Ⅲ315.来襲侍女は呼びかける。
「ッオラオラ!!だっせぇザマだなあ?!ハハッ!」
げらげらと笑いながら、客の顔を汚れた足で踏み付ける。
生き生きとした表情と比例するように足蹴にされる顔は骨ごと歪み、鼻は曲がっていた。一階席の客とはいえ、貴族として生きてきた男は足蹴にされるのも顔を汚されるのも初めてだった。しかし今はそんなことも言っていられない。激痛と、何よりも死へと直面していることを全身で感じていた。
唯一の出口に積み上がった瓦礫の撤去を命じた際、優秀な護衛達全員が返り討ちにされた。武器も既に手から弾かれ、骨を折られ武器があっても握ることさえできない。
闇オークションが参加二回目である男にとって、今回は不運としか思えなかった。競売に出品もしていない、ただただ〝客なだけ〟だったにも関わらず、何故自分がこんな目に遭っているのかわからない。自分は無実だと鼻を折られる前に訴えたが、全く聞く耳すら持って貰えなかった。目の前で翼を広げる男が化け物どころか悪魔に見える。
遠方の国から今日の為にわざわざ足を運んだ男は、レオナルドと初対面どころか噂も耳にしたことがない。それなのに罪もない自分が何故と、痛めつけられる間に何度も何度も目を涙で滲ませながら思う。
「高見の見物は楽しかったかよ?なあ??俺からすりゃあテメェらの方が今は見せ物だぜ!みっともねぇなあ?!」
ボギッと最後に首を踏み折られた男は、それが聞いた最後の言葉になった。
この闇オークションに参加した時点で、レオナルドが殺す理由は充分だった。足の裏で男が絶命したとわかったレオナルドは、そこで興味は消えて足を引っ込める。
男が痛めつけられる間は自分達は安全だと見殺しにした参加者を見る。
顔を上げ、視界に入った分の中で照準を決めて翼をはためかせる。バサリ、バサリッとただその動きだけで何度でも周囲は怯え騒めいた。どこへ逃げれば良いかもわからず、ただただひたすらに後退り、レオナルドの視界に入らない角度や場所へ必死に逃げる。護衛以外にも武器を持つ者は多くいるが、一度放てば次の瞬間には轢き殺されると思い知らされた。
今度は、一番近くの女性を選ぶ。同行したパートナーもとっくに殺され、腰を抜かし踵の高い靴で床に転んだままの女性客は喉を痙攣させながらもう悲鳴を上げることすらできなくなっていた。
レオナルドに歩み寄られても、口を間抜けに開けたまま反応すらまともにできない。時間をかけた化粧も、宝石装飾も、ドレスも彼女を生かす理由には全くならない。今日は噂で聞いた歌う奴隷を買って貰えると胸を弾ませていたのに結局買えず、急遽出品が決まった〝稀少な宝物〟も出品される前に奴隷が問題を起こしてしまった。
絶望感のままに見上げる女性に、レオナルドは躊躇いもない。男を踏み殺した足を今度はその女性へと上げたその時。
「レオナルド!話を聞いて下さい!!」
目の前とは別の女性の叫び声が放たれるのと殆ど同時に、背後から首を締め上げられた。
振り返る余裕もなくギリギリと腕の力で喉を圧迫されながら、いつのまに背後にと疑問が過ぎる。
自分を恐れて誰もが距離を取っていたことは確かめていた。それなのに短い風が吹いた感覚の直後にだ。振り返る余裕もないほどに固く締め上げられる。
女性へ上げた足も下ろし、歯を食い縛る。間もなく今度は凄まじい速度で駆け込んでくる男二人が、視界に微かに入った。他でもない見覚えもある男二人に、レオナルドは大きく翼をはためかせた。一度で大きく風圧を起こし、自分を締め上げる男の腕を自分からも渾身の力で掴み返しながら共に宙へ浮く。反射的に横よりも上へと逃げようとしたが、あっという間に天井に行き着いた。
更にはその高さに至っても尚、駆け込んできた男達は追いかけてくる。
「ぃよっしゃ!」
「降りてこいッ」
レオナルドの翼まで飛び移れたアランと共に、今回はエリックもレオナルドの足を掴んだ。
突如レオナルドを捕らえにかかった男達三人に、周囲も顎を外し声を漏らした。おおぉ……とまだ勝利の確信こそないものの、初めてレオナルドへ直接手が届いた者だった。
