Ⅲ314.女王付き近衛騎士は集中する。
「ノーマン・ゲイル。貴様そこで何をしている」
「ッそれは自分の台詞なのですが?!」
ハリソン副隊長、と。その言葉を寸前で僕は飲み込み、一度別方向へ踏み込んだ。
発砲してきた相手に飛び込めば、距離を詰めるまでの秒間で更に三発、恐らくは弾切れになるまで連続で撃たれた。角度を変えて床を蹴り跳ね、三発とも擦ることなく抜けられたが流れ弾が当たる場所に人質がいたら危うかった。
ハリソン副隊長の方へ流れた弾は気にするまでもないが、やはりもっと手早く決着をつけられればと思う。
僕に向けて弾のなくなった銃の引き金を繰り返し引く男へナイフを横振りにしながら、頭の中のハリソン副隊長が「距離を詰めるのが遅い」と呟いた。……実際の本人は、今も床の隠し扉から無言でこちらを見ているが。
連携や手助けなど八番隊所属を選んだ時点で諦めたが、それでもこうして僕だけが忙しい中で高みの見物をされるのは少し腹立たしい。今は演習中ではなく任務中なのにそんな呑気に監督するのはどうかと、返り血を浴びながら思う。
「ッ一体いつから居られたのですか?!」
「状況を報告しろ」
先に質問した僕に答えるべきではないのですか、と言いかけて奥歯を噛み堪えた。
そもそもハリソン副隊長が僕に何をしているのか尋ねた方が先だったと思い出す。ハリソン副隊長は僕の上官だし当然優先されるべきなのはそちらの方だ。
変わらず床の下から顔だけを覗かせるハリソン副隊長に僕は顔を向ける暇もない。銃を持つ者がまだ一人残っていることに、いつものハリソン副隊長ならば銃かナイフで射程圏内じゃないかと思う。だがあの人が動いてくれるわけも、そして今は恐らくどちらの武器も所持してもいないだろうことも今回の作戦を共有されている僕は知っている。
僕が迫ったことで銃をこちらに向けるが「来るな!」と荒げるだけで発砲音がしない男は、とうに弾を使い切った後かもしれない。
それがさっきまで僕に撃ってこなかった理由なら頷ける。僕が距離を詰めるところで慌てて銃を捨て、今度は腰の剣を抜くが判断が遅い。姿勢を低め、剣を抜く手を蹴り弾き、喉を縦に裂く。勢いのまま刃が顎にまで至ってから素早く身を引いたが鮮血が今度は髪にまでかかった。これでもう銃を持つ者はいないだろうか。
ひと息に肺を整え、人質だったスタッフ警備達と侵入容疑者、そして今も武器を身構えてくる侵入者達の配置を確認しつつ足を動かす。声を張って万が一にも会場の方にまで聞かれては任務に支障を来たす恐れもある。
動かない上官に返答すべく、僕の方が接近し声量を調整する。
「ここは舞台裏です侵入者達が大勢オークション会場に雪崩れ込み自分が侵入者経路を断つことを命じられました」
ハリソン副隊長が今まさに使用している経路の縁を示すべく踵で踏み鳴らしながら必要情報だけ伝える。
他にもアネモネ王国のレオン王子の助力や武器を持たない会場内で腕利きである筈の用心警護の護衛達も負傷を負っていることも共有したいが今は暇がない。むしろ僕の方が何故侵入者達がこちらに雪崩れ込む事態になったのか聞きたいくらいだ。
早口で説明したところで、ハリソン副隊長から返事はない。
この緊急事態くらい部下からの報告だけではなくハリソン副隊長からも部下である僕に情報共有すべきなのでは?!と声を張りたかったが、その前に貴族服を着た男女が舞台袖に逃げ出したから追撃を優先する。
舞台裏から逃れ切る前に追いつき、まだ客の可能性も鑑みて取り押さえるだけで止めようとしたが、女性がナイフを取り出した。攻撃意思と武器を持っていることから正規参加者ではないと判断し、掴む先を女性の手から肩へと切り替える。
転ばすように床へと向け引き叩きつけ、握っていたナイフを奪い取る。転ばされた女性など気にせず先へと逃げようとする男性に、奪ったナイフを投げつけたがやはり当たらない。しかし横をナイフが過ったことに怯み、僅かに速度が落ちた。その隙に僕も飛び出し、追い付けた。
腕を捻り上げ床へと取り押さえる。僕に追いつかれる直前、懐に手を伸ばしていた男の服を探ればやはり銃がまた出てきた。しかも今度は質がちがう、最新型に近い形状だ。
まずは男の首へ一撃で意識を奪い、床から身体を起こし出す女性へと銃口を向け、動きを奪う。
動くなと、僕が口に出す必要もなく女性もこちらを凝視し固まった。濃桃色に塗られた口紅がとれるほどキツく唇を噛み締めた顔は憎々しげに歪まされていた。しかし、彼女達侵入者に襲われ危機に瀕したスタッフや負傷した警備と比べればこの程度は軽過ぎる。
「……それでハリソン副隊ッ、?!ハァ!?」
やっと少し収拾がつき始めたところで振り返れば、ハリソン副隊長が再び通路に潜ろうとしているところだった。
あり得ない、僕は何も経過も状況も指示も受けていないのに!まだ顔を出して一分も経ってないだろう?!
