嵌め直した。首から下げた、小型のメモ帳を、握った。桐谷さんの、書きかけの台帳を、胸に、抱えた。


「行きます」私は、言った。「続けるために、行きます」


 宮下さんは、古い鍵を持って、暗い奥へ、歩き出した。私は、その、鍵束の音の、後を、追った。区分外収蔵庫の、いちばん奥。常夜灯も届かない、暗がりへ。


 そこに、あと一点が、待っていた。三十年ぶん、いや、もっと長い、誰も書ききれなかった、記録が。


 私は、四人目の記録係として、それを、書きに行く。


 第三章「載っていない品」、これで締めです。員数は、あと一点。区分外のいちばん奥、桐谷さんが書ききれなかった最後の一点へ、宮下さんがナナミを導きます。次章「前任者の最後の一行」――ここから物語は、前任者失踪の核心へと、いよいよ降りていきます。第12話から17話、お付き合いくださって、ありがとうございました。ブックマーク・評価を、支えにさせていただきます。


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