しかも一人はあの舞台で暴れていた奴隷だと気付けば、一体何がどうなっているのかどころか反応もし辛くなる。ハリソンの鎖が消えていることに気付く者すらいないほど、混乱が極まっていた。
ずしりと一度に三人分の体重と、片翼の動きを奪われたことにレオナルドも余裕を見せれず顔を険しくする。古傷が痛み、気付かれないように息を整えた。翼も腕も、どれか一つでも気を緩めれば形勢逆転されると今は驕らず知っている。
ハリソンの片腕のチカラを自分の両手でなんとか隙間を作りながら、口を開……こうとしたが急降下する。ガクンッと、急激に今度は自分の左翼に以上な重量がかかり耐えきれなくなった。思わずレオナルドも声を漏らす中、また女性の声が今度は左耳の近くで放たれた。
「レオナルド!聞いてください!」
透明化したままのプライドと護衛を含めた六人の体重が瞬間移動により一度に翼にかかり、背面から床に墜落する。
落下の直前、自力で離脱したアランとエリックそしてハリソンだけでなく、プライド達もまた瞬間移動で衝突は免れた。自身の翼が緩和になったとはいえ、床が壊れるほどの衝撃がレオナルドの背中と、負傷した身にも酷く響いた。
グァッと喉から枯れた音が出るが、それ以上は怯む間もなく翼の自由と共に起き上がる。昨晩であればここで容赦なく追撃があったと思考の隙間で思うが、今回はそれはなかった。しかしまた押さえつけられる感触が少なくとも一つ感じた瞬間に、今度はレオナルドの決断が早かった。
「レオナルド」とまた呼ぶ声が遮られるほどに音を立て翼をはためかせ、突風を起こす。それ自体は攻撃にならないが、共に紛れ込ませるように羽根を破裂弾のように四方へ放った。誰の致命打にならずとも、牽制になればそれで良い。床に複数人で押さえつけられることだけは避けるべく放った直後、また宙へと飛び立ち逃げた。
目下で視界に入るのはたった三人だったが、それ以上の存在と重さを感じたレオナルドは眉を歪める。空中に逃げたところで、この天井ではまた飛び移られることが可能だと双方が確認し終えた以上、もう高低差に大した差はない。もう一度、羽根を飛ばし放ちながら声を張る。
「ッッ塵共を庇う理由がどこにある?!」
違いますと、羽根を避けるプライドがすぐさま返そうとしたが、叶わなかった。その前にぐるりと空中で回転し始めたレオナルドの動きに、カラムが彼女の手を引きアーサーが腕と背中でステイルごと彼女を後方に下げさせる。
鋭く突撃してくるレオナルドは、姿の見えないプライド達ではなく今度は真っ直ぐにハリソン達を狙った。
巨大な弾丸そのものになったレオナルドに、今度はアラン達も飛び移るのではなく回避の為に床を蹴った。逃げ遅れた客は巻き込まれたが、今は幸も不幸も彼らに手を伸ばす暇はない。彼らが罪なき民とは程遠いことはエリック達全員がわかっていることだ。
戦場で敵にまで手を差し伸べれば、次に死ぬのは自分か仲間だと彼らはとっくに知っている。
標的がずれたことで、風を切るレオナルドへプライドは再び声を張る。床を削り、壁を壊しながら全身で攻撃するレオナルドへ必死に届かせようと前のめる。
「違います!庇いたいのは貴方です!!」
「意味わかんねぇなァ?!」
なんとかやっと届いた声も一蹴される。
壁に激突したところで方向転換したレオナルドはまた弾丸と化してハリソン達を狙い、襲う。
翼を広げて襲ってきてくれれば飛び移れたアラン達も、回転を加えてくるレオナルド相手にはどうしても弾かれるだけだ。扉を瓦礫で埋めたと同じ、何人も客を轢き殺した攻撃にロビーは再び阿鼻叫喚に包まれる。
もっと近くに行かないと声が届かないと、プライドは駆け出そうとしたがカラムに手を引かれ止められた。今のレオナルドに近付くのは危険過ぎる。暴走する馬車に飛び乗る方が遥かに安全だった。
レオナルド!ともう一度肺の空気がなくなるほどの声で叫んだが、周囲を削り壊し跳ね風を切るレオナルドの耳には届かない。近衛騎士達が押さえつけようと何度も機会を伺うが、ただの討伐ならばまだしもプライドからの条件が現状ではあまりに厳し過ぎた。そして、一度負けた相手に簡単に二度目を与える相手でもなかった。