待って下さい!と叫んだところで、幸いにも本当に止まってくれた。けれど全く反省もない、どうでも良さそうな表情でこちらを向かれた。
いやわかってる!八番隊は完全個人主義であることも個人判断前提であることも!!だが明らかに闇オークション参加者をこちらに漏らしたのはハリソン副隊長達側の落ち度なのに、何も説明してくれないのはおかしいだろう⁈これではプライド様達がご無事なのか何かあったのかも判断できないし援軍が必要という場合だってあるだろう?!勿論アーサー隊長達がお傍に居ながらそんな事態ありえないと信用はしてるがそれと今の状況では話が違う!普段はさておきこの状況下でも自己判断で済ますなんて!!
「そちらの状況は⁈」
「問題ない。この通路は塞ぐ」
以上だ、と。また顔を引っ込めようとするハリソン副隊長に再び僕は制止の言葉をかける。もう本当に状況が状況だったら言いたい言葉があり過ぎて頭が破裂しそうになる。こういうことがあるから僕は個別行動が良いんだ。
またハリソン副隊長の気が変わらないうちに駆け寄りながら、予備に拝借していた大振りナイフを取り出す。手渡す距離も惜しくて投げつけた。
片手で簡単に受け取ったハリソン副隊長は、軽く空を切るように振る動作だけでナイフを畳んだ状態から広げた。その間にまたもう一本の予備ナイフも取り出す。こちらも投げようと思ったが、ハリソン副隊長も今は足を止めてくれているから今度は急がず手渡した。銃は借りなかったが、その分ナイフは多めに頂いておいて良かった。
ハリソン副隊長に二本目も受け取ってもらいながら「まだあります」と付け加える。
「投げるのには向いていませんが剣の代わりにはなります。因みに通路はどうやって塞ぐおつもりですか?」
「死体を詰める」
また死体を土嚢代わりにするつもりか。
この場ではなく一人引っ込もうとしたということは、ここまでの間にいくらか死体が地下にもあるということなのだろうと見当づける。そうでなくても敵さえいればいくらでも死体に変えることのできる人だ。眼鏡の位置を中指で直しながら溜息が出てしまう。
いくら敵であろうとも死者をぞんざいに扱い過ぎるのは騎士としてどうかと思うが、それをここでまた提言するのは今更だし暇もない。
レオン王子から頂いた爆弾を二つ、装備から取り出しハリソン副隊長に渡す。
「小型爆弾です。通路を出た後に使って下さい」
一つでも充分とは思うが、万が一の為に二つ託す。通路を破壊するにも、内部の状況が読めない僕よりもハリソン副隊長が間違いなく脱出してから使う方が確実だし安全だ。
もう人質確保と銃保持者はあらかた無力化した今、僕の方は爆弾を使う機会もないだろう。地下がどのような状況かわからない今、……というかハリソン副隊長が教えてくださらない今はなるべく戦闘物資を預けた方が良い。平然としているが、奴隷として潜入したこの人は装備がない。いくら戦闘技術と特殊能力があろうとも、武器を所持しておくべきだ。
近距離で覗き込めば、どうやら梯子を登ってきたらしいハリソン副隊長に、何か持ちやすいように武器を纏めるものはないかと周囲を見回す。「何かまとめるものを」と勝手に去られる前にハリソン副隊長へ口に出せば、人質だったスタッフ女性が自分の肩に掛けていた鞄を外してこちらに向けてくれた。が、それよりもカランカランッと金属音が響く方が先だった。
振り返れば、爆弾を指の間を使い片手で二個握るハリソン副隊長の反対の手にはナイフが一本しかなかった。信じたくはないが、ナイフを一本下へ投げ捨てたらしい。降りて回収するつもりくらいはあるのだろうが、敵に奪われたり味方に刺さったらどうする気だこの人は。
「敵を一人も残すな」
「当然です。早くこの状況を報告しに行ってくださいあと折角お渡しした武器を敵にでも奪われたらどうするおつもりですか」
この状況をもっと話のわかる人に共有してもらう方が絶対早い。
残した一本のナイフを口に咥えるのを最後に、ハリソン副隊長は今度こそ床下へと姿を消した。僕の言葉を最後まで聞かず、パタンと床下の入り口が閉じられる。
もう良い、どうせこの一帯は僕が任された。ハリソン副隊長や他に援助を頼むつもりもない。地上のことは地上で解決するだけだ。お互いに別任務がある以上、必要最低限の会話で止める必要はある。……まだ共有すべき情報はハリソン副隊長側に多くあった筈だが。
やっと嵐が去ったところで、改めて僕も武器を握り直す。ハリソン副隊長に渡した物と異なり、使用済みで返り血がこびりついた方の大振りナイフを構える。
銃を持つ者は片付けた。人質の安全も確保した。残りは鋭利物を手に壁際に逃げる者達と、そして来賓かどうか判断のつきにくい衣服の者。武器の有無もわからない者達は後回しにしているが、持っていない確証はない。
「重傷者は?!」
そう、言葉を選び全体に呼びかける。
僕が突入した時には少なくとも重傷らしき者は人質の中にいなかった。警備にも怪我を負った者はいたが、出血は酷くないかもしくは既に止血を行っている。
しかしそれでも見落としはないかと確認すれば、舞台裏の端側から挙手が上がった。壁に寄りかかる男性からだ。服装から判断し、どちらも警備だろう。急ぎ駆け寄り、容態を聞けば挙手した本人ではなくその隣で倒れ伏す男性の方をとのことだった。本人は肩を撃たれただけだが、倒れ伏した方は背後から頭を鈍器で殴られたらしい。
うつ伏せのまま倒れ伏しているが、出血は少なく呼吸もあった。恐らく気絶しているだけだと伝えれば、挙手した方がほっと息を吐いて壁からずるりと傾く。むしろ彼の肩の傷の方が重傷と呼べるだろう。
比較近くにいるスタッフ達の集団に手で合図し、呼び寄せる。戦闘手段はない彼らだが、怪我人はいない。止血手当を頼めばすぐに応じてくれた。
なるべく被害者はひとかたまりでいてくれた方がこちらとしてと守りやすい。それに、こちらも聞きたいことがある。
声を潜め、スタッフの一人に問いかける。
「……この場に、来賓がいくら含まれているかわかりますか」
貴族だから王族だから、そんな理由で攻撃を躊躇ったわけじゃない。何者であれ、闇オークション関係者であれば容赦はしない。
僕の問いに、向けたスタッフだけではなく他の集まったスタッフや肩を止血された警備も全員が口を揃えた。眉を顰め、中には首を横に振りながら視線を向ける先は武器を持つ男達にではない。
「来賓などいない」と。
そう語られた彼らが向けるのは、立派な装飾衣服に身を包む王侯貴族らしき者達。
その全員が、侵入者であることをスタッフ達から確認を取った僕は、改めて武器を握り直した。続く彼らの話では、そもそもこの舞台裏に自分達スタッフと警備以外はいるわけがなかったらしい。
被害者の顔をして隅に縮こまる、しかし招かれざる客達に歩み寄る。助けてください、様子を見にきたらこんなことにと、やはりと言うか武器を敢えて構えない彼らはまるで関係者の面持ちだ。
勿論、間違えられない。僕の判断だけで武器も持たない者を処断してはならない。だから彼らにもまた、問いかける。表舞台に聞こえない、抑えた声で。
「招待状を提示してください」
顔色を変え、目を数秒泳がした彼らは突如として懐に手を伸ばした。招待状の可能性も鑑みたがすぐに違うと理解する。
本来、正面からの来賓であれば持ち得ない武器の存在に僕は再び飛び込んだ。侵入経路は断った今、残す任務に集中した。
侵入者の殲滅に。