「ッフィリップ!!彼の頭上に!」
「?!頭上ですか?!」
壁にぶつかった時に!と、プライドからの強い眼差しと指示にステイルも奥歯に力を込め、レオナルドを睨む。
何度も鋭く高速の攻撃を繰り返すレオナルドは、今もすぐに壁へと衝突するところだった。考える間もなくステイルは意識的に自分達を繋ぐ縄を握った。本来ローランドによる透明の特殊能力の恩恵を受ける為の繋がりに、意識を向ける。先ほどレオナルドに飛び移った時にも、呼吸と疲労感がどっと襲ったことを自覚しながらも今はそんな甘えたことを言っていられない。
自分の特殊能力可能の最大重量を超えた全てを一度に瞬間移動させる。
レオナルドの弾道から別角度の位置から、彼のすぐ頭上へと移り降下した。視界が切り替わった瞬間に、プライドも膨らませた肺から再び放つ。
「レオナルド!今ならまだ逃げられます!!」
逃げるだあ?!と聞き捨てならない言葉の方向に顔を上げたレオナルドだが、直後に凄まじい重量が頭上からのしかかる。姿が見えないにも関わらず、再び床へと引きずり下ろされた。
プライドがその肩に両膝を乗せ、ステイルとアーサーが右の翼を、ローランドとロドニーが左の翼を、カラムが利き腕を掴み着地と共に床の上へと縫い止める。
「聞いてください!私達は彼らを庇っているわけではありません!今すぐ貴方が逃げてください!!」
「アァ?!意味がわかんねぇなあ!この俺が逃げる意味がどこにある?!」
遠巻きに見ている客には、レオナルドが一人で潰れ床に膝をつき翼をビクつかせている姿しか見えない。女性の声は聞こえても、それが雑踏の誰かのものかも彼らには判断がつかない。
突然動きを固めたレオナルドに、エリック達はすぐに状況を理解した。自分達も援助すべく、回避の構えから速攻で駆け出した。一番速く到着したハリソンがまた首を締め上げようとしたが、その前に透明化してるアーサー達にぶつかった。目測を見誤った形になるハリソンに、翼を取り押さえているローランド達ごとレオナルドはまた一歩突き飛ばされた。潜ませた声でアーサーが「俺らいます!」と叫んだが、具体的な場所がわからず一番乗りしたハリソンも押さえるべき場所がわからなくなる。カラムが「左腕!」と指示しやっと無人の箇所を掴み押さえつける。
翼だけでなく、身体の動き自体を奪うことで羽根を飛ばされるだけでなく回転も防止する。その間もプライドからの言葉は続く。今度は周囲の客にまでは聞かれないように、声量にも気を払い体を屈ませ彼の耳へと顔を近づけた。
「この後ッ間もなく騎士達が突入します!そうすれば貴方のことも一時的に拘束せざるを得ません!貴方には時間が」
「構わねぇぜ?!ハナから追われる覚悟で来てやってんだ!」
「ッ聞きなさいと言っているでしょう?!」
大事な言葉を途中で上塗られ、プライドも次は響く声で怒鳴った。膝を置く彼の肩にばしんと打つように手を置く。
ただでさえ時間がないのに!と心の中では倍量の怒声を唸らせる。もう刻々一分一秒と時間は迫っている。今はただ、一刻も速く〝捕らえる〟ではなく〝逃がしたい〟。
「聞く意味ねぇなぁ?俺が勝手にするっつってんだからお前らもそうすりゃあ良い」
しかしレオナルドにとって、プライド達がここに関わっていることも想定内。伝言まで受けたのだから。
姿は見えないがそれもどうせまたフリージアの特殊能力だろうと飲み込みも早かった。そしてまた自分が同じ男達と相対すれば、やはり勝つのは難しい。捕らえられるのも、再び返り討ちにされる可能性もわかった上で、自分はここに足を運んでいる。たとえここで朽ち果てようとも後悔は
「貧困街が消えてもですか!!」
「?!」
続けて耳の近くで放たれた高い声に、レオナルドは目を見開いた。
見えない複数に押さえつけられたまま彼女の言葉に注意を奪われた彼に、駆けつけたアランとエリックへカラムは開けた片手で特殊能力者用の枷を音もなく投げ渡した。
それが、更なる火種だった。




